私と妹は……(いづみside)1
「いづみー! この鍋はどこに置けばいい!?」
開店前の店内に母・尾白 茅乃の声が響き渡った。
「あっ、それは下の棚でいいよー!」
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親同士の再婚で知り合った連れ子の妹・尾白 貴音に告白して十年……今、私は喫茶店の開店準備で慌ただしい時間を送っている。
栄養士の資格を取り短大を卒業した私は、とある大きな病院に就職した。だがこの病院には専属の管理栄養士がいたので、私は調理員として入院患者の食事を作る傍ら勉強していた。
そこで実務経験を積んで管理栄養士を目指していたのだが……試験には落ちまくり、結局私はその夢をかなえることはできなかった。
その間も私は学校の給食センターや老人ホーム、企業の社員食堂などを転々としながら調理員や栄養士として働いていた。
一度だけ給食センターのない田舎の小学校で栄養士をしたことがあった。職場が学校内の給食室だったので休み時間は子どもたちと遊んだり……今となってはいい思い出だ。
そんな二十代はあっという間に過ぎ、気がつけば私も二十九歳……いわゆるアラサーだ。管理栄養士の夢は破れたが、ひょんなことからある友人の誘いで喫茶店の経営をすることになった。
調理員の仕事が長かったので料理には自信がある。私は仕事を辞め、喫茶店の店長としてやっていく決意をした。
今までずっとショートカットだった私は髪を伸ばした。苦手だったスカートも穿くようになり、学生のときと比べて見た目がすっかり女性っぽくなっていた。この十年……自分を変えるには充分すぎるほど長い時間だった。
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今日はいよいよ私の喫茶店がオープンする日、母の茅乃にはオープニングスタッフ(?)として手伝ってもらっている。
「ええっと、オーブンの説明書は……あーめんどくせぇな」
母は今年で五十六歳、まだまだバイタリティが衰えない化け物BBAだ。だが最近は老眼らしく、細かい文字を読むときは眼鏡をしている……眼鏡をかけた母を私は生まれて初めて見た。
「おーい、いづみ!」
「何? お父さん」
店の奥から継父・尾白 延明がやって来た。継父は五十五歳……若手作家の台頭で人気に陰りが見えてきたものの、まだまだ人気の童話作家である。
「ねぇ、ボクの本……これだけなの?」
この店はお客さんにまったりとした時間を過ごせるよう本棚を置き、継父の本が自由に読めるようにしてある。だが継父は置かれた自分の本が少ないとクレームをつけてきたのだ。
「大丈夫! お父さんの本は季節ごとに入れ替える予定だから、常連さんなら全部の本を読むことができるよ」
「えぇっ、そんなこと言われてもなぁ……」
今まで出版した継父の本は、ちょっとした本屋になるくらいある。そんなもん全部置いたら喫茶店じゃなくて図書館になってしまうわ!
「そうだ延明さん、クララにゴハンやってくれる?」
継父を見つけた茅乃が声をかけた。この店の隅にはペット用のベッドが置かれている。ここにいるのは愛犬・クララだ。一応、この店の看板犬を任されている。
クララは十三歳のトイプードル……いわゆる老犬だ。最近は散歩にもあまり行きたがらず一日のほとんどをこのベッドで過ごしている。
〝カランカランッ〟
店のドアベルが鳴った。まだ開店前なのだが……
「おはよ~! どお~順調~?」
入ってきたのは私の元カノ・平井 和だ。高校時代に別れたがその後も友人としてズルズルと関係を保っている……コイツとは完全に腐れ縁だ。
「開店祝い持ってきたよ~! あ、コレ目立つところに置いてちょうだ~い」
「はい」
和は胡蝶蘭の大きな鉢植えを社員の女の子二人に運ばせていた。
「社長、こちらでよろしいですか?」
「ありがと~! じゃあ私はまだ用事があるから~アナタたちは先に会社へ戻っていいわよ~」
和は短大在学中宅建に合格、卒業後は父親の経営する会社に勤めながらファイナンシャルプランナーの資格も取得した。
そして数年後に独立し、不動産会社を立ち上げた。社員が数人の女性のみ……という小規模ながらも、一人暮らしの女性向けアパートやマンションの斡旋などで着実に業績を伸ばしている。
何を隠そう、実は今回の喫茶店開業……元はと言えば和が持ちかけてきた話なのだ。この店舗兼住宅は和の会社が保有する物件で、長いこと売れていなかった。
和は会社が持っている空き物件を有効活用するため飲食業界にも手を広げようと考えた。そこで足がかりとして私を誘ったのだ。
「おいおい、また花を持ってきたのか!? 入口にもスタンド花あるんだけど」
「だって~このお店は会社の事業のひとつよ~! 当然じゃな~い」
「はいはい、わかりましたよ社長!」
「あ~、今の絶対イヤミでしょ~!?」
ちなみに今持ってきた胡蝶蘭も一番目立つ場所に置かれている。ま、和がいなけりゃ今回の話はなかったワケだし……仕方ないか。
「ちなみに~スタンド花の方は百合を多めにアレンジしてあるわよ~♥」
「どういう意味だよ」
「おぅ、ナゴ来たのか!?」
「あっ茅乃ちゃ~ん!」
茅乃が和に話しかけた。この二人は実の母娘のように仲がいい。
「まだ開店前だけど何か飲んでくか?」
「じゃお言葉に甘えて~カルーアミルク!」
「ウチは純喫茶だ! 酒は出ねーぞ」
つーか昼間から飲む気かよ……
「じゃあコーヒーは~?」
「ごめん、まだ準備中だ」
「え~それじゃ……きゃぁああああっ! なっ、何で犬がいるのよ~!?」
メニューを取ろうとした和が突然大声を上げた。どうやら店の隅にいたクララと目が合ったようだ。
「飲食店に犬はダメ~!」
「客席なら問題ねーし、クララもおじいちゃんだから飛びついたりしないよ!」
和は極度の犬嫌いだ。なので和にとってクララは因縁の相手……でもクララは和の顔を一瞬だけ見たが、すぐお気に入りのベッドで寝てしまった。
「ナゴー、クリームソーダでいいか?」
「ありがと~さすが茅乃ちゃん、私の好みわかってるわよね~」
おい茅乃! 店長の私より先に作ってんじゃねーよ! 茅乃はクリームソーダを飲んでいる和に、
「ところでナゴ! オマエ結婚とかどうすんだよ!?」
おい昭和BBA! このご時世でその質問はセクハラだぞ!
「さぁ~、今は~仕事が恋人だからなぁ~」
「そんなこと言ってると三十代なんてあっという間に過ぎるぞ!」
和は適当にごまかしたが、私は真実を知っている。ま、すぐにわかるだろう。和が開店前のカウンターで油を売っていると……
〝カランカランッ〟
「ただいまー」
店の入り口からひとりの少女が入ってきた。髪の毛は銀髪から少し金髪に変わったが青い目、透明感のある白い肌……出会った頃と何ら変わらない。
そう、この子は中学二年になった尾白 貴音ちゃん……
なワケがない。貴音と出会ったのは今から十一年前だ。
この子は大鳥居 シルク……貴音の従妹だ。ワケあって家に居候している十四歳、中学二年生だ。十年たった今でも継妹の貴音にそっくりだ。
貴音か……今頃何してんだろう?
貴音なのです。えっ貴音が出てこないのです! 最終回はまだ続くのです!




