王子とヒロインと私
あれから、早3年。
私は17歳。王立学園の3年生で最終学年。勿論フィリップ王子も同学年なので一緒だ。
……残念ながら、2人はまだ婚約者である。
「……フィリップ殿下。最近、おかしな噂を聞いておりますわ。殿下が1人の女生徒とかなり親しげにしてらっしゃるとか……。王太子殿下ともあろうお方が、率先して皆の模範とならぬ行いをされるとは誠に嘆かわしい事ですわ。将来国王となり国を背負うべき方の行動とは思えませんわね」
……私は既に立派な『悪役令嬢』となっていた。
銀髪にアイスブルーの瞳の冷たく見える無表情な人形のような顔。その顔で繰り出される歯に衣着せぬ物言い。それが相手にはかなりキツく感じるようだ。
オブラートになど包まない、普通の者なら言いにくい事でも『悪役令嬢』なら何でもござれよ。公爵令嬢という身分の高さも味方して、最早私に逆らえる者など王族位しか居ない。両親や兄達でさえ、私に怯えている……ような気がするわ。
……これは、婚約破棄された後に家族は私を助けてくれないかもしれないわね。
そんな時の為に私は密かに安全な幾つかの場所に金品を隠しているし、実は小さな商会も立ち上げているのだ。……だからいつでも1人でこの家を出ていける。
私は前世は普通の一般市民だったし断罪後平民に堕とされても生活はしていけるとは思うの。けれどそれにはやはり先立つモノ、お金は必要ですものね。ソレを持ってさっさと誰も知らない外国にでも行ってそこで改めて商売を始めようと思っている。
あ、候補地も幾つかあるの。海の近くかスイスの山の麓のような所か……。迷うわぁ、ちょっと楽しみでもあるのよね。
そんなこんなで、私はあれから見事な『悪役令嬢』となっているのだが……。
でも一部、私の悪役令嬢ぶりが効かない人達が居る。
私が必死で気遣いをしてた頃、どんなにいい事をしても悪いように取られたように、反対にどれだけ悪役令嬢っぷりを見せても良いように取る人っているのね……。
「レティシア。私は道案内をしただけだよ。愛しい君がいるのに、他の女性に目が行くはずがないだろう?」
……実はこの人もその1人。フィリップ王子。
いや、昔貴方はどこぞの侯爵令嬢と私の悪口言ってましたわよね? そしてその令嬢に心を温めてもらってたんじゃなかったの?
「まあ、愛しいだなんて。そのような戯言は結構ですわ。それよりもそのような噂がたってしまう事自体が問題ですわ。王族としての自覚がお足りにならないのではないのですか?」
コレでどうだ。
王子程の身分でこれだけの事を言われれば、いくら普段温厚な王子でも気分を害するに違いない。
「……ヤキモチかい? 嬉しいね。私には貴女だけだよ。しかしそんな風に見られたなんて、僕が至らないせいだね。貴女を不安にさせて申し訳ないと思ってるよ」
それなのに王子はそう言って、優しく私に微笑みかけた。……それは蕩けるような良い笑顔で。
……この王子は人誑しなのかしら。
彼はいつもこんな調子で、私の悪役令嬢ぶりを見事に躱しているのだ。内心はらわたが煮え繰り返っていたりするのかもと思い観察しているのだが、フィリップ王子はいつも私を愛おしそうに見つめてくるのだ。
私が断罪され王子に婚約破棄を言い渡されるはずの卒業パーティー。その辺りで一気に怒りが爆発するってことなのかしら?
……コレは王子は私よりも完璧な王子様を演じている、のかもしれない。
いやだからって、私も悪役令嬢として負ける訳にはいかないけれどね。
しかし、とうとうやって来たピンク髪の元平民だという子爵令嬢。そんな彼女が、やはりというべきか王子と親しいと学園で噂になっている。
私はついにやって来たこの時に、やっと自由になって計画通りに商売人となれるとホッとした気持ちになった。……けれども今まで生きてきた貴族社会の友人や両親や兄達と離れる時が近付いて来ている事に、少し感傷的な気持ちにもなったりと少し揺れ動いてもいた。
けれどその肝心のフィリップ王子は……。
「私が想っているのはレティシア。貴女だけだよ」
と、この状況でもそうのたまうのだ。
「想っているのは私で、彼女とは遊びだとでも?」
そう言ってやると、王子は少し困ったように微笑んだ。
……なんだ、この王子って遊び人だったのか。今は遊びのつもりが段々と彼女にのめり込んで本気になっての『婚約破棄』なのかしら? ……馬鹿らしい。
フィリップ王子と子爵令嬢の噂はかなり広まっているし、私も何度か彼らが一緒の所を見かけている。
まあ、私の前世での二十数年の人生経験を踏まえて見るに、2人は男女として付き合っていると思う。2人の距離感とか触れ合い度合いを見てもおそらく間違いない。……分かりやすく、2人は近過ぎるのだ。
それなのにそれでも私に気がある態度を取る、王子の考えが理解出来ない。
そんな風に、レティシアの中でフィリップ王子への信頼度や好感度はどんどん下がっていったのだった。
◇
フィリップ王子とのそんなやり取りが何度かあったある日。
レティシアが友人達と学園の廊下を歩いていると、例の王子の浮気相手、ピンク髪の子爵令嬢がレティシア達に向かって走って来た。
何かピンときたレティシアはピタリと足を止めてその様子をじっと見つめる。その周りにいた友人達もどうしたのかと足を止めた。
ドンッ……。
それ程廊下の幅をとっている訳ではない数人のレティシアたちに、彼女は真正面からぶつかって来た。周りには他にも生徒達がいて、その一部始終を見ていた。
「……ッ! い、いたぁーい! な、何をするんですかぁ! ワザとぶつかるなんて、酷いですぅ!!」
……コレには私も友人達も、そして周囲の生徒達も呆気に取られた。
廊下を走って明らかに足を止めている人に真正面から当たって行ったのはお前だろうが、と。
「貴女、何を言ってらっしゃるの!?」
「そうよ! まさか公爵令嬢に自分からぶつかっておいて、その言い草は許せませんわ!」
「ええ~! そうやって、高位の貴族だって言って私をいじめるんですね! 酷いですぅ! そんな事だから王子に嫌われちゃうんですよぉ!」
「まあ! 何ですって!」
……コレは、私の友人達と子爵令嬢がやり合っているのであるが……。
「……皆様。お待ちになって。
……貴女、学園の廊下は走ってはいけないと教わりませんでしたの? 小さな子供でも知っておりますわよ。それは今回のように人に迷惑をかけるからですわ。もしも他の方に怪我をさせてしまったら、貴女責任をおとりになれるの? 莫大な治療費と慰謝料を請求されるかもしれませんわよ?」
悪役令嬢となり後に断罪されるのは私だけでいい。話の通りになるしかないのなら、せめて他の方には被害が及ばないようにしなければ。
「な! お金お金って、金の亡者なんですかぁ? 公爵家ってそんなにがめついんですねぇ? それも王子に報告しちゃいますからぁ!」
これ以上話をしてお金を請求されては敵わない、とでも思ったのかピンク髪の令嬢は足早に去っていった。……勿論謝罪なしで。
「……まあ! なんて方なのかしら! 非常識にも程がありますわ! レティシア様、これは殿下にご進言なさるべきでは?」
友人達は怒りそう言って来たけれど、
「……あのような方のお話をまともにお聞きになるような方でしたら、それこそ次代の国を預かる者として終わっているという事ですわ」
レティシアはそう言って、友人達と共にその場を後にした。
しかし、その後も私は似たようなおかしな事件をあのピンク髪の子爵令嬢にされ続けたのである。……勿論、その都度『悪役令嬢』らしくキッチリ反撃したけれどね。