私は天使ちゃんの姉になった(いづみside)前編
――私は「ある理由」で男性恐怖症になった。
年齢を問わず性別が「男性」の人間とはコミュニケーションがとれない。そのため小学校は不登校。中学校と高校は女子校に通っていた。
でも女子校であっても教師には男性がいる。中学時代の私は男性教師の顔すら見ることができなかったので、その時間は別室での授業が許されていた。
治療の甲斐あって、高校生になると店員さんのように深く関わらない人となら男性とでも会話できるまでになった。
また、不登校だった小学校時代「強い肉体と精神を持つように」と、当時指導者をやっていた母から剣道を教わり始め、高校三年まで続けていた。
――そして、成長するにつれて私の「他の感情」にも変化が起きていたのだ。
あれだけ嫌いな「男性」という存在に、自分自身が似てきたという感覚に気づいてしまった。過去の「忌まわしい記憶」の影響か、闘争心を養う剣道の影響か……理由は今でもわからないが、ひとつだけわかったことがある。それは……
――私は、女の人が好き……ということ。
中学のとき「初恋」をした。
相手は剣道部の先輩……女子校なのでもちろん女性だ。
高校時代に「彼女」ができた。
卒業と同時に別れたが今でも友人関係は続いている。
高校三年生のとき、母から再婚したいという相談があった。母はシングルマザーとして働きながら、精神的な問題を抱えた私を育ててくれた……感謝しかない。
私も自立できる年齢になったので母には幸せになって欲しい。私は母の再婚を後押ししたかった……のだけど……。
再婚相手の家族から、娘の私も同居しないか? という誘いを受けた。とても大きい家だそうで、ずっと狭小アパート暮しだった私たち母娘が増えたところで何の問題もないらしい。私のために部屋を用意してくれるとまで言ってくれた。
新しく父となる人は童話や絵本の作家として有名らしく、母は長年その人の家に家政婦として働いていたことで知り合った。四月から通う大学の学費まで負担してくれるらしい……とても裕福な家庭だ。
でも……
男の人とひとつ屋根の下で暮らすのはやはり抵抗がある。母だけ新居で生活して私は今のアパートから大学に通っても問題はない。
新しい家は大学から近いので何かと便利なのだが……やはり男性と同居はムリ。
※※※※※※※
大学の入学手続きを終えて一段落ついた三月のある日……
この日は相手のご家族と「顔合わせ」をする日。市内の高級ホテル最上階のレストランで食事をすることになった。
「ちょっといづみ! 何その格好は?」
ホテルのロビーで待ち合わせていた私は、母の「武川 茅乃」に開口一番注意された……あぁ再婚するからもうすぐ「尾白」姓になるのか。ちなみに私はこのまま母の旧姓・武川を名乗るつもりだ。
この日の私は普段と同じ、ゆったりとしたスウェットにジーンズという出で立ちだった。母の幸せは応援してあげたいが、正直なところ私にとって「他人事」だ。
同居の話はこのとき返事をすることになっている。私は新しい家族とは同居しないで、今いるアパートでひとり暮らしをする……と決意を固めていた。
「尾白様ですね? こちらへどうぞ」
レストランの従業員に「はい」と答えると、私たち母娘は予約席へ案内された。すでに相手方の家族は席についている。
母の再婚相手、新しく父となる人には一人娘がいるらしい。目の前にはドレスで着飾った女の子の後ろ姿が見えるのだが……えっ、これが娘さんなの?
「あぁいづみさん、お久しぶりです」
新しく父となる人「尾白 延明」さんが席を立って私に声を掛けてきた……この人とは以前から面識がある。
「あぁ、どうも……」
「紹介しますよ、娘の『貴音』です。貴音、立ってご挨拶しなさい」
延明さんにそう言われ席を立ち、こちらに振り向いた娘さんを見たとき……
私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
――えっ!?
――えぇっ!?
――えぇええええええええっ!?
何、この子……
めっちゃめっちゃ……めっちゃカワイイィイイイイイイイイッ!!
えっ!? 何これっ、天使って現実世界に存在するのーっ!? ってゆーかこのお人形さん動いてるんですけどーっ! どういうことーっ!?
目の前にいたのは、背中まで伸びたストレートの銀髪に青い目をした……どう見ても日本人ではない美少女だ。
「あっ……はっ、初めまして……なのです。尾白……貴音……なのです」
――うをぉしゃべったぁああああああああっ!
このお人形さんしゃべったよぉおおおおおおおおっ!
かかかっかわいいっ♥ しかも何? 「なのです」って……そっか、まだ日本語がわからないのかなぁ~♥ もうっ、そのその話し方もかわいい~♥ お顔もかわいい~♥ ドレスもかわいいぃいいいい~……
語彙力が完全に崩壊した私は、この異次元の可愛さを誇る「貴音ちゃん」にメロメロになってしまった。
……『一目惚れ』だ。
「あ……いづみです。よろしく」
「驚きました? この子の母親はフィンランド人でして……ハーフなんですよ」
延明さんがそう言うと、ハーフの天使ちゃんは父親の陰に隠れてしまった。
うわぁああああっカワイイ……マジでやべぇ~!
……ってか、フィンランドってどこだ?
貴音なのです。後編に続くのです。