私と妹は……(いづみside)最終回
〝カランカランッ〟
「こんにちはー」
あ、ここにも「春」がいたか……。
「いらっしゃい、バナナちゃん」
「どーも……あっ本日は開店おめでとーございます」
「あぁどうも! それとお花もありがとね!」
「あの、いきなりですけどこちらにウチの社長が……」
すると店の奥のテーブル席から
「バナナちゃ~ん、こっちよ~」
和の呼ぶ声が聞こえた。おい、まだ開店前なのに常連客やってんじゃねーよ!
戸沢 芭蕉……元は継妹が中学時代に図書委員をやったとき、一学年上の先輩として出会ったのがこのバナナちゃんだ。
その後、スキーを習いたいということで私や継妹たちとスキーに行ったとき和と知り合った。それが縁で、彼女が短大を卒業するとすぐ和の会社に就職……現在は社長である和の秘書をしている。
「やっぱりここでしたか……もぉー、この後オーナーさんとの打ち合わせが」
「バナナちゃ~ん、それもうちょっと後にしてもらえる~?」
「えぇー!? 無理ですよー! もぉーどうしていつもいつもそうやって……」
何か……こうして見るとバナナちゃんが母親みたいだな。
「それと社長! 何度も言いますが仕事中にその名前で呼ばないでください」
「もう~相変わらず固いなぁ~バナナちゃんは! どれ、もっと柔らかくしてあげましょうね……えいっ♥」
「ちょっとー! 何で胸を揉むんですかー!? セクハラですよぉー!」
どうやら和は、常日頃からバナナちゃんに対してセクハラ攻撃を繰り返しているらしい。現代のコンプライアンスでは大問題だろう。ところが……
「もぉ……そーいうことは仕事が終わってからにしてください」
バナナちゃんは顔を少し赤らめながら小声でつぶやいた……まんざらでもないといった表情。そう、実はこの二人……デキているのだ!
経緯はわからないが、どうやらバナナちゃんが高校生だったころからこの二人は付き合い始めたらしい。短大も和と同じ学部に通っていた……もちろん今の仕事も和が誘ったのだ。
ちなみに……この子は低身長だがかなりの巨乳だ。この間本人から聞いた話だとついにカップサイズが私を超えた……とんでもねぇ爆乳カップル誕生だわ。
「じゃ、アタシはこれで……」
「えっもう帰るの?」
「はい、社に戻ってスケジュール調整を」
相変わらず真面目な子だ。そこへ
「あぁいらっしゃい戸沢さん」
「あっ、おじら先生!」
バナナちゃんの目が輝いた。実は彼女、大の絵本好きで継父の大ファンだ。
「この店にはボクの本が全て揃っているから……良かったらいつでも来てね」
「はぃっ! またお邪魔させていただきます!」
……いや、だから継父の本は全部置けないんだって!
バナナちゃんはうれしそうな表情で店を出ようとした。そこへ
「あっすみません」
「いえ……あっどうぞ」
バナナちゃんと入れ替わりで誰かやって来たので、彼女はドアを押さえてその人たちを通した。入ってきたのは、
「いづみさーん、開店おめでとうございます」
短大時代、私がバイトしていたジムのオーナー・上条さんと娘の志麻ちゃんなのだが……あれっ? 志麻ちゃんが抱いているのって……まさか!?
「志麻ちゃん、そ……その子って」
「あっ、先日生まれた私の娘です」
――えっ!?
――えぇっ!?
――えぇええええええええっ!?
結婚したのはもちろん知っている。でも最近会ってないなぁ……と思っていたらいつの間に!?
「やっと出歩けるようになりまして」
「えっ、じゃあオーナーは……」
「そうよ、私もお婆ちゃんになっちゃったわよ」
知らなかったわ……ってか志麻ちゃんは和の従妹なのだが、
「おい和! 何で黙って……」
「しぃー!」
「あっ……ごめん」
思わず大声を上げた私を皆が止めた。なぜならこの赤ちゃん……志麻ちゃんの娘はすやすやと眠っていたからだ。
「うわー、かわいい♥」
「かわいい♥」
「えっ、樹李も顔見たいっす♥」
小さな訪問者に天ちゃん空ちゃんたちも大喜びだ。志麻ちゃんは大学を卒業した後一般企業に就職、そこで知り合った男性と結婚した。会社は辞めたが、いずれは母親の経営するジムを継ぐ予定だそうだ。
結婚してから出産まで早い気もするが、いわゆる「できちゃった婚」ではないらしい。志麻ちゃんの話だと、自分より先に結婚した親友の赤坂 美波という子が妊娠したので「お互いの子が同級生だったらいいよねー」という理由で妊活を早めたとか……いいのかそんな理由で?
元々中学校時代の苦い経験から彼女は恋愛から遠ざかっていた。でも美波さんという親友の影響で今はこうして子どもまで……すげぇな、親友の力って。
ちなみに……私がバイトを辞めたと同時にジム内のカフェは閉店したが、ジムは順調に営業を続けている。
「あの時のカフェメニュー、もう一度食べたいわねぇ」
「えぇもちろん、この店でもいくつかメニューに加えてますよ」
あのカフェで作ったのは、継妹が好きだったメニューばかりだ。と、そのとき
「いづ姉、準備できたよー」
継妹と瓜二つのシルクが制服に着替え店内へ入って来た……うっ、カワイイ♥
「あっ、開店したらご迷惑だから私たちはこれで……」
「いいわよまだゆっくりして! よかったら家の方に居ていいから……どーせ従姉の社長さんも仕事サボって居座るだろうし」
「あ~茅乃ちゃんひど~い! 私だって出資してんだから~お客さんの入りを知る権利あるわよ~」
「二人ともしーっ!」
「あ……」
ここでギャン泣きされても困る……と思って気を遣っていたが、どうやらこの子は母親似でおとなしいみたいだ……こんな状況でもすやすや寝ている。
私が出産することは将来的にあり得ないが……何かこの赤ちゃんの寝顔を見ていると未来に対する期待が湧いてくるように感じてきた。
いいなぁ、私は結婚できないけど子どもは欲しい! 何で人間の女はカタツムリみたいに男ナシで子ども作れないのだろうか?
結婚、出産……そんな「女のテンプレ」と無縁の私は、これからどう生きていこうか? そんなことがふと頭をよぎったとき、誰かがボソッと言った。
「そういえば貴音ちゃん、今ごろ何してんだろうね?」
――!?
貴音……か。
継妹の貴音は高校卒業後、東京の調理師専門学校に通った……バリスタになるためだ。学校に通いながら都内のカフェで働き、そこで経験も積んでいた。
コーヒーを淹れるのは天才的な継妹であったが、料理はからっきしダメ……だが勉強と修行の甲斐あって、今ではコーヒーに合うスイーツも作れるようになったらしい。ちなみにコーヒーの方はかなり凝ったラテアートまで出来るようだ。
継妹は自分のやりたい「道」を見つけた。専門学校を卒業した後も都内のカフェで働き続けた継妹は、その店でメインのバリスタを任されるまで成長した。
そんなある日、雑誌の取材を受けた継妹は「美人すぎるバリスタ」として紹介された。それがキッカケで継妹はたちまち有名人になったのだが、当然のようにアンチや誹謗中傷の標的にされた。
特に多かったのが「どうせ顔だけでしょ?」という声。そこで継妹はバリスタのコンテストに出場、男性や大手メーカーのバリスタが出場者の多くを占める大会で見事に上位入賞を果たした。
若くして名実ともに一流バリスタとなった継妹……私とはどんどん距離が離れていったのだが……
「うん、そろそろ帰って来ないとマズいだろうね」
そのとき、
〝カランカランッ〟
「ただいまー!」
継妹の……貴音が帰って来た!
「もうっ、遅いじゃない! 初日からコーヒー無しの喫茶店にするつもり?」
「だってぇー! あの問屋さん、目の前にあるのにこの豆を全然売ってくれないんだもーん!」
すかさず茅乃が、
「そりゃそうだ! 貴音ちゃん、いつも一番いい豆しか買わないんだもん! 他の豆が売れ残って大変みたいだよあの店も」
「そんなこと言ったってさぁーママ! やっぱお客さんには美味しいコーヒーを飲んでもらいたいじゃない!」
貴音は今日提供するコーヒー豆の買い出しに行ってきたのだ。腕がいい分こだわりが強く、こうして問屋さんとは開店前から度々トラブルを起こしている。
「開店まで時間ないから早く支度して!」
「もうしてるわよ!」
「いやコーヒーの方! つーかその制服で買い出し行って来たんかぃ!?」
「いいじゃん、お店の宣伝になったんだから……何人かに聞かれたよ」
貴音はこのメルヘンチックな制服を着て街に出た……かなり目立つぞ! ていうかもう宣伝する必要ないんだけど。
「あっ、貴音ぇええええっ!」
「何? パパ……忙しいんだけど」
「ボクの本、これだけなの? 貴音がレイアウト考えたって話なんだけど」
「当たり前でしょ! 図書館じゃないんだから」
「えぇ~っ!?」
私が飲食店を始めるから協力して……という話をダメ元で人気バリスタの貴音にしてみた。すると彼女は二つ返事で引き受け、当時勤めていたカフェもあっさりと辞めてしまった。こっちじゃ給料は何分の一になるかわからないのに……。
「うわぁ、すごい人……私たちだけで大丈夫かなぁ」
「かなぁ」
「大丈夫っすよ! 腕利きの料理人とバリスタがいるから何とかなるっす」
もうすぐ開店……だが店の前には開店前から行列が出来ていた。
貴音が手伝うということで、営業形態は喫茶店……とすぐに決まった。貴音は企画段階から私に協力し、店のレイアウトなども都内のカフェを知り尽くした彼女がほぼ全てを考えた。当然、継父の本の冊数を決めたのも彼女だ。
本来ならゆっくり過ごせるはずの喫茶店、私ものんびりと仕事したかった。だが東京から来た有名バリスタがコーヒーを淹れる……という話が口コミで広がり、開店前から評判になっていた。オープニングスタッフを雇った方がいい……という和の読みは当たっていたな。
料理担当とバリスタ……この店のメインである私と貴音はカウンターに立ってスタンバイをしていた。
「貴音……これから二人で頑張ろうな」
「うん、頑張ろうね……いづみ!」
「あ……ちょっと違うなぁ」
「えっ、何が?」
「昔みたいに『はいなのです』って言ってほしいなぁ」
「嫌よ! そんな昔の口ぐせ思い出させないで!」
「えぇ~、お願~い!」
「……もう!」
私に無茶ぶりをされ顔を赤らめた貴音は、私の目を見つめると……
「……はいなのです!」
どんなに変わろうと……継妹は「妹」のままだ。
「かーわいい♥」
「もうっ、ふざけないで!」
貴音はプク顔をした……やっぱカワイイ♥
「さぁ! 開店の時間だよ!!」
茅乃の声が店内に響き渡る……いよいよ開店の時間だ!
店内は尾白家全員と天空樹李の三人娘、そしてシルクの八人。和と上条母娘……それと「新しい命」は家で待機し私たちの船出を見守っている。
私たちの店の名前は「sisko」……フィンランド語で「姉妹」という意味だ。店のレイアウトにさりげなく溶け込んだ貴音の実母・ノラさんの写真もこちらを見て微笑んでいる。
今は順調な滑り出しだが、いつまでもこんな日が続くとは限らない。カフェや喫茶店経営が難しいといった話はよく聞く……百も承知だ。
家族や友人、皆の協力で始まったこのお店……でもいずれは私と貴音の二人だけでやっていかないといけない。
これから様々な困難が待ち受けているだろう。私たちはこれからの人生、この二人の姉妹で乗り越えていく覚悟だ!
……でも、
「いらっしゃいませー」
カウンターに二人並んで立つ私と貴音の「手」は……
その裏で「恋人繋ぎ」をしていた。
そう、私たち姉妹は……ただイチャイチャしていた。
(年の差百合姉妹がただイチャイチャするだけの話・終わり)
貴音なのです。長い間ご愛読いただきありがとうなのです。
このお話はこれで完結……ってまだ完結処理がされていないのです!
というワケで次回は《後書きなのです》。




