私は妹が犯人だと決めつけた(いづみside)前編
――うわぁ~っ、最悪!
私はトイレの中で「見てはいけないモノ」を見てしまった。
※※※※※※※
ある日の夜、私がトイレに入ったとき……それは存在した。
前に使った人が……アレを流していなかったのだ。しかもふたを閉め忘れていたので見たくないのに見えてしまう状態だ。
食事中の人がいたら申し訳ない! ただ……中に残されていたのは「不幸中の幸い」と言っていいのかどうかわからないが、いわゆる「大きい方」ではなく「小さい方」だった。
とはいえ便器の中に溜まった他人の黄色い液体を見せられるのは気分がよろしくない。たとえそれが家族のモノであってもだ!
――それにしても……一体誰だ?
私の「犯人探し」が始まった……とは言っても容疑者は三名。しかもこの時点で二名に絞られている。それは……この家の女性陣、母・茅乃か妹・貴音ちゃんのどちらかだ!
理由は……便座が下がっているということ。なので継父・延明さんでないことは明白! いくら私に男性経験がないとはいえ、男の人が立って……つまり便座を上げてオシッコすることくらい知っている。
なので「犯人」は自ずと母か妹のどちらかに限られてくる。しかもこのとき、流さなかったこと以上の「大問題」が発生していたのだ。
だがその「問題」はとりあえず後回し、今は目の前の汚水を流さなくては……んもうっ! 何で私がこんなことを……。
私は便座に腰かけた。この時期は暖房便座をオフにしているが、お尻にうっすらと温もりを感じてしまった。何か嫌だなぁ……公共の場所で椅子に座ったとき、前に座った人の温もりがお尻に伝わってきたときと同じ感覚だ。
しかしこの「温もり」、知らない人や嫌いな人なら最悪な気分だが「好きな人」なら平気……いや、それどころかうれしくさえ感じてしまうから不思議だ。
すでに私には「犯人」の目星がついている……だが確たる証拠がない。私が「犯人」だと目星をつけているのは……
――妹の「貴音」だ!
実はさっきまで妹と、私の部屋でボードゲームをして遊んでいた。テレビゲームは苦手だが、ボードゲームなら互角に戦える。
その最中、つい五~十分ほど前に妹はトイレに行っていたのだ。つまり流していなかったオシッコも、便座の温もりも妹のモノ……ということになる。
だとすれば、この便座から伝わるのは妹のお尻の「温もり」……はぁ、尊い♥
いかんいかん! こんなことでハァハァしたらさすがに変態だ! しかも五~十分ほど前……ということは、その間に茅乃が使った可能性だってある! 実母の温もりなど絶対に嫌だわ!
とりあえず妹が「犯人」としてほぼ確定。もしかしたら茅乃……今のところそうなるが、決定打が……う~ん、どうしたものか。そう考えながら用を済ませてトイレから出ると、
「……あっ!」
「おぉっ、いづみ居たのか……」
トイレの前に茅乃がいたのだ。ちょうど私と入れ替わりで……。お腹でも壊さない限り、茅乃が十分も間を置かずトイレに来るはずがない! ってことは……
――よし、これでハッキリした……犯人は妹だ!
そして、入れ替わりで茅乃が入ったトイレからは……
〝ブブッブホッ……ジョボジョボジョボ……〟
――うわぁっ! 汚ったねぇ音出してんじゃねーよ!!
妹に真相を確かめるべく、不快な気分で階段を上っていった。
※※※※※※※
ここで、この家と「間取り」について話しておきたい。
元々は延明さんと貴音ちゃんの父娘が住んでいた「尾白邸」……とても大きな家だが、実は築四十年以上も経過した古い日本家屋なのだ。
亡くなられた貴音ちゃんの実の母親が、日本家屋に興味があったのでこの家を選んだらしい。だが選んだ当時でもすでに築三十年ほど経過……老朽化して耐震性能も当時の建築基準を満たしていなかったので大幅にリノベーションしたそうだ。
二つあった部屋をLDKに改造し、二階建て「5LDK」の戸建て住宅となった。具体的には一階に
LDK
浴室&洗面所
トイレ
夫婦の寝室
お継父さん専用の書斎(仕事場)
和室(茅乃の裁縫&アイロンがけする場所)
二階は
妹の部屋
私の部屋
納戸(収納スペース)
となっている。すでにお気づきだろうが、そう……
――この家は二階にトイレがないのだ!
というのも継父・延明さんは住む場所に何のこだわりもないらしい。当時から当たり前のようにあった「二階のトイレ」も必要性を感じていなかったようだ。
確かに母親が亡くなり父娘二人だけの生活では必要ないかもしれない。だが茅乃と再婚し、私も居候して……そして何より、実の娘の貴音ちゃんが年頃になったときにトイレが一ヶ所では何かと不都合になるハズ……。
二階にもトイレ欲しいなぁ……そう思いながら私は自分の部屋に戻ってきた。
※※※※※※※
「貴音ちゃん……ちょっといいかな」
私は「事の顛末」を説明するため妹に声をかけた。もちろん彼女が故意にやったとは考えにくい……身に覚えはないだろう。なので責めるような言い方をしないで優しく声をかけた。
「待ってほしいのです! まっ、まだ考え中なのです!」
妹は焦っている……実は妹と遊んでいたのは「オセロ」で、私の方が優位に進めていた。私がトイレに行っている間ずっと妹は次の手を考えていたのだ。
「まぁそれはいったん置いといて! ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「なっ……何なのです? おねえちゃん降参するのです?」
「いや何で勝ってるのに降参するんだよ! そうじゃなくて……私がトイレに入る十分くらい前に……貴音ちゃんもトイレ行ったよね?」
「……行ったのです」
「その時さぁ……ちゃんと流した?」
それまでゲーム盤を凝視し、心ここにあらず……という態度だった妹は突然こちらを向き、少しムッとした顔をしながら
「ちゃ……ちゃんと流したのです! 貴音はお行儀のいい子なのです!」
おいおい、私の隣に来てオナラをするような子のどこが「行儀いい」んだよ……まぁその原因を作ったのは私なのだが。
「それはきっとパパなのです!」
「いや、便座が下りてたからそれはないだろ」
「じ、じゃあママさんなのです」
「茅乃は私の後に入ったから……それもない」
「じ、じゃあ……じゃあ……」
追いつめられた妹は半分涙目になっていた。元々ゲームが不利な状況で焦っていたことと相まって精神的に不安定なのだろう。
「いや、まぁそれはいいんだよ! 人間は誰でもミスすることはあるし……」
私は「怒ってない」アピールをするように優しく声をかけた。
「で、でも……貴音はちゃんと流したのです」
妹はブツブツ呟きながらまだ納得していないようだった。消去法で考えれば妹がやったことは明白……それでも納得しない妹に私は少し苛立ちを覚えた。
「あっそぉ……じゃあ、もうひとつ聞くけど……」
ここで私は、先ほどの「大問題」を妹にぶつけてみた。
「貴音ちゃん、もしかしてオシッコした後……紙で拭いていないの?」
実は流していなかった便器の中に、トイレットペーパーがなかったのだ。
貴音なのです。たっ……貴音は無実なのです!!




