商会代行アレクと私
「ええー! それでそのまま放置してるんですか? あり得ないですねー」
今日も私はピンク髪の子爵令嬢から攻撃をされた。勿論すぐに倍返ししてやったけれど気分の良い話であるはずがない。
そんな少し不機嫌なレティシアの様子からフィリップ王子と噂の子爵令嬢との話を聞き出し先程の反応したのは、レティシアが立ち上げた小さな商会を任せているアレク。約2年前、公爵家の商会の新人だった彼をレティシアが抜擢し引き抜いたのだ。……なかなか出来る青年なのだが、口は結構悪い。
「何もする必要がないでしょう? 私は元々『悪役令嬢』なのだから、あんな風に言われてもどうって事はないのだし。一応私は殿下に事実はご報告申し上げているから、それをどう考えどう始末をおつけになるかはフィリップ殿下がご判断される事だわ」
……まあ、私には最終的に王子がどうするかは分かってるんだけどね。
「うわー、放置プレイですか? でもそれって本当は殿下はレティシア様にヤキモチを焼いて欲しいからとか、そんな事ではないんですか?」
アレクはそんな風に言ってきたけれど、勿論そんなはずはない。
「……婚約者に自分の浮気相手の女性が牙を剥き出しにしている事を知っていて、ヤキモチを焼いて欲しい? そんな馬鹿な話があるはずがないでしょう。……本当に早く幕引きをして欲しいものだわ」
……実は私は相当怒っている。
それに前世で読んだこういう物語では、王子が浮気相手の令嬢に夢中になって婚約者を蔑ろにし辛くあたる、という展開だったように思うのだけれど。……王子は少なくとも表面上は私に優しく丁重に扱ってくる。
でも、だからなんだというのだ。婚約者がありながら子爵令嬢と男女の関係がある王子の裏切りがそれで許される訳がないのだ。もしくはどちらにもいい顔をしようとしている王子はもっとタチが悪いのかもしれない。
……これはもしかして、実は王子も転生者で自分に都合良く今後の話を持っていく為に自分は悪くない、婚約者を大事に扱っていたけれどそれでも婚約者が暴走した、という展開にしたいとか?
うーん……、どうなんだろう。
でも私は王子が転生者でもそうでなくても、そして何か事情があったのだとしても、浮気をして婚約者をこんな状況においておくような不実な男は御免だわ。
「アレク。馬鹿話はもういいわ。……今度のカカオの件、上手くいきそうなの? 公爵領の店舗の準備は出来ていると言っていたから、今度私も視察に行くわ。それから東の大陸からの輸入品の中に……」
レティシアは馬鹿な男の話よりも自分が食べたいチョコレート関係の商売を優先した。
◇
……そんなレティシアを見て、アレクは内心ため息を吐く。
(……殿下。状況は悪化の一途を辿ってます! だから余計なことをするより素直にレティシア様との交流を優先させた方がいいと申し上げたのに……)
実はアレクは元は王家の御庭番のような影の仕事をする者の1人。幼い頃からフィリップ王子付きだったのだが、レティシアを心配する王子に密かにスペンサー公爵家に送り込まれたのだ。
それがまさかそのレティシア本人に引き抜かれ商売を任されるなんて思いもしなかった。王子は当初考えていたよりもアレクをレティシアの近くに送り込めた事に満足していたようなので、それはそれで良かったのだが……。
しかし最初に公爵家の商会に入って半年、お嬢様の商会に引き抜かれて約2年。これだけ長い間近くにいると、情も移りどちらが自分の本当の主人なのか分からなくなってくる。
初めはいずれ2人が結婚すればなんの問題もないと思っていたが、なにやら雲行きが怪しくなってきた。なのでアレクは今非常に困っている。
……そしてどうやらこのお嬢様は、先々は海外に移住する事も視野に入れているようだ。いや、貴女将来はこの国の王妃になるんだよね? 別荘ってこと? もしくはもっと遠い将来に隠居した時とか?
そう思って側で見ていたが、これはどうやら学園を卒業後すぐのプランらしい。しかも、お嬢様の立ち上げた商会ごと他国へお引越しプランだ。
……え? アレこれ、完全にその計画に王子入ってなくない? 本気で王子、そんな悠長な考えだと捨てられちゃうよ?
もし……もしも、万が一にも、レティシア様とフィリップ王子が結婚しない、なんて事になったら……。
まず勿論アレク自身が困る。
いやそれよりも、この国一番の有力な貴族であるスペンサー公爵家が黙っているはずがない。アレクは半年ほど公爵家の商会にいたし2年以上お嬢様の近くでご家族を見ているが、レティシア様本人は気付いていないようだけどまあ見事な溺愛ぶりだ。
公爵夫妻も兄2人も、年の少し離れた初めての女の子への可愛がりようはハンパない。王子と婚約させたのも、王家との繋がりが欲しいというよりもそうなる事が娘の幸せだと信じているからだろう。
……本人はどうやら違うようだけど。
だからもしレティシア様の婚約をフィリップ殿下の浮気が原因で取りやめる、なんて事態になったとしたら……。
スペンサー公爵家は、この国一番の名家で商売や領地の経営も順調で更に財産を築き増やし続けている資産家でもある。
そんな公爵家が今まで王国に対してしていた財政的な融通は利かせてくれなくなるのではないか? そうなると国家の財政は随分と苦しくなるだろう。更にこの王国の多くの貴族達はスペンサー公爵家の商会の恩恵に与っている。その多くの貴族達からも王家は総スカンを受けるに違いない。
そんな状況で王子が次代の王になるのはかなり難しいのではないだろうか。今の王家よりもスペンサー公爵家の方が財政的にも派閥的にも非常に大きな力を持っているのだから。……もしかすると王弟か遠縁から新たな王位継承者を選ぶ事になる、かもしれない。
僕はそんな可能性までキチンとフィリップ殿下にお話ししたんだけど……。殿下、ホントに分かってる?
フィリップ殿下は、初め政略結婚の相手だと思っていた婚約者レティシアお嬢様が3年前、急に冷たくなった時から何故か彼女に夢中になっている。
元から冷たい印象だったというレティシアお嬢様のことは、フィリップ殿下は初めはどう扱っていいのか分からない存在だったらしい。……だからあちらこちらのご令嬢に相談(何をだ?)という名の浮気をしていたようだ。
……それが。ある時からレティシアお嬢様はなんでもスパッと物を言うようになり、フィリップ殿下に気を使うなどという事がなくなった。勿論礼儀正しく無礼な事まではしないけれど、周りが王子という立場を慮って言わないような事をズバズバと言うようになったそうだ。
何故かそれがフィリップ殿下の胸に刺さったそうだ。あの冷たい視線で射抜かれつつ責めたてられるのが堪らないらしい……。殿下、変態ですか。
それから王子は僕をレティシアお嬢様のそばに置き、そして王となるべく勉強を今まで以上に頑張った。それにはご両親である国王夫妻も大層喜ばれた。
そして王子はお嬢様が商売上手だと知り、レティシアお嬢様に良いところを見せようと商売の勉強も密かにされていた。
……そこまでは、良かったのだ。
その時王子が偶然見つけたのが、現在殿下にくっついているピンク髪の令嬢の子爵家の不正疑惑だ。子爵家も商売をしているのだが、どうやら闇の商売、禁制の薬の販売などにも関わっているようで、それを調べるべく同じ学園にいる子爵の令嬢に近付いた。おそらく初めは事件をさっさと解決し、お嬢様に良いところを見せようと思ったのだろうが……。
でもそれ、王子自らされるべきことですか?
そして結局、肝心のレティシアお嬢様よりもその子爵令嬢といる時間が長くなっている。王子本人も今はあの子爵令嬢との関係を楽しんでいるのだ。だけどやっぱり本命はレティシアお嬢様ではあるらしいのだが……。
だけどそれ、本末転倒じゃないですか……。
相変わらずレティシアお嬢様の様子を聞いてくる王子だけど、明らかに子爵令嬢をつまみ食いしているようなこの状況。その事にレティシアお嬢様も気付いているというのに余りにも酷い危機感の無さに泣きたくなる。
……そんなフィリップ殿下を見ていたら、僕もそろそろ見切りをつけないといけない、そして出来るならば僕の密かな想いを叶えられたらと……そう考えるようになっていた。