【番外編】オレは妹に恋をした(硯都side)6
菱山姉妹の妹・空は頼まれてもいないのに、オレの妹の鈴里へ大量の参考書や問題集を買い与えた。それはつまり、ウチが貧乏で本も買えないと言っているようなもの……例え本人にその気がなかったとしても、オレはそう捉えてしまう。
オレだって社会人、鈴里に参考書くらい買ってやれる経済的な余裕はある。ただ本人が気を遣い過ぎて欲しがらないだけの話だ。でも先日の万引きの一件で、実は欲しがっていることだけはわかった。なので今度の休みに妹を無理にでも本屋へ連れて行き、買ってやろうと思っていたところだった。
なのに菱山妹は余計なことを! 兄としてのプライドを傷つけられたオレは菱山妹を呼び出した。
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「硯都……遅くなってごめん」
その日の夜、オレは近所の公園に菱山妹を呼び出した。妹に買った参考書や問題集を返すためだ。菱山妹は相変わらずの無表情でやって来た……表情がわかりやすい姉と違い、コイツは昔から何を考えているのか皆目見当が付かない。
「どうだった? 鈴里さん、喜んでくれた?」
菱山妹は悪びれることなく感想を聞いてきた。そりゃそうだ……コイツにオレのプライドを傷つけたなどという自覚は一ミリもないだろう。だからオレが菱山妹にハッキリとわからせてやるしかない。
「……え?」
オレは無言で参考書と問題集を、鈴里が持ってきた紙袋のまま菱山妹に突っ返した。紙袋を見た瞬間、菱山妹はそれが何を意味しているのか悟ったらしく目をまん丸くして驚いていた。
「……どういうこと?」
「余計なことするな!」
「えっ?」
「参考書くらいオレが買ってやる! 今回たまたま妹があんなことしちまって……それは悪いと思っているけど……でもオレだってちゃんと社会人やってて給料だって人並みにもらってるわ! 妹に参考書くらい買ってやれるんだよ! オレの家族を貧乏人扱いするな! それとも何か!? オレは高卒だから安月給だとバカにしてんのか!?」
話している自分の言葉が再び耳に入ってくると、それに対して更に怒りと悔しさがこみあげ、段々と声が大きくなっていく。
「そ、そんなこと……思ってない」
菱山妹は目を白黒させて必死に弁明をしているが、そんな言い逃れは今のオレの耳には入ってこない。そしてついに、オレはこの言葉を口にする。
「だいたいなぁ! 何で妹とちょっと知り合っただけのオマエがそんなことするんだよ!? 同じ学校って言っても司書と一生徒の間柄だろ? それってつまり赤の他人じゃん! 赤の他人のオマエが余計なことすんじゃねぇよ!」
そのとき……オレのこの言葉を聞いた無表情女・菱山妹の目から何と大粒の涙がこぼれ出した。
――えっ、何で?
「硯都……赤の他人は……ひどすぎる」
菱山妹はこぼれ出た涙を拭こうともせず、その場に立ち尽くした。
「だ、だってそうだろ? 確かにオレたち同級生だけどさ、当時だってほとんど口きいたことないじゃんか!? 友だちでも何でもない……だったら赤の他人だろ」
すると菱山妹はしばらく沈黙した後、全く予想していなかった言葉を口にする。
「私……硯都のことが……好きだよ」
――え?
「中学校のときからずっと好きだったんだよ」
――ええっ!?
「ここ数年はずっと会っていなかったけど、この前同窓会で再会して……やっぱり好きな気持ちに変わりなかった」
――えぇええええええええっ!?
「硯都のことが好きだから……妹の鈴里さんのことも好きだよ。だから鈴里さんにも気に入られるように、硯都に気を遣っている鈴里さんを安心させるために(参考書を)買ってあげたのに……」
なっ、何だよその理由……
「でも、それが硯都に迷惑を掛ける行為だとしたらごめんなさい! これは持って帰るわね……余計なことしちゃって……本当にごめん」
そう言うと菱山妹は紙袋を持って帰っていった。菱山妹の後ろ姿を見た時、オレはとてつもない罪悪感を覚えた。
まさか告白されるとは……しかも中学のときから? そんな空気、当時は微塵も感じられなかったぞ!
菱山空……本当にコイツは何を考えているのかわからない。
※※※※※※※
翌日、
「ただいまー」
オレが仕事から帰ってくると、いつものように妹が夕飯の支度をしていた。
「腹減ったぁ! 鈴里、何作ってるんだ?」
オレがそう聞くと、鈴里はオレを睨み付けて
「お兄ちゃんは……これよ!」
〝ドンッ!〟
テーブルの上にカップ麺を叩き付けた。
「何だよこれ!? おまっ、何か作ってんじゃん」
「これは私とお母さんの分! お兄ちゃんはこれで十分!」
何だよこの雑な扱い……オレは何で妹の機嫌が悪いのか理由がわからなかった。
「おい、何かオレ悪いことしたのか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさい!」
オレは自分の胸に手を当ててみた。
「額面通り受け取るなぁー!」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」
怒りに身を任せ怒鳴り散らした妹は、一度大きく深呼吸すると再び話し始めた。
「お兄ちゃん……昨日、菱山さんをフッたでしょ?」
えっ、何でその事を……さては菱山妹、学校で鈴里に話しやがったな!?
「何で!? お兄ちゃん、菱山さんと付き合えばよかったのに……」
簡単に言うなよ! 身近なところで何でもカップリングしようとする腐女子じゃあるまいし……それにしても何で急に鈴里は菱山妹の味方になったんだ?
――あっ!?
部屋の隅に昨日の紙袋が! まさか菱山妹のヤツ、鈴里を……
「オマエ……買収された?」
「失礼なこと言わないで! 私の意思で言ってるの! 菱山さ……空さん、とってもいい人じゃん! 美人だし頭もいいし……私、空さんみたいな人がお姉さんだったらいいなぁーって思ってた」
それ、野牛島樹李に対しても言ってなかったか?
「そんなこと言われたってなぁ、オレにだって選ぶ権利が……」
恋愛は相手の意志だけで成立するモノじゃない、自分の意志だって大事だ。菱山姉はもちろん、菱山妹だって恋愛対象じゃない。
「じゃあ聞くけど……空さんが嫌いな理由って何?」
「そ、それは……」
そういえば……何で嫌いなんだ? 確かに、何考えているのかわからない菱山妹は苦手な存在だった。中学校時代も何かと目立つ姉と違ってほとんど口きいたことないし……。
ただ、ここ最近菱山妹と接する機会が増えて印象は変わった気がする。しかもオレのことを好きだと……そうか! 苦手だったのは菱山妹のことを何も知らなかった、知ろうとしなかったからなのか!?
だが「嫌いな理由がない」から「好きになる」かといえばそうではない! それとこれとはまた別問題だ。
「まぁ嫌いな理由はないけど……別に菱山妹のことは何とも思ってない」
「うわっ、サイテー! お兄ちゃん、見損なったわよ!」
「えっ、何でだよぉ!?」
何で急に鈴里は菱山妹の肩を持つようになったんだ? すると鈴里は、
「じゃあお兄ちゃん、これを聞いてもまだ空さんのこと『何とも思ってない』って言える?」
何やらとんでもない「秘密兵器」を取り出そうとしていた。
貴音なのです。空ちゃんが硯都を好きだということは誰も気づかなかったのです!




