貴音はおねえちゃんのバイト先に行くのです(貴音side)
貴音は……夜が寂しいのです。
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「ごちそうさまなのです」
いつものように貴音は夕ご飯を食べ終わったのです。
ママさんの作る料理はとってもおいしいのです。ママさんは元々この家で家政婦さんとして働いていたのですが、そのときから貴音はママさんの作る料理を残したことがないのです。
今日も残さず食べたのです……が、
――夕ご飯が楽しくないのです!
理由は……この場所におねえちゃんがいないからなのです!
今月からおねえちゃんは新しいアルバイトを始めたのです。貴音が学校から帰るとおねえちゃんは入れ替わるように出かけてしまい、貴音たちが夕ご飯のときにお仕事をしているのです。
なので一ヶ月近く、平日の夕ご飯はパパとママさんと貴音の三人だけなのです。
パパが今のママさんと再婚するまで、貴音はパパと二人っきりで夕ご飯を食べていたのです。今はママさんもいるのだから、本当は寂しくないハズなのです。
でも、おねえちゃんが食卓にいると楽しかったのです。パパやママさんは貴音の学校の様子を聞いてくれるのです。でもおねえちゃんはそれ以外に大学の話、それにドラマの話やマンガのお話もしてくれたのです!
その会話がとっても楽しかったのです。これはパパやママさんとは絶対にできないお話なのです。
でも、パパやママさんに「おねえちゃんがいなくて寂しい」とは絶対に言わないのです! そんなことを言ったらパパやママさんを「自分たちでは話し相手にならないのか」と落ち込ませてしまうからなのです。
なので貴音はちゃんとご飯を食べて、パパやママさんに心配かけないようにしているのです。
――貴音は強い子なのです!
ところがある日、ママさんに聞かれたのです。
「貴音ちゃん、お姉ちゃんがいなくて寂しい?」
――ほええええっ! 何でバレたのですか!?
「えっ、えぇっ!? さっ、寂しくないのです」
貴音はウソをついたのです。するとママさんは
「うそうそ! ちゃーんと顔に書いてあるわよぉ」
ひぇええええっ!? 誰か貴音の顔に書いたというのですかっ!? しかもいつの間に? 貴音は慌てて洗面台へ鏡を見に行こうとすると
「こらこら、実際に書いてないよ慣用句だから……で、どうなの?」
「……」
貴音は黙って下を向いたのです。するとパパが
「えぇっ、貴音! パパやママじゃ不満なのかぃ!?」
――ほらぁ! やっぱりこうなるのですぅううううっ!
「そりゃそうよ! 若い子同士の方が話が合うでしょ!?」
「そっそうなんだ……」
「貴音ちゃん、お姉ちゃんがいたときより口数減ったもんねー」
――ママさんにウソはつけないのですぅううううっ!
「貴音ちゃん……お姉ちゃんと一緒にいたい?」
ママさんにそう聞かれ貴音は小さくうなずくと、ママさんは信じられないことを言ってきたのです。
「じゃあ、お姉ちゃんに会いに行ってみれば?」
――えっ?
「……ママさんたちも一緒なのですか?」
「まさか! 貴音ちゃんひとりで行くのよ」
「そそそっ、それはできないのです!」
おねえちゃんはお仕事中なのです! お仕事のジャマをしてはいけないのです!
おねえちゃんは隣町のスポーツジムにあるカフェで働いているのです。ジムは会員さん専用なのです。
確かカフェは会員さん以外でも利用できるらしいのですが、貴音がわざわざ隣町のカフェにひとりで行って「たまたま通りかかっただけなのです」って……どう考えても不自然なのです!
「大丈夫よ! もし入るのに気が咎めるんだったらジムの会員になったら?」
――えぇっ?
「お姉ちゃんには適当な理由つけて『ジムで鍛えたい』って言えばいいじゃん!」
「で……でもお金がかかるのです」
「お金なんか心配しちゃダメよー、パパがいるじゃん! ねぇ? パパ!」
ママさん、パパのことをATMだと思っているのです。
「う、うん……それはいいんだけど、貴音ひとりでそんな遠くまで……」
「何言ってんの! 貴音ちゃんだってもう中学生でしょ!? できるよね!?」
そうなのです! 会員になるって手があったのです!
ママさん、ためになったよ~……なのです。
「あのジムはね、ナゴの親戚がやってるの! だからナゴに聞いてみるわ」
ナゴとはおねえちゃんのお友だちの和おねえちゃんのことなのです。ママさんはさっそく和おねえちゃんに電話したのです。
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その日の夜、貴音はジムまでの行き方を調べたのです。
隣町なので遠いのです。電車とバスを乗り継がなければいけないのです。
しかも……貴音はバスが苦手なのです。
あれは小学校の夏休み、貴音はお友だちの天ちゃん空ちゃんからブドウ狩りに誘われたのです。二人のおばあちゃんの家はブドウ園なのです。夏休みのこの時期はデラウエアというブドウがおいしいのです。
貴音は天ちゃん空ちゃんと三人で電車に乗って最寄りの駅に着いたのです。ここまではよかったのですが、このあと駅前のバス乗り場で天ちゃんがいつものようにやらかしてくれたのです!
天ちゃんは「これに乗るんだよ」と自信満々にバスに乗り込んだのです。でもこれが……全然違う行き先だったのです!
いつまでたっても目的のバス停が表示されないのです! このとき貴音は薄々感づいていたのです。
でも思い込んだら絶対に自分の意志を曲げない天ちゃんは「次だから」「次だから」と、途中で引き返そうとしなかったのです。
するとものすごい山奥にある終点のバス停に着いてしまったのです! しかもバスが折り返して出発した後に、そのバスが最終だと知ったのです!
結局……唯一携帯電話を持っていた貴音が、パパに電話して迎えに来てもらったのです。ちなみに空ちゃんは、バスに乗り込む前から天ちゃんの間違いに気づいていたのです。でも天ちゃんに何を言ってもムダだからとあきらめていたのです。
……そこは殴ってでも天ちゃんを止めてほしかったのです!
今回は天ちゃんがいないから安心なのです! 貴音はネットでルート検索をして時間や料金を調べたのです!
ママさんから「数学の教科書を持って行きなさい」と言われたので用意したのです……理由はわからないのです。
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次の日なのです。
「行ってきまーす」
おねえちゃんはいつものようにバイトに出かけたのです。貴音が行くといったら絶対にイヤがりそうのです。
なので貴音が会いに行くことはおねえちゃんには内緒なのです。しかも昨日、ママさんから二時間くらい遅れていくようにと言われたのです。
これも理由はわからないのです……でも何か、ウラで大きな力が動いているような気がするのです。
ママさんに言われた通り、貴音は二時間後に出発するのです! 電車とバスを乗り継いで、貴音はひとりで行くのです!
貴音は「やればできる子」なのです! ところが……
「貴音、タクシー来たから乗りなさい」
「……えっ?」
パパがタクシーを呼んだのです! 家の前に横付けされていたのです。
――パパぁっ! 貴音のやる気を削がないでほしいのですぅううううっ!!
貴音なのです。次回は貴音に大きな「壁」が立ちはだかるのです!




