私は妹にバレンタインデーのチョコをあげたい（いづみside）
高校時代、私は「王子」と呼ばれていた。
……短大生になった今もそれは変わらない。
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「あのっ武川さん……これ受け取ってくださいっ♥」
「いづみさーん、よかったら食べて―♥」
今日は二月十四日、バレンタインデーだ。日本では昔から、女性が男性に告白と共にチョコレートを贈る日……とされている。
だが最近は「義理チョコ」や「友チョコ」といって恋愛や性別関係なく贈り合うことが多い。まぁ女から男へ……という不公平さを考えればいい傾向だ。
さらに言えば義務感ではなく好きな人、お世話になっている人に贈ればもっといい行事になるだろう。
私は女子高に通っていた。本来ならバレンタインデーとは無縁の環境だが、この日は私の机や下駄箱に大量のチョコが入れられていた。しかも一つ一つが大きく、どう見ても義理で贈ったとは考えにくいサイズだった。
――そう、高校時代の私は「王子」と呼ばれ女子生徒の憧れの的だったのだ！
そういう私も「そっち」方面好きでしかもガチ勢……当時は平井和と大っぴらに付き合っていたのだが、それでもバレンタインデーには持ち帰れないくらいチョコをもらっていた。
だが短大に入り、その様な状況は…………さらにエスカレートしていた！
私が在籍しているのは「栄養学科」、将来は管理栄養士などを目指す学生が大勢集まっている。つまり料理に自信のある人が多い。
そのせいか……今年はもらったチョコが全て「手作り」なのだ！ しかも中身はチョコレートケーキやクッキーが多く、自然とかさばってしまう。おまけに手作りは保存が効かない……どうすんだよコレ！？
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「いっちゃ～ん！ こっちこっち～」
「おぉ悪ぃ！ ちょっとゴタゴタしちまって……」
お昼休み……私は元カノ・平井和とキャンパス内の中庭で待ち合わせていた。和とは同じ大学だが学部が違う。
「どぉ～？ 体調はよくなった～！？」
「あぁ大丈夫！ それより和、この前また家で失神したんだってな？」
「……アナタの妹にまたやられたわよ～！」
「よかったな！ 今回は失神したけど失禁しなく……」
「や～め～てっ！ 公共の場所で言わないでよ～！」
和とは先日、コイツがどうしても行きたい……というフランス料理店に行く予定だった。だが当日になって私が風邪を引いてしまいキャンセル……そこへたまたま通りかかった妹の先輩、芭蕉ちゃんと食事してきたそうだ。
で、私は寝ていて気付かなかったのだが……どうやら二人が家に来たらしく、妹の「クララ攻撃」によって和は再びノックアウトされたらしい。
その前に私は超激辛お粥（らしい物）を強制的に食べさせられるし……妹の無自覚ドSっぷりが止まらない。あー私も高級フレンチ食べたかったよー！
「いっちゃ～ん！ はぃ、これ～」
「おぉサンキュー！」
そんな私に和はバレンタインのチョコをくれた。だが和は私の「手荷物」を見て
「あら～相変わらずのイケメンっぷり～！」
と、からかってきた。私は午後からの講義はないのでこのまま帰る予定……だったのだが、バレンタインのチョコが多すぎて持ち帰ることができなかった。なので慌てて購買で紙袋を四つも買い、両手に持ってやって来たのだ。
「もぉ～、私が渡す必要ないじゃ～ん！」
「いやいや、オマエのは別物だからな」
和がくれたのはベルギーの高級チョコレート……私にはとてもじゃないが手が出せない代物だ。
「さすが！ 私のことわかってるよな」
「そうよ～、いっちゃんは～大学に入ってリセットされちゃったわね～」
リセット？ あぁ、おそらく「手作りチョコ」のことだろう。
「じゃあ和！ お返しに……はぃ、これ」
「あらありがと～！ いっちゃんは～こういうときだけ役に立つわ～」
「おい！ だけってどういう意味だ！？」
私は和に手作りチョコを渡した。昨夜大量に作っておいた物だが、今日チョコをくれた子たちにも「お返し」として配った物と同じだ。和はさっそく私が作った手作りの「トリュフチョコ」を一口食べると
「おいし～い！ で、これと同じのをみんなに配ったんでしょ～！？」
「う、うん……まぁね」
「みんな無謀ね～！ この武川いづみに手作りチョコを渡すなんて『蟷螂の斧』だよね～！ その子たち……家に帰ってからきっと後悔するわよ～！」
「あ、ははは……」
私は料理に自信がある……それはお菓子作りに関してもだ。高校のときも手作りチョコをくれた相手に、お返しの手作りチョコをあげたのだが……
私からお返しのチョコをもらった子たちはプライドを傷付けられたらしく、しばらく口をきいてくれなかった。その中には私が「一戦交えたかった♥」子もいたのでショックだった……という苦い思い出がある。
その点……和は付き合いが長いので私のことを熟知している。私は手作りチョコより、逆立ちしても買えないような市販の高級チョコレートが食べたいのだ！
「なぁ和……これ半分食べてくれる？」
「ダ～メ！ それはいっちゃんがもらった物なんだから～失礼よ！」
とはいっても……どうすんだよコレ。
「そういや金沢桃里から手作りチョコもらってたわ」
「え～っ何で男の娘から～！？ いっちゃんってBLもイケるんだ～♥」
「私は女だ！ つーか桃里の作ったヤツ、絶対クソマズに違いない」
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紙袋がパンパンで少し飛び出しそうな状態だった。なので私は缶コーヒーを飲みながら、紙袋の中からチョコクッキーを取り出して食べることにした。
うん、味は悪くないがメチャクチャ崩れやすいクッキーだな……これは家に帰ってからリメイクでもするか。
「ところで～……貴音ちゃんには作ってあげたの～？」
「ぶっ！」
私は飲んでいたコーヒーを吹いた。いきなり妹の名前を出すな！
「あ～、意識しちゃってるな～！？」
「う、うるせーなぁ……」
先日スキー場で和にけしかけられて以来、コイツは事あるごとに妹との進展を聞いてくる……オマエが意識させてんだよ！
もちろん妹には特別なバレンタインチョコを作ってある。チョコレートケーキの王様と言われる「ザッハトルテ」だ。私はこれを作るためだけにわざわざ杏ジャムまで買ってきた……さすがに生の杏は手に入らなかったので手作りジャムはあきらめたのだが。
「ま～でも最終的にはしたいんでしょ～！？ アレを♥」
「ぶぶーっ！ ケホッケホッ！ オマエなぁ、公共の場所で……」
「え～っ、告白のことよ～♪」
「んぐっ……まっ、紛らわしい言い方すんな！ つーか、しねーよ」
まだ「中学生」で「家族」だぞ！ ひとつ屋根の下……ガチ告白なんかして引かれたらどうすんだよ！？ 今はこうやってバレンタインなんかの機会で徐々に「特別感」を出していけばいい！ 時間はかかるけど……焦る必要もない。だが……
「そ～んなこと言ってる間に貴音ちゃん、男の子と付き合っちゃうかもよ～！？ もしかしたら～今ごろ……男の子にチョコあげてたりして～♥」
――うぐぅ！ コイツ、痛いとこ突いてきやがったー！！
貴音なのです。おねえちゃんは「王子様」なのです！
