私は妹にハラハラさせられている(いづみside)
くそぉ……あいつら完全にカップルじゃねーか!
動物園を出た妹の貴音ちゃんと同級生の雨畑とかいう男は、そのまま公園内に消えていった。私は借りていた車を母の茅乃に返さなければならないので、後ろ髪をひかれる思いでその場を後にした。
はぁ、男装までしてこんな仲睦まじい光景を見せつけられるなんて……何か惨めだなぁ。そう思いながら動物園を出ようとしたそのとき
「うゎはははははははは……」
おい! 今、私の不幸を笑ったよな……誰だっ!?
※※※※※※※
「ただいまなのです」
妹が帰ってきた。一足先に帰ってきた私は素知らぬ顔で妹を出迎えた。
「お帰り! どうだった?」
「それが……おねえちゃんによく似た男の人がずっと付きまとっていたのです」
「あ、あぁそうなんだ……ふーん」
ごめん……それ、私だ。
「動物園は楽しかった?」
「楽しかったのです! モルモットさんをもふもふしてきたのです」
げっ! そういや私、アイツに噛まれたんだっけ……ヤなこと思い出したわ。
「そのあとブラジルバクさんにも会ったのです! おねえちゃん! バクさんは夢を食べると言われてるのです」
――私が今見ているこの悪夢も是非食べてくれ!
「最後に貴音たちが動物園から出るとワライカワセミさんが大笑いしたのです」
あの笑い声はワライカワセミだったのか!? ってそんな動物いるんだ……知らなかったー!
「そうなんだ……で、動物園から真っ直ぐ帰ってきたの?」
動物園内での行動は大体見ていたから聞く必要ない! それより気になるのは私が帰ってからの行動……何か「間違い」を犯してなきゃいいけど。
「硯都君と公園内を詮索してたのです」
公園内の何を調べてたんだよ……それを言うなら散策だろ?
「広場にあの紙芝居屋さんがいたのです」
あの紙芝居屋? あーそういえば前にテレビで紹介されてたなぁ……確か紙芝居の話にオチがないんだっけ? 何だ、あの公園でやってたのか。
「貴音たちは遠くから紙芝居を見ていたのです。するとそこへやって来た子どもたちに貴音は突き飛ばされたのです」
「えっ、大丈夫だったの!?」
「転びそうになったのです。でも硯都君が貴音の手を持ってくれたので転ばずにすんだのです」
何だとあの野郎! 純真無垢な妹の身体に汚れた手で触れんじゃねーよ!
「そっ、そうだったんだぁ……危なかったね」
私は今、別の危機を感じているが……。
「でも……そのときおかしなことが起こったのです」
「おかしなこと?」
「硯都君の手を握った瞬間、貴音は心臓がドキッとしたのです! そのあとも硯都君の顔を見るたび貴音はドキドキが止まらなかったのです」
――終わったぁああああああああっ!
そりゃ完全に「恋に落ちた」感覚じゃねーか! まぁ私の場合そんな純粋な恋愛したことがねーからあくまで一般論だけど、もう妹は完全に恋してるってことじゃねーか!? ま、本人にその自覚はなさそうだが……。
「おねえちゃん、これは一体何なのです?」
「さ、さぁ……何なんだろうね……アハハ」
――口が裂けても言えるかーい!!
※※※※※※※
次の日から妹は、その雨畑という男の話ばかりしてくる……正直聞きたくはないのだが。どうやら妹は学校でそいつに合うと目をそらしたりその場から逃げてしまうらしい……
――それってまさに「好き避け」じゃん!
しかもバイトが休みだった今夜は、久しぶりに家族四人が囲んだ食卓でそんな話をしやがった! すると茅乃が……
「あれ? 硯都って雨畑さんちの硯都のことかぃ?」
「えっ、ママさん知っているのですか?」
「そりゃもちろん、近所だし……それにアイツ剣道やってるだろ?」
「剣道部なのです」
「以前近くの道場で剣道教えていたことあってね……そんときの生徒の一人だよ」
「知らなかったのです! 東大モトクロス部なのです」
それを言うなら灯台下暗しだろ! ていうか茅乃も知り合いだったのか!?
「そっかぁ、じゃあ貴音ちゃんは硯都と付き合ってるのか?」
「えっ、付き合ってるとか……まだよくわからないのです」
――うわっ、新たに敵が一匹増えやがった!
「そうなんだ、でもまだ若いんだから節度を守ったお付き合いしろよ」
「だからまだ付き合ってはいないのです!」
そうだそうだ! 付き合ってないならそのまま別れろー!
「もしやりたい衝動に駆られてもちゃーんとゴムはつけろよ♥」
〝ぶっ!〟
私は思わず味噌汁を吹き出した。何を言い出すんだこのデリカシーゼロBBAは!
「ゴムって何なのです?」
「そっそれは! 男に触るときはゴム手袋を着用してだな……」
「いづみ、ウソを教えるな!」
「生々しい話も教えるな! まだ中学生だぞ」
「中学生だから一番興味あることじゃねーかよ! 特に硯都あたりじゃ付き合わなかったとしてもそういう展開になるかもしんねーぞ」
やめろぉ! 今の私にはダメージが大きすぎる!! と、そのとき
「あ……ご、ごちそうさま……ボッ、ボクはまだ仕事あるから……もっ戻るね」
継父が静かに食卓から去った……私以上にダメージ大きい人がここにいたわ。
※※※※※※※
「こんこん……入るのです」
その夜、妹が私の部屋に入ってきた。
「折り入って相談があるのです」
「どうしたの?」
「おねえちゃん……貴音はまた硯都君からデートに誘われたのです」
――あの野郎! 一度ならず二度までも!!
「そっ……そうなんだ」
もっ、もう耐えられない……できれば私にその事実を知らせないでくれ!
「でも、ちょっと気になることがあるのです」
えっ、なっ……何だよそれ?
「実は今日、天ちゃんや樹李ちゃんに『アイツだけはやめたほうがいい』って言われたのです」
何だよそれ……訳あり物件ってことか!? 一体何なんだ……女たらしとか二股三股かけているとか? だから言わんこっちゃない、やめとけやめとけ! そして妹よ! 是が非でも「こっちの世界」にカモーン!
「うーん、まぁそれは自分の目で判断するのが一番いいんじゃない?」
……あれっ?
えっおい! 何で私は妹に協力するようなこと言ってしまったんだ!?
「そうなのですか? じゃあ今回も行ってみるのです!」
バカか私は! 何で敵に塩を送るようなマネしてんだよ……上杉謙信か!? 妹がすっかりその気になってしまったじゃねーか! こりゃマズい、ラムサール条約に登録できるくらいの大失言(湿原)だぞ!
「ちなみに……どこに行くの?」
「県立美術館なのです」
「遠いじゃん! どうやって行くつもり?」
「またバスで行くのです」
何かいい方法は……そうだ!
「大変じゃん! お姉ちゃんが車で送ってやるよ」
「えっ、それは……貴音個人のことなので申し訳ないのです」
いや、これは妹に対する親切心ではない。こうなったら私が直接、その雨畑とかいうヤローに会ってヤロー!!
そしてヤツに「妹に手を出したらバックに怖い姉がいるぞ」というプレッシャーをかけてやろう! 我ながら大人げない作戦だし、年下とはいえ男と対峙するのは正直こっちもプレッシャーなのだが……。
貴音なのです。東大にラクロス部はあるけどモトクロス部はないのです。




