私には……越えなければならないハードルがある(いづみside)
私には……越えなければならない「ハードル」がある。
私は尾白貴音のことが好きだ。それはもちろん「妹」としてではなく「恋人」としてである。だが恋人として付き合うには「ある問題」と直面することになる。
それは……『家族』だということ。
連れ子同士で付き合う、はたまた結婚するのに法的な問題はない。そもそも同性カップルは法的に婚姻できないので法律は関係ない。
(注※自治体が定めたパートナーシップ宣誓制度はあります)
ここでいう問題はふたつ……ひとつ目は「貴音の意思」。今までのように貴音が私のことを姉……としてではなく、恋人として認めてくれなければ付き合う意味がない。そのためには私が貴音に「告白」すること……これが大前提だ。
ふたつ目は「家族の認知」、つまり私の母・尾白茅乃と貴音の父・尾白延明に私が同性愛者だということを伝えなければならない……いわゆる「カミングアウト」だ。ひとつ屋根の下で過ごす以上、この事実をひた隠しにしてコソコソと付き合うのは道理に反する。
だが性的マイノリティに対する差別や偏見、しかも実の娘に「孫」など期待されていたらハードルが高すぎる! ここまでくるともはや棒高跳びレベルだ。
そんな「ふたつのハードル」を飛び越えるべく、私は行動を開始した……いや、よく考えたらもうひとつハードルがあったな。
※※※※※※※
〝ブロロロロ……〟
「き、今日はわざわざ車を出していただいてすみません」
「いえいえこちらこそ! 貴音の誕生日プレゼントを買うのに付き合っていただいてありがとうございます」
今、私は母の再婚相手で貴音の実父、そして私の継父に当たる「尾白延明」が運転する車の助手席に座っている。車の中は継父と二人きり……そう、もうひとつのハードルとはこの「男性」のことだ。
私は過去のトラウマから男性……特にあの「父親だったらしい男」と同世代の男性が苦手だ。高校時代になると苦手意識はだいぶ薄れてきたが、こうやって運転を委ねた男性と車の中に二人きりでいるのは正直不安で息苦しい。
この日は三月の三十日……実は貴音の十三回目の誕生日である。奇しくもこの日は一年前、私たち武川家母娘と尾白家父娘がホテル最上階のレストランで「初顔合わせ」したのと同じ日なのだ。
あの日は会食の途中でその事実を知り「あっおめでとう」くらいの挨拶で済ませてしまった。今日は改めてちゃんと祝ってやろう……ということで継父と一緒に誕生日プレゼントを買いに出かけたのだ。ちなみに母は料理の支度のため家にいる。
出会ってからもう一年……継父とは他の家族と交えたとき話すことはあるが、こうやって二人きりのときに話したことはない……いやそれ以前に継父と二人っきりになったことがないのだ。
継父の車は外車……北欧のメーカーの中古車、いわゆるクラシックカーだ。今から三十年近く前の車だそうで、無骨なデザインだが製造中止になった今でも人気があるらしい。
「……」
だが私はそこまで車に詳しくないので会話が途切れてしまう。後付けのカーナビや今ではなかなか見かけない「カーステレオ」と呼ばれるオーディオデッキからは音声が流れず、無言の車内にエンジン音だけが響き渡っていた。
一年近く「家族」を続けたのにこれじゃダメだろ……と私が思い始めたとき、やはり同じ気持ちだったのだろうか……継父が穏やかな口調で沈黙を破った。
「あ……いづみさん、具合の方は大丈夫……ですか?」
「えっ? あっあの……何で」
私は黙りこくっていたが、決して具合の悪い素振りを見せたワケではない。何でそんなことを聞いてきたのだろうか?
「えっと、男の人が苦手……なんですよね?」
私は継父に自分の「過去」そして「トラウマ」を話したことがない。何でそのことを知っている!? これを知っているってことは、私が「あの男」から性的虐待を受けていたってことも理解しているよな!? まぁ話の出処は一ヶ所しか考えられないが……
「えっいえ、まぁ……すみません」
でもこの事実はいずれバレることだし想定内! むしろ今みたいに、継父に余計な気を遣わせてしまうのが申し訳ないと思ったので話していなかっただけだ。
「こちらこそすみません。茅乃さんから聞いていたんですが……今回無理言ってお願いしてしまって」
やっぱ出処は茅乃しかあり得ねーわな!? まったく、相変わらず口の軽いデリカシーゼロBBAだな。
「いえ、私も……早く治さなければと思ってはいるんですが」
「無理なさらなくていいんですよ、まだ一年ですし」
そうか、「もう一年」だと思っていたが「まだ一年」なんだ。家族にとって一年はほんの一瞬、これからも長い付き合いになるんだよな。
「あぁそうだ」
と、突然継父が何かを思い出したように
「前から一度、いづみさんにお話ししたいことがありまして……できれば茅乃さんや貴音のいない所で……と思っていたのでちょうどいい機会です。まだお時間大丈夫ですよね?」
「えっ、えぇ……たぶん」
――えっ、私に!?
「ここでは何ですから、もっと落ち着いた場所でゆっくりお話させてもらえませんか? あっボクに対してそんな心配はなさらないでください。娘もいますし、それに茅乃さんから木刀で殴られたくありませんので……」
――茅乃、そんなことまでしゃべったのかよ!?
※※※※※※※
途中、継父のお気に入りだという珈琲店でホットコーヒーを買い、峠道の途中にある駐車場に車を止めた。
目の前には私たちの住む街が一望できる。とても見晴らしがいい。でも……今は昼間なので明るいが、ココって夜になるとよく車内Hが行われる場所じゃなかったか!? ちょっと不安になってきた。
「同じ市内なのに……富士山がよく見えますね」
「えぇ、ボクも仕事に行き詰まるとよくここに来るんですが……夜景も素晴らしいですよ」
そっか「夜景が素敵ね」「でも君の方が……」とか言って車内Hが始まるんだなバカップルどもめ!
三月も終盤、日中はだいぶ暖かいとはいえホットコーヒーに癒される。私はコーヒーを飲みながら、盆地が一望できるこの場所で自分の家を探していると……
「あっいづみさん、コーヒー飲み終わったらお話してもよろしいでしょうか?」
継父がこう切り出してきた……何の話だろう? ついでに私も男性恐怖症がバレたから、この人に自分の性的指向を話してもいいかな?
あっでも、貴音と付き合えるかどうかもわからないうちにそんな話しても勇み足だよな……もし付き合うことができたら改めてカミングアウトすればいいか!
「ごちそうさまでした! 美味しかったです」
すると継父が思わぬことを口にした。
「単刀直入に言いますけど、いづみさんは……貴音のことが好きなんですよね?」
〝ぶっ!〟
よかったぁああああコーヒー飲み終わって! 思わず継父の愛車にコーヒーぶちまけるところだったわ!
でも……何でバレちゃったんだよぉおおおおおおおおっ!?
貴音なのです。おねえちゃん、パパの車を汚しちゃダメなのです!




