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私は……尾白貴音と「約束」した(いづみside)

 



「お姉ちゃん……いや、私は……貴音ちゃんのことが好きです」




 私は……継妹・尾白(おじろ) 貴音(たかね)に告白した。



 ※※※※※※※



「貴音も……おねえちゃんのことが好きなのです」

「いや、だからそういう意味じゃなくてね」


 うーん、まだこの子に告白は早すぎたかな。


「貴音ちゃん、LGBTって知ってる?」

「んーと、確か海や森を守ろうとかいう十七の目標……」


 ……それ、確かSDGsとかいうヤツだよ。


「そうじゃなくて……ええっと、日本ではまだ法律で禁止されているけど海外では男同士や女同士で結婚できる国があってね」

「あ、何か聞いたことがあるのです」

「普通、結婚といったら男と女だよね? だけどね! ごくわずかだけど世の中には男同士、女同士で結婚したいカップルもいるんだよ! お姉ちゃんもね、そういう『ごくわずかな人』なんだよ」

「珍しい人なのです……じー」

「ま……まぁそうだね、でも珍獣みたいに見られたくはないけどな! 貴音ちゃんはさ、そういう人たちのことぶっちゃけどう思ってるの?」


 貴音はしばらく考えたのち……


「貴音も……よく考えたら『ごくわずかな人』なのです」

「……えっ?」

「貴音はハーフなのです! 髪の毛の色がクラスのみんなと違うのです! 目の色も違うのです! だから……おねえちゃんが『ごくわずかな人』だというのなら貴音も一緒なのです」


 う゛っ、この一言は刺さったわ……うれしいぞ妹よ!


「だったら貴音ちゃんは……そういう人たちを見てどう思う?」

「どうって……()()()カップルさんなのです!」


 ――よかったぁああああっ! 早めにカミングアウトして正解だったか?


「そもそも貴音の周りにはカップルという人たちが存在しないのです! 唯一知っているカップルさんがパパとママさんなのです」


 ――説明するのが早すぎたかぁああああっ!?


「そ、そうなんだ……じゃあ質問変えるわ。貴音ちゃんはさ、お姉ちゃんみたいな人たちのことを『気持ち悪い』って思う?」

「えっ……何でそんなこと言うのです?」


 コレなんだよ……私たち同性愛者にとって一番やっかいな「敵」というのが「世間の目」「嫌悪感」そして「差別と偏見」だ!

 私は世間からどんな差別を受けようと平気だが……もし貴音と付き合うことができた場合、私のせいで彼女がそういう扱いを受けてしまうのは見るに堪えない。


「残念だけどね、世の中にはお姉ちゃんみたいな人を『気持ち悪い』っていう人たちがいるの」

「それって……長沢先生みたいな人なのですか?」


 長沢……あぁそういえばそんな差別主義者(レイシスト)いたな。そういやアイツもLGBTのことを「気持ち悪い」と言ってたっけ?


「まぁ気持ち悪いって感情は誰もが持っていてさ、元々は自分に降りかかる災難を避けるため身につけた過剰反応なんだけどね……ほら、私たちだってゴキブリ嫌いでしょ?」

「げっ! イ、イヤなのです! おねえちゃんってゴキブリさんなのですか?」

「違うよー! でも、世間にはその先生以外にそういう色眼鏡で見る人がいることは事実だね」

「うーん、気持ち悪いとは全然思わないのですが……あの人たちって自己主張が強すぎる気がするのです! だから……どちらかと言えばウザいのです!」

「うわっ、痛いところ突いて来たな」


 そうなんだよ……LGBTってさぁ、イデオロギーじゃないんだよ! 政治家の個人的感情で制度を変えるモンじゃねぇし、勧誘したりキャンペーンをして仲間を増やすモンでもない!

 その人が『好き』という気持ちは同性愛者も異性愛者も一緒! ただ……好きな相手の性別が違うだけだ。


 無理強いはしたくないので私は尾白貴音に返事を求めない。もし彼女が「男の子が好き」と言ったら仕方ない、彼女の選択を尊重しよう。


「貴音ちゃん、返事はしなくていいよ! 今日は私の気持ちを伝えたかっただけだから……ただ、じっくり考えていつかは返事を聞かせてね」


 そもそもこの子はまだ子ども……今の段階での意思決定は時期尚早かも? そう思っていたら、彼女の口から意外な言葉が出てきた。



「だったら……十年待ってほしいのです」



 ――えっ、十年!? それは長いなぁ。


「貴音は子どもなのです! 『好き』という感情がまだよくわからないのです」

「……うん」

「でも十年後……貴音がおねえちゃんみたいに大人になったら、そのころにはさすがにわかる気がするのです」


 十年後かぁ……私は二十九歳、アラサーだな。まぁ私だって人間だ、たった一年で好きになった相手に対し、これから十年後も愛し続けていられるか? と問われてイエスと断言できる自信は正直ない。


「うん、わかったよ! 十年だね? 待ってるよ」


 ならばその()()に乗ろう! 私がこれからも貴音を好きでいられるか? そして彼女が私のことを心の底から好きと思えるようになれるのか……。

 明日からも「姉妹」として近くにいられるワケだし……これから毎日、私は尾白貴音の「姉」として、また一人の「女性」として彼女と向かい合おう!


「それじゃ貴音ちゃん、遅くまでゴメンね! じゃ、おやすみ」

「あっ、おねえちゃん! 待ってほしいのです」


 部屋を出ていこうとした私に貴音が声をかけた。


「まだ……おやすみのキスしてないのです」


 ……そうだった。


 私は毎晩、妹である貴音と「おやすみのキス」をしている。これは尾白家の昔のアルバムを見たとき、娘の貴音とキスしまくっていた彼女の母親・ノラさんの写真を見て思いついたことだった。

 海外では挨拶代わりにキスをする国もある。姉妹なんだから問題ないだろう、貴音も拒絶しているワケじゃないし……と、今までずっと続けていた「習慣」だ。でも実際は私にとって「性的な意味合い」が含まれていたのだが……。


「あのさぁ貴音ちゃん、勝手なお願いなんだけど……」

「……? 何なのです?」


「おやすみのキス……今夜で終わりにしない?」


 私の言葉を聞いた貴音はキョトンとした目をした。


「ほらっお姉ちゃん……今、貴音ちゃんに告白したでしょ!? これからはさ、姉妹なんだけど姉妹じゃないっつーか……そのっ、挨拶代わりとはいえもう『おやすみのキス』をするような間柄じゃない気がするんだよ! 絶対に意識しちゃうだろうし……」


 私が貴音とキスしたくて始めたことなのに、私の方から終わりを切り出す……本当に勝手な話だ。

 でもこれからは「姉と妹」という関係以外に「恋愛相手」として彼女と接していきたい。今の関係をズルズルと引きずっていくのは終わりにしたいと思ったのだ。


「わかったのです……貴音も大人になりたいから、今夜で最後にするのです」

「……ありがとう」


 私は継妹と「おやすみのキス」をした。



 もしかしたら……これが彼女との「最後のキス」になるのかもしれない。



「おねえちゃん」

「ん?」

「さっきおねえちゃんが『好きな人がいる』って言ったとき……」

「?」



「……貴音の名前が出なかったらイヤだと思ったのです」



「そっか……ありがと」



 ……



 ……そして、十年の年月が流れた。



貴音なのです。次回はいよいよ『最終回』なのです!


と、その前に《あれ》があるのです!

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