私は妹と二人きりで留守番することになった(いづみside)
「それじゃいづみさん、貴音のことよろしく頼みます」
「あっはい、お気をつけて」
「じゃあ貴音、行ってくるからね」
「パパ! ママさん! いってらっしゃいなのです!」
「二人ともー! お土産楽しみにしててね! じゃあねー」
土曜日の朝……私と妹は家のガレージの前で、車に乗った継父・延明さんと母・茅乃を見送った。この日、二人は「新婚旅行」に出発したのだ。
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母の茅乃が再婚し、連れ子の私もこの尾白家で一緒に生活するようになってもうすぐ二ヶ月になる。でも実は、延明さんと茅乃はまだ結婚式を挙げていない。
童話作家の延明さんは仕事が忙しく、その娘の貴音ちゃんは中学、そして私は短大に入学したばかり……二人が式を挙げる余裕などなかったのだ。
いやそれ以前に、二人とも再婚ということで今さら親戚呼んでどうこうとか面倒なことは避けたかったようだ。なので式は挙げず終いとなった。
その代わり新婚旅行だけはちゃんと行こうという話になったらしい。ちょうど延明さんの仕事が一段落つき、私と妹も新生活に慣れてきたこの時期に、二人は旅行に出かけることにしたのだ。
ちなみに行き先は熱海に一泊二日……延明さんの仕事が忙しく、出版社の人と打ち合わせがあるのためこれがギリOKの範囲らしい。まぁ昭和生まれの新婚旅行先にはピッタリなのかも……。
ただ、延明さんは一人娘の貴音ちゃんのことが気になって仕方が無いようだ。母親を早くに亡くし父親一人で育ててきたので、娘に対してかなりの過保護……どうやら妹は夜、この家にひとりで過ごしたことがないらしい。
そういえば以前、この家で家政婦をしていた茅乃が忙しくて帰れないと電話してきたことが何度かあったが……きっと延明さんが外泊していて、茅乃は貴音ちゃんのために泊まり込んでいたのだろう。なので延明さんは私を信用して「よろしく」と言ったに違いない。
お任せくださいお継父さん……いや、お義父さん!
今宵は二人きり……娘さんが寂しがらないよう同じベッドに入ってお互い生まれたままの姿で「女が女に抱かれる悦び」を教えてあげますよ……ふっふっふ♥
――って……しねーよそんなこと。
この子はまだ十二歳、めっちゃカワイイ天使ちゃんで尊い存在……今日と明日はお姉ちゃんとして全力で「おもてなし」してあげるのだ!
そこで! 今日の夕飯は私の手料理を振る舞うつもりだ。メニューは妹が好きなモノ……それはGWに旅行したとき妹から聞いている。
――そう、ハンバーグだ!
私は管理栄養士を目指していて大学では栄養学科を専攻している。いやそれ以前に、仕事で忙しい茅乃に代わって小さい頃から料理を作っていた。おかげで今では大抵の物を作ることができる。
すでに挽肉などの材料は昨日のうちに買ってある。今からこっそりとタネを作り冷蔵庫で寝かせる……妹には夜になって焼き始めるまで内緒……サプライズだ!
私は「タネ」を作るためキッチンに向かうと、冷蔵庫から材料の挽肉を取り出して……ってちょっと待て!
――何で妹が冷蔵庫開けてんだよぉおおおおっ!?
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「たたっ、貴音ちゃん! 何やってんの?」
妹は普段から冷蔵庫の中を見ない……キッチンに立つこともほぼない。冷蔵庫の中には昨日震えながら買った「A5ランク黒毛和牛」の挽肉が入っている……これを見られたら不思議に思うだろう。
「何って……今日は天ちゃん空ちゃんが遊びに来るのです。なのでジュースが冷えているか確認に来たのです」
「えぇっ!? 貴音ちゃんが遊びに行くんじゃなかったの?」
今日はお友だちの双子・天ちゃん空ちゃんの家に行くと言ってたハズだが……。
「天ちゃん空ちゃんの家にはニャンテンドーヌイッチが無いのです」
「えっ、だったらウチのヌイッチ持っていけばいいじゃん」
「せっかくパパもママさんもいないから、貴音の家の大画面テレビでやろうという話に急きょ変わったのです」
――変えんなよぉー、予定変わっちまうじゃん。すると冷蔵庫の中を見た妹が異変に気づいた。
「あれ? 何で挽肉があるのです? ママさんいないのです……」
うわっ、ヤバッ! 挽肉といえばハンバーグが連想されるよな?
「あっ……そうなのですね!?」
――マズい……バレたか!?
「これはきっと、クララのゴハンなのです♪」
おい、オマエはA5ランク黒毛和牛を犬に与えるというのか!? と、そこへ
〝ピンポーン!〟
「あっ、天ちゃん空ちゃんなのです」
「おはようございまーす」
「いまーす」
天ちゃん空ちゃんがやって来た……相変わらずの美少女双子だ。家の大画面テレビを使うということなので、当然三人はリビングに居座ることになる……キッチン使えないじゃん! タネを作って冷蔵庫で寝かせようと思ってたのに!
仕方ない……ハンバーグ作りはいったん諦め、私は三人のためにジュースを出そうとした。と、そこへ……
「おねえちゃん、ジュースがあまり冷えていなかったのです。だから氷を入れてほしいのです」
えぇーっ、私もタネ作るとき手を冷やしたいのに……氷なくなっちゃうじゃん!
※※※※※※※
「いけーっ!」
「そこなのです!」
三人はリビングでゲームに集中していた。どうやら妹と天ちゃんがプレイしていて空ちゃんがそれを見ている……といった感じだ。
今のうちならこっそりと作れるかな? でも玉ねぎをみじん切りにして炒めたらすぐにバレそうだ。
私はキッチンで三人にお茶菓子を出すふりをしながらウロウロしていた。すると普段は無口の空ちゃんが妹と天ちゃんに話しかけた。
「ねぇ……空はスブラトーソがしたい……」
「えっ!? あれって私たちの家にしかないじゃん!」
「うん……だから家に行こ」
「ダメよ空ちゃん! わがまま言っちゃ」
すぐ天ちゃんに却下された。すると妹が目を輝かせ、
「それ貴音もやりたいのです! だから天ちゃん空ちゃんの家に行きたいのです」
「えっ? ま、まぁ貴音ちゃんがそう言うんだったら……」
天ちゃんも渋々空ちゃんの要求をのんだ……空ちゃんグッジョブ! これで妹が出かければハンバーグの下ごしらえができる!
「おねえちゃん! 貴音は今から天ちゃん空ちゃんの家に行ってくるのです」
「あっそう……気をつけてね」
「お姉さーん、おじゃましましたー」
「ましたー」
天ちゃん空ちゃんも帰ろうとしたとき、突然空ちゃんがキッチンにいた私の元へ近づいてきて小声でこう言った。
「お姉さん……今からハンバーグ作るんですか?」
――ギクッ! 私も小声で
「えっ、何でわかった?」
「だってそこに玉ねぎとナツメグが……」
――うわぁ、この子カンが鋭過ぎ。
「貴音ちゃんに内緒ですか? ジャマしたら悪いので……」
と言うと空ちゃんはペコリと頭を下げ、妹と天ちゃんに合流していった。
何てスゲー気配りができる中学生だ!? 今度あの子にも作ってあげよう♥
貴音なのです。おかげさまでこのお話、つい先日一万PVを越えたのです!
ありがとうなのです♥




