妹が風邪を引いた(いづみside)
……あれ? 今日はなぜ来ない?
二月に入ったある日の朝、私はベッドの中で妹の貴音ちゃんがやって来るのを今か今かと待っていた。
妹はいつも「こんこん……入るのです」と言って私を起こしに来る。私はそれが楽しみで、こうして毎朝寝たふりをして待ち構えているのだが……。
今朝はいつまで経ってもやって来ない。色々な面でダメダメな妹だが実は意外にも早起きで、寝坊なんてするのは到底考えられない。
もうすぐ朝食の時間だ……妹も私も学校に行く時間になってしまう。さすがにおかしいと思った私は妹の部屋へ向かった。
「貴音ちゃん、入るよー」
返事がない……寝てるのか? ドアを開けると、部屋の中はカーテンが閉め切られたまま妹はベッドに入っていた。
「貴音ちゃん、そろそろ起きないと遅刻するよ」
「う……う~ん……」
やっぱり様子がおかしい……まさか!? イヤな予感がした私は顔まで覆われている掛け布団をそっとめくると、あきらかに顔色の悪い妹が現れた。
「もしかして……風邪引いた?」
私はすぐに、キッチンで朝食の支度をしている母の茅乃を呼んだ。
※※※※※※※
「あー、熱も少しあるねー……こりゃ間違いなく風邪だわ」
体温計を持ってきた茅乃が言った。
「貴音ちゃん、朝ごはんは食べられる?」
「い、今は食べられないので……ケホッ、ケホッ」
「えっ重症じゃん! 大丈夫!? どどっ、どうしよう!? 病院に行く?」
私には今まで「きょうだい」がいなかった。しかも唯一の家族・茅乃が風邪を引いた姿を見たことがない。なので身近な人間が風邪を引いた状況というのは初めての経験……私はうろたえてしまった。
「おい落ち着けいづみ! 二~三日様子見て熱が下がらなかったら病院に連れてくけど、このくらいなら部屋で安静にしていればいいよ」
「そっ、そう?」
「いづみ! オマエは学校行くんだろ!? 貴音ちゃんは私が看るから早く支度して行ってこい!」
「わ……わかったよ、行ってくる」
くそぅ、妹の看病にかこつけて授業サボろうと思ったが……私は後ろ髪を引かれる思いで学校へ行くことにした。
「あっ出掛けるついでにゴミ出して! それと私は午後から用事があって延明さんと一緒に出掛けてくるから、学校終わったらソッコーで帰って貴音ちゃんの看病してやってくれ!」
相変わらず勝手なヤツだな……言われなくても今日は真っすぐ帰るわ!
※※※※※※※
授業が終わると私はソッコーで帰ってきた。
「貴音ちゃーん! 大丈夫だったーっ!?」
出席はしたものの授業の内容など頭に入るワケがない。まぁ後で友人からノート写させてもらうとして……それより妹が心配だ。
「あ、朝よりは具合がよくなったのです」
――よ、よかったぁああああっ!
「おねえちゃん、泣くほどのことではないのです」
「だってぇー心配じゃん!」
妹の体温を測ると……朝よりは下がっていた。
「うん、下がってはいるけど……ぶり返すこともあるからしばらく寝てなさい」
「はいなのです」
「そうだ貴音ちゃん! 何か食べたい物や飲みたい物ある? お姉ちゃんが作ってあげるけど……」
料理が得意な茅乃のせいで、冷蔵庫は常に食材が揃っている。大抵の物は作ることができるのだが……
「おねえちゃんのおっぱいが飲みたいのです♥」
「確かに母乳は免疫機能を高めて感染症になりにくいそうだが……あいにく私からは母乳は出ないぞ」
「えっ!? その大きさならたっぷり入っていると思ったのです」
これだけの冗談が言えるなら、たぶん妹の風邪は快方に向かっているだろう。
「そういえば……汗でパジャマ湿ってんじゃん!」
「あ、本当なのです」
妹は寝ている間かなり汗をかいていたようだ。熱が下がっている証拠だが、このまま放置したらよくない。
「貴音ちゃん、早めに着替えた方がいいよ」
「そ、そうなのですか?」
「うん、着替え手伝ってあげるよ♥」
私は下着の替えを用意し、妹のパジャマを脱がそうとした。ところが……
「いっいいのです! パジャマぐらいじっ、自分で着替えるのです!」
――あれ?
妹に拒否られた! そして熱が下がったはずの妹の顔が見る見る赤くなり……くそっ、下心読まれたか!?
でもいつもなら「一緒にお風呂入ろう」と誘った瞬間全裸になるくらい、私の前で服を脱ぐことに何の抵抗も感じない妹なのだが……しかも、
「おねえちゃん、はっ……恥ずかしいから出て行ってほしいのです!」
――えっ、えぇええええっ!?
着替えを見ることもダメ!? これじゃ最初に出会った頃と一緒じゃん! 急にどうしたんだ妹は……風邪で頭をやられたか?
私は仕方なく部屋を出ると、妹のためにお粥を作ることにした……がっくし。
※※※※※※※
「貴音ちゃ~ん、お粥が出来たよ」
「いつもすまないのです、こんなときにママさんがいてくれたら……」
「それは言わない約束でしょ」
……何時代のコントやってんだよこの姉妹は!?
パジャマを着替えた妹に、私はお粥を作ってあげた。玉子と、少量の葉物野菜と鶏ささみを加えた中華風のお粥だ。
お粥は消化に良いと言われているが飲み込んでしまっては逆効果。なので栄養のバランスと、咀嚼による唾液の分泌を促すためあえて鶏ささみを入れておいた。
「お……おいしいのです」
よかった……風邪を引くと味覚が鈍るというから心配したのだが。
「じゃあこれ洗濯しておくね! お姉ちゃん部屋にいるから、何かあったらニャインしてね」
妹が満足そうにお粥を食べてくれたので、私は妹が脱いだパジャマと下着を持って部屋から出ようとした。妹の汗が染み込んだ下着……本来なら家宝にしたいところだがそれは止めておこう。すると、
「むぎゅ」
部屋を出ていこうとした私の手を妹が掴んだ……えっ!?
「もうちょっと……ここにいてほしいのです」
――はぁ?
さっきは部屋から追い出したクセに今度はいてほしいって……この子は風邪の影響で情緒不安定になったのか!?
まぁでも仕方ない、この子は寂しがり屋だ。私はもうしばらく……妹が眠りにつくまでそばにいてやることにした。
それにしても……何なんだ今日の妹は?
※※※※※※※
結局、妹は学校を三日間休んだ。二日目からは天ちゃん空ちゃんが見舞いついでにプリントを届けてくれたり、樹李ちゃんやバナナちゃんたちとニャインでやり取りしていたようだ。
妹が久しぶりに登校した日の夜、
「……ふぅ」
プレッシャーから解放された私は、一人のんびりと風呂に入っていた。
家族がいるとこういうとき大変だが、自分を必要としてくれる存在がいるのはとてもうれしいことだ。
あっそういえば妹の看病をしている間、見ていないドラマがあったっけ。風呂から上がった私はリビングのコタツに入ると、録画した番組を見ていた。
そして疲れた私はそのまま……
翌日の朝、
――あれ? 何で私、コタツで寝てんだ?
「ヘッ……ヘックション!」
何か寒気が……そして、
〝ピピピッ!〟
――あ゛、やっぱ熱あるわ。
今度は私が……風邪を引いた。
貴音なのです。たっ貴音はおねえちゃんに風邪をうつしたのですか!?




