私は妹とメイド喫茶の模擬店に入った(いづみside)
「これ……とってもまずいのです!」
和から渡されたコーヒーを飲んだ妹の貴音は開口一番、忖度のないド直球な感想を言ってしまった。確かに美味しくないが、そんなハッキリ言わなくても……。
「たっ、貴音ちゃん! そういうことはね、口に出してはいけな……」
「いいのよ~」
私が妹を注意しようとすると、和に止められた。
「なぁ和、どういうこと?」
私が和にたずねると、和はいつになく暗い表情で
「こういうことよ~、喫茶と言っておきながらコーヒーが不味すぎるの~!」
「……それが閑古鳥の理由?」
「それだけじゃないんだけどね~、貴音ちゃん、なぜ美味しくないかわかる~?」
和はなぜか妹に聞いてきた……えっ、私じゃなくて?
妹は立ち上がると調理スペースに向かった。この店には調理するところに仕切りがなく、中ではメイド姿のサークルメンバーがヒマそうに立っていた。
妹はコーヒー粉の袋を見つけるといきなり手に取り……
「賞味期限は問題ないのです。できれば焙煎した日がわかればいいのですが。あとは……すみません、もう一回淹れて欲しいのです」
妹にそう言われたメイド(の学生)は、もう一度コーヒーを淹れ始めた。淹れ方は一般的なハンドドリップだ。コーヒーを淹れる様子をひと通り見た妹は、呆れた顔でこういった。
「わかったのです! 何から何まで淹れ方がむちゃくちゃなのです」
うん、確かに私から見てもおかしな点はあったが……
「まずはフィルターを折り曲げていないのです! これではお湯が均等に落ちてこないのです。次にお湯の温度なのです。沸騰したお湯をそのまま使うと苦みや渋みが強すぎるのです。少し冷ましたくらいがちょうどいいのです」
妹は冗舌に話し始めた。微妙に怒っているようにも見える。和やコーヒーを淹れた学生は妹の勢いに圧倒されていた。
「それに何より……コーヒー粉を蒸らさずいきなりドバドバってお湯を注いでいるのです! これではコーヒーがマズくて当然なのです」
「じ……じゃあ貴音ちゃ~ん、試しに貴音ちゃんが淹れてみる?」
「いいのですか!? やるのです!」
和にそう聞かれた妹はうれしそうに答えた。妹は子どもだが、ブラックでも平気で飲めるほどのコーヒー好きだ。時々自分で淹れているのを見たこともあるが……そんなに詳しいのか?
つーか何で妹がコーヒーに詳しいことを和が知ってんだよ!?
「えぇっと……このお水は何を使っているのですか?」
「水道水だけど……」
「それはダメなのです! 塩素があるとおいしくなくなるのです」
「えぇ~、でも沸騰させるから~カルキは飛ぶんじゃ……」
「トリハロメタンは残るのです! 沸騰直後だとさらに増えるのです」
おい、何でそんなこと知ってるんだよ? 定期テストの成績悪かったくせに。
「え~じゃあ何のお水使ったら……予算ないからエビ●ンなんて買えないわよ~」
「硬水は最悪なのです! 浄水器を通した水道水でいいのです」
「えっ浄水器~? そんなの学校には~……」
「調理実習室にあるよ」
栄養学科にいる私は和に教えてやった。
「そうなの~いっちゃん!? じゃあ誰かもらってきて~」
しばらくして浄水器の水を手に入れた妹は、あらかじめ温めておいたドリッパーにフィルターをセットしコーヒー粉を入れた。そしてトントンと叩いて粉を馴染ませると、少し冷ましたお湯を慣れた手つきで少しずつ回すように入れ始めた。
「わぁ、粉がふくらんできた……私がやると真ん中が凹むのに」
「これが『蒸らし』なのです! 凹むのは蒸らさずにいきなり大量にお湯を注いでいるのです」
「本当はドリップポット(注ぎ口が細いポット)があればいいのですが……やかんでもがんばってやってみるのです!」
妹は慎重にやかんを傾けてコーヒーを淹れた。そして……
「飲んでみるのです」
紙コップへ小分けに注がれたコーヒーを全員で試飲してみた。
「あっ、ウマい」
「おいしい~、すご~い貴音ちゃん」
「えぇっ、美味しい! 何で―」
その場にいた全員に好評だった。
「そっか、コーヒーが不味かったのが原因か。でも、お客さんが飲むのはコーヒーだけじゃないだろ?」
「それなんだけどね~、いっちゃん……このオムライス食べてみて」
和がそう言うと、他の学生がオムライスを持ってきた。オムライスといえばメイド喫茶の代名詞ともいえるメニューだが……
「……何だコレ?」
「……いいから食べて~」
先入観から「オムライス」だと認識したが、よく見ると……何だこの不思議な物体は? 卵焼きは焦げ付き、あちこち破れて中のケチャップライスが見えている。
この時点で悪い予感しかないが、一応食べてみた。
「ど~う? 味は? 正直に言って~」
「うん……クッソ不味い!」
「上に『クソ』がついたのは心外だったけど……でもそういうこと~! せっかくこの私というセクシー美女メイドがいながら、この料理やコーヒーのせいで客足が途絶えてしまったのよ~」
今コイツ、自分でセクシー美女とか言いやがったな!? さらに和はスマホの画面を私に見せた。
「これがSNSで拡散されちゃってさぁ~、場所もわかりにくいし……」
「確かに、せっかく来てもこのクオリティーじゃ……」
私は店内を見回しながらそう言うと、
「えっ、今、私たちを見てクオリティーって言ったの~!?」
「料理だよ! 何かいつもよりネガティブだなオマエ……つーか」
私は、先ほどオムライスを作ってきた学生を指差した。
「あんた確か私と同じ栄養学科だよね? こんなオムライスしか作れないの?」
するとその学生は、
「だって私、まだ入学して三ヶ月だし……これから覚えようと……ぐすっ」
その場で泣き出してしまった。
「おねえちゃん、女を泣かしたのです」
「ね~、悪い男でしょ~コイツ」
おい妹と和、そこで意気投合するな! それとオマエらのその言い方……私は男じゃねーよ!
「で、どうすんだよこの状況!? 今日は最終日、しかも午後だぞ」
「それなんだけどさ~、お二人に『協力』して欲しいんだよね~」
「えっ!? 協力? しかも二人って……妹もか?」
「そぉ~! 二人にもメイドになってお店を手伝ってほしいの~♥」
――げっ!
「えっ、ヤダよ! 私は妹を連れて遊びに来たんだから……断る」
「……さっき店の子を泣かしたんだから責任取ってね~」
「あっ、あのそれはゴメン! 言い過ぎた! 謝る」
私は先ほどの学生に頭を下げた。
「まぁオムライスくらいじゃ簡単だから手伝ってやってもいいけどさぁ~、厨房なんだからこの格好でいいじゃん! そんなイカれた衣装、絶対着ねーぞ」
「イカれたとは失礼ね~! ここは厨房も全員メイドなの!」
「だいたい私たち用の衣装なんてねーだろ!?」
その言葉を聞いた和はニヤリと笑うと、教室の隅に置かれた段ボール箱から何かを取り出した。そして私と妹の前にそれを見せたとき、私は凍り付いた。
「おい! これってまさか……」
それは以前、母・茅乃が「生地が余った」と言って私と妹に作った衣装だった。
貴音なのです。
前回の話はこっそり更新したので、まだ読んでない人は先に読むのです。




