【番外編】私には……居場所があるんです(和side)「結」
「そっか……だったら絶交すりゃいいじゃん!」
私は価値観の違いから恋人だった「いっちゃん」こと「武川 いづみ」と別れる決意を固めました。でもその前に、まるで自分の娘のように私に接してくれたいっちゃんの母、「武川 茅乃」ちゃんにもこのことを伝えよう思ったんです。
茅乃ちゃんは私たちが恋人……つまり恋愛関係だとは知りません。なので友だちとして「絶交」すると伝えました。
私も茅乃ちゃんを母親のように慕っています。なのでこの話をしたら別れないよう説得してくれたり、引き留めてくれるものと心の隅で期待していました。
なのに「絶交すればいい」という言葉……私は、天から下ろされた蜘蛛の糸を切られたような絶望的な気分になりました。あぁ、やはり親しくしていても所詮は他人……私は再び居場所を失うんだ! そう思っていると、茅乃ちゃんは意外過ぎることを言ってきたんです!!
「そしたらさぁ~ナゴ! 明日からまた家に寄ってきな!」
えっ!? 何で? 意味がわかりません! 隣をチラッと見ると、いっちゃんも目をまん丸くして驚いていました。
私は茅乃ちゃんの娘・いっちゃんと別れるんです! いっちゃんと別れたら私は茅乃ちゃんにとって「赤の他人」なんです! それなのに……
「……なっ、何で!?」
「ナゴと一年間、毎日顔を合わせて確信したんだよ……私はオマエのことを実の娘だと思っている! 双子のおねえちゃん、なごみがここにいるんだと……」
「茅乃……ちゃん」
「娘なら家に帰ってくるのはあたりめーだろーが! いづみと絶交しようが何しようがナゴ! そしていづみ! オマエたちは私の娘だよ……家族だよ!」
「……」
「……」
「オマエたち! 外では赤の他人になったっていいよ……でもせめて、この家の中では家族でいろよ! 姉妹でいろよ! いづみ! 異論はねーよな?」
隣でいっちゃんは軽く頷きました。いっちゃんは茅乃ちゃんにだけは頭が上がらないんです。
――私には「居場所」が無いと思っていました。
父親は家庭を捨て、母親は娘を捨て……私の「存在意義」は失われました。
私は誰かに抱かれることで自分の存在意義、そして居場所を探しましたが違和感しかなく……やっと「いっちゃん」という体だけではない「拠り所」を見つけても別れてしまう。私はこの世界に「居場所」など無いと半分あきらめていました。
でも、茅乃ちゃんはそんな私に「実の娘」と言ってくれました。「家族」とまで言ってくれたんです! 血がつながっていないのに……血がつながっている「あの人たち」から一度も言われたことがない言葉を私にくれたんです!!
――私には……「居場所」があったんです。
「う゛っ、茅乃ちゃ……ん、う゛っ、う゛ぁああああ~ん!!」
そのことがわかったとき、私は自分が抑えられなくなりました。茅乃ちゃんは私をそっと抱き寄せると、
「おいおい泣くなよナゴ! オマエこの間『下』をお漏らししたばかりなのに今度は『上』までお漏らしすんのか!?」
「う゛ぁああああん! 茅乃ちゃ~ん、それは言わないでぇええええ~!」
私はしばらくの間、茅乃ちゃんに抱きついて泣いていました。
※※※※※※※
その後、茅乃ちゃんは家政婦の仕事で出かけてしまいました。
アパートには私といっちゃんの二人きりです。会話もなくずっと黙ったままでしたが、やがていっちゃんから、
「和……さっきはごめん、私……言い過ぎた」
「ううん~、私も言い過ぎた……ごめんね~」
お互いが非を認め、そして話し合いました。
結局私たちは「恋人」としては別れ、距離を保ちながら「友だち」として関係を続けていくことにしました。
でもこの家にいる間だけ、私たちは「姉妹」のように過ごそうと決めました。なぜならここには「男」がいません。私たちがいがみ合う理由はないんです。
それとなにより、二人とも茅乃ちゃんが好き……そして尊敬しています。私たちは茅乃ちゃんが悲しむ顔を見たくなかったんです。
※※※※※※※
「いただきまーす」
あれから約半年……私は久しぶりに茅乃ちゃんが作る焼きそばを食べました。
色々なことが目まぐるしく変わりました。私といっちゃんは大学生になり、茅乃ちゃんは再婚……。茅乃ちゃんといっちゃんはオンボロアパートから大きな一軒家に引っ越して、貴音ちゃんというカワイイ家族も増えました。
私も寮を出てマンションで一人暮らしを始めました。マンションのお金は……今までの罪滅ぼしという意味でしょうか、私の本当の親が出してくれました。
ただ……私と一緒に住むという選択肢はなかったようです。もちろん私にもありません。ですが、それでもいいんです。
――だって私は……自分の居場所を見つけたんですから!
「ねぇねぇ、和おねえちゃん!」
突然貴音ちゃんが私に話しかけてきました。
「どうしたの?」
「和おねえちゃんってママさんと仲がいいけど……何でなのです?」
私は貴音ちゃんに微笑みかけながら言いました。
「実はね~私は茅乃ちゃんの子どもで、いづみちゃんと双子なのよ~」
「へっ!? ほえぇ~っ! わっ、わからないのですぅううううっ!」
それを聞いた貴音ちゃんは頭が混乱したようです……やっぱカワイイ♥
※※※※※※※
「ねぇ茅乃ちゃん、前から気になってたんだけどさぁ~」
食事が終わるころ、私は茅乃ちゃんにあることを聞いてみました。
「ん? どうした?」
「茅乃ちゃんが作る焼きそば……とても美味しいんだけど何で~? 私も真似して作ろうとしたんだけど~わかんなくて……何か隠し味入ってるでしょ~?」
私は時々、無性に「茅乃ちゃんの焼きそば」を食べたくなることがあります。私がそう言うと、茅乃ちゃんはニヤリと笑って立ち上がり冷蔵庫から何かを取り出しました。
「それはな……これだよ!」
「えっ!?」
茅乃ちゃんが見せてくれたのは「焼肉のたれ」でした。
「バーベキューで締めに焼きそば作ったりするじゃん! そのとき余った焼肉のたれを入れると美味しくなるんだよ!」
「えっ、それ……だけ?」
「後はなぁ、具材を炒めたら一度取り出して麺がほぐれるまで混ぜない。具材は麺と絡みやすいように出来るだけ細かく切る……くらいかな? ちょっとしたひと手間で美味しくできるんだよ」
「そうなんだ~」
「バーベキューといえば、本当は麺をほぐすときビールを使う方法もあるけど……オマエらまだ未成年じゃん! だから飲めるようになったら試してみな! あっそうだ! 後でレシピ書こうか?」
「うん! お願……あっ、でもやっぱ……いいかなぁ~」
「えっ、何で?」
自分でも「茅乃ちゃんの焼きそば」が作れる……それはうれしいことですが、
「だって、またこの家で茅乃ちゃんに作ってもらいたいも~ん」
その言葉を聞いた茅乃ちゃんはニコッと微笑みました。すると貴音ちゃんが、
「そうなのです! 和おねえちゃん、また家に来るのです! そして今度こそクララと仲良しに……」
――あ……茅乃ちゃ~ん! やっぱレシピちょうだ~い!!
貴音なのです。次回はママさんについておねえちゃんとお話するのです。




