私は妹にスノボーを教えた(いづみside)
「そぉっ! 立ち上がったらかかと側に力を入れて!」
「うわぁ!」
〝ズザザーッ!〟
「……はぁ」
私は妹の「指導」に苦戦していた。
※※※※※※※
午前中は平井 和からスキーを教わっていた妹の貴音ちゃんだったが……突然何を思ったのかレンタルスキーをボードに替えて、私からスノーボードを教わりたいと言い出してきたのだ。
これには私も含め、その場にいた全員が呆れ返ったのだが……もう板は交換してしまったので仕方なく私は妹にスノボーを教えることにした。
スキーはボーゲンのターンが出来るまで成長した初心者の妹だが、スノボーは板の上に立つところから苦戦していた。平らな場所では立てるのだが、少しでも傾斜があると板に重心がのる前に転倒してしまうのだ。
「うぅっ……なぜなのです!?」
「貴音ちゃん……さっきのスキー板にもあったんだけど、この板にもエッジっていう部分があるんだよ」
「えっ、おねえちゃんがエッチだということは知っているのです」
――デカい声で言うな……間違ってないけど。
私は自分の板を外して妹に説明した。
「板のウラ側を見ると金属の部分があるでしょ!? これがエッジ! 刃物みたいなものだから素手で触らないでね!」
「ふえっ! 怖いのです」
「怖がらなくていいから……いい、ここからが重要」
と言うと私は板を斜面に対し垂直に置いた。その板を手で押さえて
「エッジを立ててないっていうのはこういう風に……斜面と板がピッタリと付いてる状態なんだよ! で、この状態で手を離すと……」
「……ズルズルと滑るのです」
「そうだね、じゃあ今度はこうやって……」
私は板を立て、斜面に少し突き刺して手を離した……もちろんリーシュコードは手に持っている。
「あれっ……今度は滑らないのです」
「でしょ!? これがエッジを立てた状態! さっきまで貴音ちゃん、スキーでは自然にやっていたんだよ」
「えっ、そうなのですか!? 全然気がつかなかったのです」
「理屈はスキーと同じ! スキーのときは足の内側に力を入れていたと思うんだけど、スノボーの場合それが足のつま先やかかとなんだよ!」
「わっ、わかったのです! 貴音はがんばるのです」
妹は目を輝かせた……うん、素直でよろしい!
※※※※※※※
その後練習を繰り返し、緩斜面でも立つことができるようになった妹だが……
「うわぁ!」
立てるのは一瞬だけ……すぐに倒れてしまう。
「おっと! 大丈夫か?」
私は妹がよろけると転ばないよう支えている。一応ひとりで立ち上がることはできるので、今は起き上がることに時間を費やすのは得策でない。
なので何度も妹の肩を後ろや正面から抱きかかえるのだが……これって合法的なボディータッチだよな!?
――こっ、これは役得だぁああああっ♥
改めて思ったが……妹は肩幅が狭いなぁ。強めにハグしたら骨折するんじゃないのか? っていうくらい華奢な体型をしている。
周りの目もあるので、今のところ妹の肩を両手で支えているだけで我慢してるのだが……このままガバッと「なろ抱き」してみてぇええええっ!
「ちょっと、おねえちゃん!」
「うわっごめん!」
――えっ、私の「なろ抱き」妄想に感付いたか!?
すると妹は、
「ち……ちゃんと支えてほしいの……です」
「えっ!?」
「そっ、そんな支え方じゃ……ふ、不安なのです」
あれ? いつもなら「おねえちゃんはヘンタイおっぱいさんなのです」とか言ってきそうな状況なんだが……何か拍子抜けするなぁ。まぁでも、妹が不安だというのならしっかり支えてやるか。
こうして何度も練習を繰り返していたら……ついに!
「おっ……おねえちゃん! たっ、立てたのです!」
「おっ、やったじゃん! えらいえらい!」
「クララ! 立ったのです!」
――いゃなぜそこでウチの愛犬の名前が出てくるんだよ!?
だが喜びも束の間……
〝ズリズリッ〟
「うわぁ!」
何とか数秒は持ち堪えたが、横滑りしてそのまま転倒してしまった。
「ふぇ~ん、倒れてしまったのですぅ!」
「あーでも、いい傾向だよ」
「えっ!?」
私の言葉に、妹は目を丸くしてこっちを見た。
「板の横……貴音ちゃんが向いている方にズルズルって滑ったでしょ!? 横滑りと言ってこれも大事なスキルなんだよ」
「そ、そうなのですか?」
「スキーと同じでスノボーも停止できなきゃダメ! 今の横滑りはターンや停止するときに使えるスキルだからいずれは覚えておいた方がいいよ! ま、今はちゃんと立てることが優先なんだけど……」
「たっ、貴音はちゃんと立てるようになるのです! 一念ぼっ起するのです!」
「……人前でそういう言い間違いはやめなさい」
妹は辛うじて立てるようになり、偶然だが少し横滑りもできた。そこへ……
「どお~!? 少しは滑れるようになった~!?」
隣のゲレンデで滑っていた和たちが合流してきた。
「おーい尾白! アタシはシュテムまで出来るようになったぞースゲーだろ!?」
芭蕉ちゃんは今日一日でシュテムターンまで出来るようになったらしい……すごい上達ぶりだ。
「どーだ? 尾白はスノボーも滑れるようになったのかー!?」
「まだ……立てるようになっただけなのです」
「えっ、スキーは滑れたのに……スノボー向いてないんじゃね!?」
するとスノボー経験者の樹李ちゃんが、
「バナナパイセン! スノボーって立つだけでも結構ムズいっすよ」
「えっそうなん!? でもリフト一回も乗れなくて残念だったなー」
「大丈夫なのです!」
今回ひとりだけリフトに乗れなかった妹……バナナちゃんの言葉に心が折れたかと思ったが、以外にも前向きだった。
「貴音はこれからもおねえちゃんから教わることができるのです! 来年も、再来年も、再々来年も……」
「再々来年って何だよ!?」
「貴音はおねえちゃんとこれからもずっと一緒にいるのです! だから何回でも教えてもらえるのです!」
――えっ、ずっと一緒って!? それはもしかして……
――結婚!?
じゃあ今のは……妹からの公開プロポーズか!?
「貴音とおねえちゃんはずっと『姉妹』なのです!」
あ、そういうことだったのね……残念。
「はぃは~ぃ、アナタたち姉妹が仲良いってことはわかったけど~! もう日も暮れてきそうだからさぁ~そろそろ終わりにしない~?」
あっ……妹に指導していたらもうこんな時間か。今日はずっと中学生相手にしていたので自分の「楽しみ」を全然していなかった! せっかくリフト券買ったのにもったいない……と思っていたら
「いっちゃ~ん、最後にさ~ア・ソ・コ……イッてみない~!?」
「おぃ言い方! ま、オマエの言わんとしてることはわかるけどな」
どうやら和も同じことを考えていたようだ。私はこのスキー場に一ヶ所だけあるゴンドラを指差し
「やっぱあのロングコース行きたいわな! 行くか和!?」
「う~ん、それはいいんだけど~……」
ところが……和はとんでもないことを口にした。
「せっかくだからさぁ~、どっちが早くゴールするか勝負してみな~い!?」
貴音なのです。次回もおねえちゃん視点でお送りするのです!




