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私は……決意した(いづみside)

 



「実はね……ボクはあの子の母親、アリーサから恨まれているんです」




 文字通り()()()()()()継父から「恨まれている」という言葉を聞いた私は驚きを隠せなかった。

 アリーサとはシルクちゃんの母親で貴音(たかね)の叔母にあたる。何となく予感はしていたが、恨まれているとまで言わせるとは……相当な確執だな。


 継父の話によると……


 アリーサさんは貴音の母……つまり実姉のノラさんの死後、フィンランドから日本にやって来た。目的は母を亡くした姪の面倒を見るためだ。


 当時の継父は仕事一辺倒、家事も育児もほぼ経験ゼロ。そんな話を聞いたことで最愛の姉の「忘れ形見」でもある貴音を不憫に思い、まだ独身だったアリーサさんがやって来たのだ。

 当然のように継父とアリーサさんは最初から不仲だった。来日直後、彼女は貴音をフィンランドに連れていく……と息巻いてたそうだ。


 だがすでに親権は継父が持っていたのでそれは叶わず……それどころか今までほぼ見ず知らずの関係だった姪に泣いて拒まれてしまった。そこでアリーサさんは仕方なく、継父の家に通いながら貴音の面倒を見るようになった。


 犬猿の仲(というかアリーサさんが一方的に嫌っていたのだが)だった二人……家の中でも一切会話することなくアリーサさんはリビングで貴音の世話、継父は書斎にこもって仕事をしていた。時々キッチンで鉢合わせすることはあったが、お互い無言で挨拶すら交わすことはなかったらしい。

 ちなみに……貴音と自分の食事はアリーサさんが作っていたが、当然? 継父の分は作ってあげなかった。なので継父は宅配のピザを頼んだり、近所のコンビニでパンやサンドイッチを買っていたそうだ。ただこのとき、継父の書斎から常にコーヒーの香りが漂っていた。


 そんなある日……リビングで貴音の世話をしていたアリーサさんの元へ、継父が一杯のコーヒーを持って近づいた。

 継父は黙ってテーブルの上にコーヒーを置いた。彼女はそのコーヒーを間髪入れず捨てようとしたが、どこか懐かしい香りにその手を止めた。そしてしばらく考えた後、一口だけ飲んでみた。すると……


 彼女は目を見開いて小刻みに震え出した。なぜならそれは、亡き姉・ノラさんが好んで飲んでいたコーヒーの味と香りにそっくりだったからだ。


 実は継父……自分の書斎にコーヒーを淹れる道具一式を持ち込んでいた。そして毎日仕事に追われる中、寝る間も惜しんで亡き妻の好きだったコーヒーを再現していたのだ。

 しかも……どの豆を使っていたのかなどのレシピは一切残されていなかった。そこで継父は、亡き妻と一緒に飲んでいたときの「記憶」だけで再現したらしい……すごい執念だ。


 継父のコーヒーを飲んだアリーサさんはもの凄い形相で継父を睨みつけ、そのまま去っていった。それ以降、貴音の世話するために家政婦を雇って……そこで私の母・茅乃(かやの)と知り合った。


 ちなみに……継父に家政婦を紹介したのは他でもないアリーサさんだった。その後彼女は日本人と結婚、そして生まれた子どもがシルクちゃんだ。

 シルクちゃんが生まれてからも彼女は時々尾白(おじろ)家を訪問していた。そこで茅乃と知り合ったそうだが……茅乃もあんな性格なので、シルクちゃん共々すぐに打ち解けたらしい。


 一方で……継父とは今でもわだかまりが残っており不仲のまま。そんな母親の姿を見ていたシルクちゃんは、貴音や茅乃とは親しいが継父のことは「ほぼ無視」していたのだ。



「ボクが妻に……ノラにしてきた数々の『罪』は一生かけても償うことはできないでしょう。今でもこうやってボクのことを許さない人がいるのですから……」

「あ……はぁ」

「ですからせめて、娘だけでも幸せになって欲しい。親の勝手な願いですが、きっとノラも同じことを考えていると思います……もう彼女のように不幸な人間は作りたくない、そして見たくない!」

「……」

「いづみさん! 先ほども言った通り、ボクはあの子が……貴音が幸せになってくれる相手なら年齢も性別も気にしません! この一年、アナタと接している娘を見たとき……あぁ何て幸せそうな表情をするんだろう! 今まであんな表情を、父親であるボクにも見せたことがなかったなぁって思っていました」

「そ……そんなこと」

「ボクは親です。いずれボクも年老いて死んでいきます。そんなとき、残された娘が心配……ではおちおち成仏もできません! なので……いづみさん!」

「……はぃ!?」



「どんな形でもいい……娘を……よろしくお願いします」



 気がつくと……継父は私の手を握り、大粒の涙を流しながら私の顔を見つめていた。私は男の人に触れると蕁麻疹が出てくる体質だったが……


 このときばかりは出てこなかった……出てきたのは「一筋の涙」だけだった。


 それにしても……貴音の実父である継父には理解してもらえたが、問題は茅乃(アイツ)だよな? あの堅物昭和ババァにどうやってカミングアウトするか……


「あぁ、ちなみに茅乃さんもいづみさんの性的指向には気づいていますよ」


 ――なっ……何だってぇええええええええっ!?


「以前家にお友だちがいらっしゃいましたよね。確か……平井さんでしたっけ?」


 (なごみ)のことか……ま、まさか!?


「高校生のときお付き合いされてたんですよね? 茅乃さんから聞きましたけど」


 そんな前から気づいてたのかよぉおおおおっ! アイツ、よく今まで気づかないフリしてたな!?


「でもね、茅乃さんも……」


 えっ、「も」って……まさかアイツも同性愛者(レズビアン)だとか言うなよ!


「いづみさんがああなったのは自分のせいだって……もっと早く気がついてあげるべきだったって自分を責めていましたよ」


 えっ、あんな自分至上主義人間が自分を責めた? 想像できないな。


 そうか、人って……


 誰もが「心の傷」そして「罪」を抱えているのかも? それを他人に打ち明けることは簡単にできないだろうし、もしできたとしても大抵は許されないだろう。

 もしかしたら……それをできるのが「家族」そして将来家族になる予定の人、つまり本当に「好きな人」なのかもしれない。

 本当に「好きな人」なら楽しい思い出も、心の傷も、罪も、全て共有して墓場まで持って行けるに違いない。


 私は……



 ※※※※※※※



「ハッピーバースデー貴音ちゃん!」

「お誕生日おめでとう!」

「みなさん、ありがとうなのです」


 この日の夜、尾白家が揃って貴音の誕生日パーティーが開かれた。実はその前に(てん)ちゃん(くう)ちゃんたちのお友だち同士でパーティーが開かれたので、まぁこれは二次会といったところだ。


「はぃ貴音ちゃん、誕生日プレゼント」

「げっ、これは中二の参考書なのです! こんなのいらないのです」

「冗談だよ! ちゃんとしたプレゼントもあるよ」


 いつものノリでパーティーは進んでいた……だが、


 私は……


 この尾白貴音と、自分たちの「全て」を共有できるだろうか?


 それはまだわからない。でも、



 私は……決意した。




 今夜……私は尾白貴音に「告白」する!


貴音なのです。「文字通り虫も殺さない」とは


「貴音は黒ずくめの人に襲われたのです(貴音side)」


の回を読めば意味がわかるのです!

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