私と妹は……(いづみside)2
「おぅシルク、おかえりー」
貴音の従妹・大鳥居 シルクは中学校に入学する直前、父親の転勤で海外へ行くことになった。当初は家族で引っ越す予定だったが、日本が大好きなシルクは尾白家に居候してこの街の中学校に通っている。
最初に会ったのはこの子が四歳のとき……人見知りで手が焼ける子だったが、今では見知らぬ街の中学校に通い始めてすぐに友だちができるほど活発な子になっていた。春休み中の今日も、朝から友だちの家へ遊びに行って来たところだ。
「おばさん! いづ姉! 後でお店手伝うね」
「あぁ、よろしく頼むよ」
でも相変わらず継父を無視している……ま、しょうがないか。ちなみにこのお店は住宅兼用だが住み始めたのは一ヶ月ほど前……それまでこの子は前の家にいたとき、空き部屋になった貴音の部屋で生活していた。
「あっそうだいづ姉! 服にゴミついてるよ」
「えっマジで? お願い取って取ってー」
「背中だよ! あっち向いてて」
私は言われるままシルクに背中を向けた。すると脇の下から手が伸び……
〝むぎゅ♥〟
「こらーシルク! またやりやがったなー!?」
「キャハハッ」
私の胸を揉むとそのまま自分の部屋へ逃げていった。そう、シルクは私のおっぱいを揉むのが趣味……こういう所も貴音にそっくりだ。
※※※※※※※
〝カランカランッ〟
「こんにちはー」
「あ、開店前なのでお帰りください」
「ちょっと! いきなり酷いわねーいづみちゃん!」
開店前の店内に図々しくやって来たのは長沢 真秀良だ。元は貴音の通っていた中学校で代替教員をしていた。
世間は広いようで狭い……数年前に私がとある老人ホームで調理員として働き始めたとき、介護職員として働いていたこのBBAと偶然にも再会したのだ。
私が茅乃(大学の先輩後輩の間柄)の娘と知っていたコイツは私に対し「いづみちゃん」と馴れ馴れしく接してくるようになった。
だがコイツが代替教員のとき、貴音や私に対して暴言を吐いたことは未だに根に持っている。なのでコイツには塩対応を貫いているのだ。
「あ、開店祝いのお花贈ったよね!? 飾ってくれた?」
「あぁそれなら裏庭の方に……」
「ちょっと! それじゃ意味な……あら、ここにあるじゃない」
お世話になった老人ホームの名前で贈られたので仕方なく飾ってある。
「真秀良、せっかくだから何か飲んでいけば?」
先輩の茅乃が飲み物を勧めてきた。いや、早く帰って欲しいんだけど……
「あらいいの? じゃ、オレンジジュースいただけるかしら?」
「あぁすみません、原料の高騰でオレンジジュースはないんですけど……」
本当はあるのだが……真秀良にやるのはもったいない。
「えっないの? じゃあコーヒーでいいわ」
「すみません、コーヒーも準備が……」
「ないの!? じゃあ何があるっていうのよ」
すると茅乃が
「コーラでいいじゃん! ジェームスが好きだったろ!?」
「その名前出さないで―!」
ジェームスとは真秀良を捨てた元カレ……茅乃、これを言いたいがために飲み物を勧めてきたな。
「ところで真秀良! 老人ホームの仕事はどうだ?」
「最悪よ! ま、入所者は基本的にいい人たちだけど中にはクセの強いジジィがいてね……もう! あぁいう風にはなりたくないわねー反面教師ってヤツ? お互い歳を取ったら気を付けましょうね! それじゃあ失礼するわ」
言いたい放題言って反面教師・真秀良は店を出ていった……私もあぁいう風にはなりたくない。
「いづみ! アレ用意して」
「はーい」
私は店の入り口に塩を撒いた。
※※※※※※※
「いづみー! バイトはまだ来ないのか?」
「うーん、そろそろ来る頃だと思うけど……」
実は今日から一週間、オープニングスタッフとしてお店を手伝ってくれるバイトを雇っている。喫茶店はその性質上、お客さんの回転率は高くない。当然利益も少ないため、バイトなんて雇えるはずもない。
ところがウチは事前に「あること」が話題となり、オープン前から評判になっていた。そこでオープニングスタッフを知り合いにお願いしてあるのだが……
〝カランカランッ〟
「こんにちはー」
「にちはー」
「ちょりーっす」
やって来たのは菱山 天、空の双子と野牛島 樹李の三人だ。
「ねぇ聞いてよーお姉さん!」
いきなり天が騒ぎ出した……相変わらずだなぁこの子は。
「どしたの?」
「空に……空に……彼氏ができたんですよぉおおおおっ!」
えっマジ?
「やったじゃん、空」
空は無言でVサインをしている。
「何で!? 同じ顔なのに空に彼氏ができて私にできないのよー!」
「ま、性格っすね」
「何よー! アンタだって彼氏ナシじゃん」
「樹李は別れただけだしー、年齢イコール(彼氏ナシ)は天タソだけっすよ」
「う゛っ……」
天と空は同じ四年制大学に進学した。空は去年から社会人になったが、天は現在も大学四年生だ。
初めての受験のとき、天はいつもの「病気」を発症……ケアレスミスで受験に失敗した。両親から「一生分の雷(本人談)」を落とされたそうだが、その後一浪して合格した。
樹李は高校卒業後、工場や居酒屋で働いていたが現在はアパレルショップの店員をしている。
絵に描いたようなギャル人生だが……持ち前の明るさと人当たりのよさで世代を問わず人気がある。居酒屋時代に彼氏がいたそうだが最近別れたらしい。
「こうなったら……私が空に成り済まして別れを切り出してやる!」
「天、それ絶対にやってはダメなやつ」
「怖っ、フツーに犯罪っすよ」
関係性が相変わらずの三人に茅乃が声をかけた。
「さぁさぁ天空と樹李! そんな所でだべってないで早く制服に着替えな」
和のバックアップはあるものの、基本的には個人経営の喫茶店……大手のカフェと違い本来は制服など必要ない。だが洋服を手作りするのが趣味という茅乃の提案で制服を着用することになった。
この店には継父の童話や絵本が置かれているため、店内や制服はメルヘンチックなデザインに統一されている。
着替え終わった三人が出てきた。
「うわっこれカワイイ!」
「カワイイ!」
うん、似合ってるぞ……今すぐ三人まとめて脱がしたい♥
「あっ、でも……じーっ」
すると三人は急に私の……胸を見た。
「お姉さんに近づくのはやめよう」
「やめよう」
「絶対比べられてしまうっす」
……こらこら!
「ところで……空ちゃんの彼氏ってどんな人?」
「それが……」
樹李が言いかけたところで
〝カランカランッ〟
「ちわー、宅配便でーす」
「おー硯都! ご苦労さん」
大きな荷物を持ってきた配達員は雨畑 硯都……継妹やここにいる天空たちの同級生で、現在は宅配便の会社で配達員をしている。今から十年前、この男が継妹の貴音に近づいたことがキッカケで私は彼女に告白をした。
「ここにサインを……あっ」
硯都はあることに気がつき小さく声を上げた。よく見ると天と樹李がニヤニヤして空が急に視線を逸らした。
「……ったく、うわさをすれば」
「ご本人登場っすねー!」
――えっ!?
――えぇっ!?
――えぇええええっ!? まさか……
「えっ何! オマエら付き合ってるの!?」
私の問いかけに二人は無言で小さくうなずいた。マジかよー!? めでたいことじゃん! と言いたいところだがひとつだけ疑問が残る。
十年前、この男が継妹に近づいた本当の目的は私だったのだ。しかもその理由というのが私の胸、つまりコイツは巨乳好きだったハズなのだが……
「えっ、でもオマエ……」
「あっ言いたいことわかるっすよお姉さん」
「硯都って巨乳好きなのに……ねぇー」
十年前と比べて女性らしくなった三人だが、正直そっちは成長が……
「おっおい! オレだって十年経ったら色々考えも変わるわ!」
すると空がムスッとした顔をして
「みんな……何気に失礼」
……うん、空ちゃんごめん。
「あーでも、相手が硯都でよかったわ! 何か負けた気がしないもの」
「どういう意味だよ!?」
何だかんだで天が一番失礼だな。だが……
「そんなこと言ってるから天には彼氏ができないんだよ」
「ぐふっ!」
しっかり空からカウンターパンチを浴びせられていた。
「それにしても……大きな箱だな」
硯都が持ってきた荷物はトロ箱と呼ばれる発泡スチロールの容器で、差出人の名前欄には『金沢 桃里』と書いてある。
「これで終わり?」
「すみません、まだありました! 車から降ろしてきますね」
「あっ、空も手伝う」
空も硯都についていった……うわー、初々しいカップルだこと♥
「おぉっ! 美味そうなイカだなぁ……加熱するのがもったいない」
中身は刺身でも充分イケるほど新鮮な魚介類だ。残念ながら喫茶店では生魚が出せないので、これらは全てパスタなどの具材になる。
桃里は短大卒業後、海が近い地元に戻り和食の料理店で働いた。結局、苦手だった男社会で修行することになったのだが……
鰺の三枚おろしも出来なかった桃里に調理の基本を教えたのは私だ。なので一人前の料理人になった今でも彼は私のことを「師匠」と尊敬し、今回開業する私のために地元の海産物を届けてくれたのだ。
ちなみにプライベートでは、地元で知り合った菜々緒さんという女性と結婚……子どももいる。
桜はもうすぐ満開だ。空といい桃里といい……みんな春がやって来たなぁ。
継妹の貴音も色々あったが……今は幸せだろうか?
貴音なのです。文字数が多いので制限を外したのです!
次回は泣いても笑っても変顔しても……最終回なのです!




