私は妹にバレンタインデーのチョコをあげた(いづみside)
「もしかしたら~今ごろ……男の子にチョコあげてたりして~♥」
――うぐぅ! コイツ、痛いとこ突いてきやがったー!
今日はバレンタインデー……私は妹の貴音ちゃんのために手作りのチョコレートケーキを作ったのだが、元カノの平井和は「ついでに告白しちゃえ~」と私にけしかけてきやがった。
だが年の離れた……しかも血が繋がっていないとはいえ、ひとつ屋根の下で生活する「妹」にガチ告白なんてリスクが高すぎる! しかし私が躊躇していると和にダメ出しをされてしまったのだ。
妹は「ノンケ」だ。よく「おねえちゃんが大好きなのです」と言ってるが、これは決して恋愛的な「好き」という意味ではないハズだ。
そもそもあの子は恋愛的な「好き」というものを理解していない気がする。なのでこれから先、男の子を好きになる可能性は十分にある……いや、むしろそうなる方が自然な流れだろう。
LGBTの割合は八パーセント、左利きの割合と同じくらいだと言われている。意外と多いような印象があるが「L」の割合は当然これより少ない。
そんな中で妹が「L」になる可能性、さらに私と付き合う可能性……うわぁ、考え出したらどんどんネガティブになってくる!
ダメだ! 雲を掴むような話をしてもしょうがない。妹が将来的にどのような選択肢をしようが、今は目の前のことに集中しよう! 午後からも授業がある和と別れた私は家へ帰ることにした。
「いっちゃ~ん、頑張ってね~♪」
「オマエに言われなくても……ってか告らねーし!」
私がそう言うと、和は自分の股間を指差しながら
「もしダメだったら~和のココ、空いてますよ~♥」
「……公共の場所でそういうのやめろ!」
※※※※※※※
家に帰った私は冷蔵庫を開け、箱に入ったチョコレートケーキが入っていることを確認した。うん、大丈夫! 母の茅乃や継父は食べていなかった。
しばらくすると妹が学校から帰ってきた。
「ただいまなのです」
あれ? 妹は何やら紙袋みたいなのを持ってるな……。
私は中高一貫の女子校に通っていた。確かバレンタインデーはチョコの持ち込み禁止だったはず……まぁ高校時代はそんなもんお構いなしだったが。
「貴音ちゃん、その袋って……」
「チョコなのです! 今日はバテレンタインデーなのです」
惜しい! 一文字多い! キリスト教由来だが神父さんを祝う日ではないぞ!
「それってさぁ、学校に持ち込んでいいの?」
「条件付きでオッケーなのです! でも手作りは禁止なのです」
えっ何で……あ、そっか! 手作りだとアレルギー持ってる子はマズいってことなのか? それとも校内で「格差社会」を生み出すキッカケになるから……?
「それと……予算はひとり三百円までなのです!」
遠足かょ!? つーか今どき三百円じゃ大したモン買えねーな!?
「で、貴音ちゃんも……誰か男の子に……あ、あげたのかな?」
私はあえて聞きにくい質問をした。もし「イエス」なら、今のうちに男のダメなところをいっぱい教え込んで「こっちの道」に軌道修正してやらないと……。
「あげたのです」
うわぁああああっ! ついにこの子も恋愛に目覚めたかー!?
「ていうかクラス全員にあげたのです……これを」
義理チョコだったかー!? 妹が紙袋から取り出したのは駄菓子屋でお馴染みのチョコレートだった。
「余ったのでおねえちゃんにもあげるのです♥」
「あ……あぁありがと!」
やったー妹からもらったー♪ ってチ■ルで喜ぶな私ーっ!? にしてもクラス全員って……絶対予算オーバーだよな? ま、そのくらいのルール違反なら誰でもやってるか。
あれ? 妹の紙袋にはまだ何か入ってるよな?
「貴音ちゃん、そっちは?」
「これは天ちゃん空ちゃんたちからもらったチョコなのです! おねえちゃんにはあげられないのです」
友チョコだったかー!? いや要らねーけど……あっでも天ちゃんたちだったら欲しいかも?
「それにしては数が多いな?」
「あっ、これは男の子たちからなのです」
逆チョコだったかー!? もはや「女から男へ」なんていうバレンタインデーの概念はなくなっているな……。
てか……やはりというか、妹は結構モテるなぁ。心配の種が発芽しやがった。
「じゃあ貴音ちゃん、お姉ちゃんからも渡したい物があるんだけど……」
だが今度は私の番だ! ガキんちょの「おままごと」ではない大人の「本気」を見せてやろうじゃねーか!?
「えっ……貴音のお誕生日は来月なのです! まだ早いのです」
――そっちかぁああああっ!?
妹の誕生日は三月……奇しくも尾白家と顔合わせ、つまり妹と初めて会った日なのだ。いやいや、誕生日ケーキはちゃんと用意するから!
「こっこれはバレンタインデーだよ! チョコケーキでしょ?」
「あっ、そうなのです! おねえちゃん、ありがとうなのです!」
私はケーキを切り分けると妹にお皿を差し出した。
「んをっ! お、おいしいのです!! こんなおいしいケーキ初めてなのです」
そりゃチョコレートケーキの王様と言われる「ザッハトルテ」だからな! 本家には敵わないが味に自信はあるぞ!
「おねえちゃん! たっ、貴音は大きくなったらおねえちゃんのこと……」
えっ逆に告白される!? ちょっと待て! 心の準備が……
「おねえちゃんのこと……お嫁さんにしたいのです♥」
「あぁ、そのときはよろしく♥」
やっぱりな! 現在の妹とはそんな関係だ。ま、妹が望むなら私は夫だろうが妻だろうが何にでもなってやるけどな!
「あっそうなのです! このケーキに合いそうなコーヒーを淹れるのです」
「おぉそうか……頼むよ」
いつか本当の夫婦、いや恋人になれる日が来るのかなぁ……この子が男に「本命チョコ」を渡す前に。
※※※※※※※
「たっ、貴音はお腹いっぱいなのですぅううううっ!」
「すまん、さすがに作りすぎたな」
実は……調子に乗った私は、本家よりはるかに大きいサイズでケーキを作ってしまったのだ。日持ちしないし、これから夕食もあるし……困ったな。
「あっ、貴音にいいアイデアがあるのです」
三十分後……
「お姉さんこんにちはー」
「こんにちはー」
「師匠! ちょりーっす」
妹が天ちゃん空ちゃん、そして樹李ちゃんを家に呼んだ。えっまさか……せっかく妹のために作ったのに!?
「はぃ貴音ちゃん! 学校じゃ手作りチョコ渡せなかったから……」
「空も……」
天ちゃん空ちゃんは手作りチョコを作って妹に手渡した。
「もちろんお姉さんも……どうぞ♥」
「どうぞ♥」
「えっ、あぁ……ありがと」
「師匠! 直接渡せてよかったっす♥」
――呼んでよかったぁああああっ! ぐっじょぶ妹!
こうして彼女たちもチョコケーキでもてなした……妹の淹れたコーヒーと共に。
「メッチャ美味しい! 何か私たちがチョコ作ったの恥ずかしくなってきた……お姉さん、やっぱ返してください」
「ください」
「ヤベーっす……こっこれじゃフェアじゃないっす!」
「いやいや、気持ちが大事なんだって♥」
そもそも妹はチ■ルと交換したんだから……。
貴音なのです。今回は「わらしべ長者」のお話なのです(違います)!




