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【番外編】私には……居場所があるんです(和side)「転」

 



「茅乃ちゃ~ん! 今日も遊びに来たよ~!」




 私は当時彼女だった「いっちゃん」こと「武川(たけかわ) いづみ」に誘われて彼女の住むアパートへ初めて遊びに行ったとき、いっちゃんのお母さん「武川 茅乃(かやの)」さんにあいさつするとなぜか驚いた反応をされました。


 そのとき私は茅乃さんにとても気に入られたみたいで、何度か遊びに行くと「ひとりでもいいから来な」とまで言われました。

 それ以来……帰宅部の私は、学校が終わると毎日のようにいっちゃんの家に立ち寄るようになったんです。


「おぅ来たかナゴ! そろそろ来ると思って焼きそば作っておいたぞ!」

「わーい! 私、茅乃()()()が作る焼きそばだ~い好き♥」


 茅乃ちゃんは私が来るといつも「焼きそば」を作ってくれました。なぜ焼きそばなのか? 今から考えたら材料費が安く、具材も日替わり……ありあわせの材料を使ってたんでしょう。でも、茅乃ちゃんが作る焼きそばは絶品でした。


 私が焼きそばを食べ終わる頃には、茅乃ちゃんは身支度を済ませて出かけてしまいます。当時の茅乃ちゃんは家政婦の仕事をしていて、派遣先の家の父娘のために夕ご飯を作りに行くそうです。後でわかったことですが、その娘さんとは貴音ちゃんのことでした。私はいっちゃんが帰ってくるまで留守番を頼まれていました。

 やがて、部活を終えたいっちゃんが帰ってくるとそのまま二人きりの時間を過ごし……身も心も満足した私は門限が過ぎた寮にこっそり忍び込む……という生活が続いていました。


 私にとって「茅乃ちゃんの焼きそば」は、学校帰りにファストフード店へ立ち寄るようなもの……でも、何よりもそこが安心できる空間で気に入っていました。

 私を実の娘のように扱ってくれる茅乃ちゃん、そんな茅乃ちゃんを私もいつの間にか実の母親のように慕っていました。


 私には本当の家があります。近所から「御屋敷」と呼ばれています。でも、どんなに立派な(いえ)であっても中身(かぞく)が崩壊していたら何の魅力もありません。たとえオンボロアパートでも茅乃ちゃんの娘だったら私はどんなに幸せだったことでしょう。


 ただ……私にはひとつだけ、どうしても引っかかる所がありました。それは、


 ――なぜ茅乃ちゃんは、私のことを気に入ってくれたんでしょう?


 私がいっちゃんの「友だち」だから? いえ、いっちゃんには他にも友だちがいるし……私だけが特別扱いされる理由がわかりません。ある日、私はその疑問を茅乃ちゃんに直接ぶつけてみることにしました。


 その日いっちゃんは部活がなく、帰ってから私と一緒に焼きそばを食べていました。やがて食べ終わり、茅乃ちゃんがお皿を洗っているときに聞いてみました。


「ねぇ茅乃ちゃ~ん、前から聞こうと思ってたんだけどさぁ~」

「ん? なんだよナゴ」

「茅乃ちゃん、なんで私に対してこんなに親しくしてくれるの? これじゃ私、まるでいっちゃんと()()()()()じゃ~ん」

「――!?」


 その言葉を聞いた茅乃ちゃんは洗い物を途中で止め、手を拭きながら座卓の前に来ました。そして茅乃ちゃんは、私やいっちゃんと向かい合うように座ると、


「そうだな! これはいつか言わなきゃと思ってたんだけど……」


 いつになく真顔で語り出しました。



 ※※※※※※※



 それは、私が想像するだにしなかった事実でした。


「実はなナゴ……いづみって本当は双子だったんだよ」

「……えっ?」


 その事実を聞かされた私は、いっちゃんの顔をチラッと見ました。


「もうひとりはお腹の中にいたとき既にヤバくてな、生まれたときは……」

「……」

「先に生まれてきたからお姉ちゃんだったよ! まるで後から生まれるいづみをヨロシクと言ってるような表情で……最初で最後のお姉ちゃんらしい態度だったな」


 まさかいっちゃん……いえ、茅乃ちゃんにそんな過去があったなんて! でもそのことをいっちゃんは知って……


「ここまではいづみも知ってるよ! でもここからは誰にも言ったことがない。実は女の子の双子ってわかったとき、名前を考えていたんだけどな……」


 まさか……



「妹は『いづみ』、そしてお姉ちゃんの名前が……『なごみ』だったんだよ」



 私といっちゃんはお互いの顔を見つめ合いました。


「だからさ……最初にナゴの名前を聞いたとき思わず『いづみがお姉ちゃんを連れて来た!』って心の中で叫んじまったさ! だからナゴのことは他人とは思えないんだよ……ははっ、おかしいだろ? たまたま名前が一緒なだけなのに……」


 テーブルに肘をつき、下を向いた茅乃ちゃんの頬から涙がこぼれ落ちました。


「だからさナゴ! いづみとはこれからも仲良くしてやってくれ! そしていつでもここに遊びに来な! 変な理由かもしんねーけどさ、オマエといづみは私の双子の姉妹みたいに見えてくるんだよ」

「いいよ! 私も……茅乃ちゃんの本当の娘になりたい!」

「いや……でもそれはナゴのご両親に悪いだろ」

「ううん! そんなことない!!」

「えっ!?」


 私は茅乃ちゃんに……自分と両親との関係を涙ながらに語りました。



 ※※※※※※※



 その後も茅乃ちゃん、そしていっちゃんとは良好な関係が続いていました。でも高校三年の秋……その関係は突然終わりを告げることになったんです。


「もういい! 和とは口ききたくない!」

「私もよ! いっちゃんなんか大っ嫌い!」


 ある日、私といっちゃんは大ゲンカをしてしまいました。


 理由は「男」です。私といっちゃんが街を歩いていると、必ずといっていいほど男からナンパされそうになります。

 男も好きな私にとってこれはウエルカムな状況です。でも男が嫌いないっちゃんにとってこれは最悪な状況だったんです。

 いっちゃんがノーメイクだと私の「彼氏」に間違えられ、男たちはあきらめてしまいます。でもいっちゃんにメイクをして女の子らしくさせると今度は私たち二人を目当てにナンパされるんです。


 つまりどちらかが必ず不利益になる……その結果、


「もう……私たち別れよう」


 ついにいっちゃんの口から「この言葉」が飛び出したんです。私も同じ気持ちでした……でも、


 いっちゃんと別れる……ということは同時に茅乃ちゃんとの関係も終わるということです。私にとって居心地のいい空間、そして実の母親のように慕う相手……できれば失いたくない!


「うん、でもその前に私……茅乃ちゃんにも相談したい」



 ※※※※※※※



 私たちは茅乃ちゃんの前に正座して「別れたい」と打ち明けました。もちろん私たちは恋人同士だとカミングアウトしていないので、友だちの関係を解消……「絶交」したいと言ったんです。


「……」


 しばらくの間、茅乃ちゃんは目を閉じて考え込んでいました。やがて目を開け、重い口を開いた茅乃ちゃんの口から飛び出したのは思いもよらない一言でした。



「そっか……だったら絶交すりゃいいじゃん!」



 ――えっ!?



 私は、天から下ろされた蜘蛛の糸を切られたような気分になりました。


貴音なのです。こういうお話を「スピンオフ」というのです。

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