私のバイト先は都合が良すぎる(いづみside)
この国には「鴨が葱を背負って来る」ということわざがある。
自分にとって都合がよいことが重なるという意味だ。
私が今月から始めたのは、まさにこのことわざを地で行くバイトだ。
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「いづみちゃーん! パワーサラダとアサイーボウルを一つずつ、それとスモモスムージーを二つお願いね!」
「はーい」
私は隣町にあるカフェの厨房で働いている。運転免許を取った私は母・茅乃の車を借りてバイト先に行くが季節はちょうど梅雨……原付と違い雨が降ったときに車はとてもありがたい。
ここは普通のカフェだが、ちょっと変わった場所にある……それは、
「はい、秋山さんあと一回! もう少し頑張って!」
目の前でパーソナルトレーナーのお姉さんがお客さんのサポートをしている。そう、ここはフィットネスジムの中にあるカフェなのだ!
このバイト先は私の友人で元カノの平井 和に紹介してもらった。オーナーは上条さんと言って和の母方の叔母に当たる。和の話では、和の母親と違いとても面倒見の良い人なのだそう。
和の言うようにオーナーの上条さんは良い人だ。だがそれが私にとって都合がよいという意味ではない。
実はこのジム、女性専用なのだ! スタッフも全員女性……前のバイト先は男がいて、男性恐怖症の私には働きにくい職場だったが、ここは天国のようだ!
和から「スタッフやお客さんに手を出しちゃダメだよ~」とクギを刺されたが私だって常識のある大人(自称)、そのくらい心得ている……和と一緒にするな!
私は注文された料理を作り終わると
「志麻ちゃん! あちらのお客さんにこれお願いね」
できた料理とスムージーを、カウンターで勉強していた女の子に渡した。彼女の名前は「上条 志麻」ちゃん……釜無高校に通う一年生で、妹の貴音ちゃんより少し背が高いくらいだが、高校生としてはかなり背の低い子だ。
オーナーの娘さんで、いつもこのカウンターのすみで勉強している。で、勉強のかたわらカフェにいる私やフロントの手伝いをするとてもしっかりした子だ。
「志麻ちゃん、いつもありがとね」
「あっ、いえいえ……いずみさんこそウチに来ていただいて助かってますよ」
志麻ちゃんは髪が天パ―気味でメガネをした小動物系の子だ。もう注文がなくヒマになった私は志麻ちゃんに話しかけた。
「どう、志麻ちゃん! 最近学校で面白いことあった?」
すると志麻ちゃんは目を輝かせて
「聞いてくださいよいづみさん! 私の友だちがね、どうやら好きな子がいるみたいなんですよー♥」
「あっ、そ……そうなの?」
この子は中学生のとき、恋愛で大失敗したことがあるらしい。詳しくはわからないが、親友の彼氏に惚れられてしまい二股とわかっていながらその男に押されて仕方なく付き合ったらしい。で、親友にバレて絶交されたとか……あーあ、これだから男ってムカつくんだよ!
それ以来……彼女は他人の恋愛は応援するけど、自分は恋愛と距離を置くようになったそうだ。
「この前学園祭で会いましたよね? あのとき一緒にいた子なんですよ!」
「へー、そうなんだ」
「美波ちゃんって言うんですけどね、隣の席にいるとーっても小さい男の子が好きみたいなんですよ」
「とーっても小さいって……」
「私とほとんど変わらないですよ」
「えっ、そんなに小っちゃい男の子がいるの?」
他愛もない話だが、彼女はとっても楽しそうだ。それにしても……ヒマだなぁ。
ここは元々ジムだけだったのだが、最近似たような形態のジムが増えたことで差別化を図りたい……とオーナーが都会のジムを参考にカフェを始めようとした。
だが調理できる人が確保できず困っていたところへ和が私を紹介した……といういきさつだ。
ただ、ここは女性専用ジム……皆ダイエットのためか注文が少なく、注文されても先ほど作ったパワーサラダやスムージーといった、海外セレブが主食にしていそうなミキサーだけで出来るものばかり……。
一応、加熱調理するメニューもあるのだが、ダイエット信者の女性たちに体を冷やさない食べ物を勧めたところで誰も聞く耳を持ってくれない。
「志麻ちゃん、今日は鶏肉とトマトが余っちゃったからさぁ~トマトチキンカレー作ろうと思ってんだけど……食べる?」
「えっ本当ですか? 食べたいです!」
このカフェはほぼ私ひとりで担当している。もうすぐカフェの営業終了時間だ。食材の管理も任されているので私は賞味期限の近い食材を使ってその場で「まかない」を作りスタッフの夕食にしているのだ。そしてカウンターで勉強している志麻ちゃんも誘っている……私は「まかない」の準備を始めた。
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ジムは二十四時間営業だが夜間はスタッフがいない。私はまかないを作ると志麻ちゃんや他のスタッフと食事を始めた。
「どう? おいしい?」
「おいしいです! あっでも私はもう少しスパイス効かせてもいいですよ」
「あっそうなんだ! じゃあ次はそうしてみるね」
こうやって他の人の意見を聞いて料理の勉強と練習ができる……これも私にとって都合がいい理由。だが都合のいい理由は他にもある。
「いづみちゃん、今日も残ってやってくの?」
「あっ小菅さん、いつもすみません! ちゃんと施錠しておきますので」
スタッフの小菅さんからスタッフルームの鍵を渡された。実はこれもこのバイトの「好都合の理由」のひとつ……私は厨房を片付けると、トレーニングウエアに着替えてジムエリアに入った。
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「八……九……じゅ~う……ぷはぁー!」
私はマシントレーニングを始めた。今日はレッグプレスを中心にレッグカール、レッグエクステンションと下半身のトレーニングを中心に行っている。
「あなた毎日頑張ってるわねぇ、見習いたいわぁ」
「あははっ、どうも」
会員さんに声をかけられた。実はバイト終わり、ここで筋トレを「無料で」してもいいという条件で働いているのだ。
高校時代までは剣道をやっていて、毎日部活動で体を鍛えていた。だが短大に入り、剣道をできる環境がなくなってからすっかり体が鈍ってしまった。そこでバイト終わりにここで鍛えられるというまさに「好都合」な環境だ!
しかも……ここにはさらに「都合のいいモノ」がある。
オーナーが、カフェと同時に「セルフエステ」というものを始めていたのだ。エステティシャンの手を借りず、自分で機械を操作するというヤツだ。さすがにこれは有料になるがエステより格安なのでこれを利用することにした。
ここには業務用の痩身と脱毛、二台のマシンが置いてある。私が利用する予定なのは……脱毛のマシンだ!
以前妹から「お股の毛がボーボー」と言われた。それまで気にしていなかったのだが、妹に指摘されたことでメッチャ恥ずかしくなった。
これから夏本番……私は着たくないが妹にせがまれたら水着になる機会も出てくるだろう。私は妹のために「セルフVIO脱毛」を決心したのだ!
だが次の日……思いもよらないことが起こった。
貴音なのです。たっ、貴音が登場していないのです! 次回は登場するのです!




