私は今夜、サンタクロースになった(いづみside)
今日は十二月二十四日……つまりクリスマスイブだ。
街はクリスマスモード、あちこちでクリスマスソングが流れている。特にケーキ店とフライドチキンのチェーン店は大盛況だ。
海外ではクリスマス休暇なんてのもあるらしい。今夜は家族や恋人同士でゆっくりとした時間を過ごす日……のハズだが。
私は今日もバイトに行く。私のバイト先は年中無休二十四時間営業のスポーツジム……基本的に休みなどない。
だがここは女性専用ジム……やはりクリスマスイブにやって来る会員さんなどほぼ皆無! そりゃそうだろう、普段から自分磨きをしている若い会員さんの多くはこの日が「本番」なのだから。
しかもこの日に来たら彼氏いないことがバレバレ……たとえ「予定がない人」でも絶対に見栄を張って今日は来ないだろう。
「……ヒマですねぇ」
「ヒマだねぇ……ま、予想ついてたけど」
私はジムのオーナーと雑談ばかりしていた。オーナーの娘、上条志麻ちゃんは友だちとカラオケパーティーだそうだ。
どうやら仲のいい友だちの子に彼氏ができたとかで、今日はその女の子が初デートだからみんなで壮行会(?)を兼ねてパーティーを企画したらしい。
うわー、初デートがクリスマスイブかよぉ!? 青春だねぇ……つーか志麻ちゃんはまだ自分の恋愛に向き合えないのかな?
「それにしてもオーナー、やっぱこれ被らなくちゃダメですか?」
「だってクリスマスじゃなーい! いいでしょいづみさん、そのくらい」
昨日見た書店の店員さん同様、この日はスタッフが全員サンタの帽子を被っていた。オーナーさんはこういうことにマメな人だ。ハロウィーンのときもスタッフ全員にコスプレさせたことがある。
ただ、私だけなぜかトナカイの被り物だった……角が邪魔。
今日はジムのマスコット(?)妹の貴音ちゃんを家に置いてきた。ゲーム仲間の志麻ちゃんも、家庭教師(志麻ちゃんのついで)の和もココにいないから来てもやることがない。
その代わりこの時間、妹は母・茅乃のクリスマスケーキ作りをお手伝いしているハズだ。今回は茅乃も目を光らせているから、私の誕生日のときみたいにつまみ食いはしないだろう。
ちなみに和はテニスサークル、もとい飲みサーのクリパだ。でもちゃんと忘年会は別の日に設定しているらしい……コイツら遊んでばっかだな。
しばらくするとオーナーが、
「もういいわ! これ以上続けても会員さん来る見込みないから、バイトさんは全員帰っていいわよ……ちゃんと終業時間までの時給は付けておくから」
さすがにこれ以上スタッフを留めておくのに抵抗を感じたのか、一部スタッフを除いて全員帰ることになった。私も帰り支度をしてから
「お先に失礼します」
「あっ、いづみさん! ちょっと待ってて」
挨拶をするとなぜかオーナーに呼び止められた。
「はい?」
「カフェのクリスマスメニューで用意したローストチキンなんだけど……結局売れなかったし、今日はまかないもないからこれ持って帰ってくれる?」
と言うとオーナーが大量の骨付きもも肉のローストチキンを持ってきた。調理に時間がかかるのであらかじめロースト済みで醤油味のタレをつけて仕上げる……日本独自の「照り焼きチキン」だ。
「えっ、いいんですか? こんなに……」
「いいのよいいのよ! 貴音ちゃんにも作ってあげて」
正直四人家族では食べきれないくらいもらった……まぁ茅乃なら何か再利用法を考えるだろう。
ただひとつだけ問題が……それは今日の夕食、茅乃からクリスマスケーキだけは作ることを知らされているのだが、他に何を作るのか全く知らされていない。
普通に考えてローストチキンは定番だろう。マズいなぁ、ブッキングする可能性大……食卓がローストチキンだらけになりそうだ。
※※※※※※※
「ただいまー」
「おねえちゃん! メリークリスマスなのです!」
「メリークリスマス! 貴音ちゃん」
私が家に帰るとさっそく妹が出迎えた。
「おねえちゃん! クリスマスケーキは貴音がクリームも飾り付けたのです」
「そっか……つまみ食いはしてないよね?」
「ぶにっ! こ、今回は大丈夫なのです」
前科者は逃げるようにリビングへと消えた。
「おかえりいづみ! もう支度済んで……ん、何だそれ?」
さっそく茅乃は私が持っているローストチキンに目をつけた。もしブッキングしたら「嫌がらせか!?」と怒られそうだが……
「おっ、ローストチキンか!?」
「うん、カフェの売れ残りをオーナーからもらったんだけど……」
私が茅乃の顔色をうかがいながら言うと茅乃は大喜びで
「でかした! いづみ!」
「……へっ?」
「いやー、今年はコレに挑戦したからチキン作らなかったんだよー」
と、茅乃が食卓を指差すと
――あれ? そういえばテーブルの上にローストチキンがない。
チキンに代わって真ん中に鎮座していたのは……
「何だコレ……焼豚か?」
「バカ者! これはなぁ、フィンランドの料理でヨウルキンクっていうんだよ」
――ヨウルキンク!? 初耳なんだが。
「フィンランドじゃチキンや七面鳥じゃなくて豚なんだってよ! まぁ簡単に言えば豚のハムなんだけどさ……延明さんからレシピ聞いてな、作ってみたんだよ」
へぇ、茅乃にしちゃ珍しいモン作ったじゃん。
「でもさぁ、私は生粋の日本人じゃん! やっぱ照り焼きのモモ肉も食べたいからさぁ……いやぁーよくやったいづみ!」
「貴音もチキン大好きなのです!」
※※※※※※※
「いただきまーす!」
「あっうめぇ! この焼豚」
「ヨードチンキって言ってるだろ!?」
「ママさん、ヨウルキンクなのです」
家族そろってのクリスマスディナーが始まった。今回、継父が仕事の関係で参加できないのは妹にとって残念だろうが、私も妹も「二人っきりではない」楽しいクリスマスイブを迎えた。
食事も終わり、後片付けをしていると妹がゲームを始めた。すると茅乃が
「貴音ちゃん、サンタさんからプレゼントもらうんでしょ!? 早く寝なさい」
「そうだったのです! 貴音は良い子にしないとサンタさんが来ないのです」
さてと……いよいよ私の出番だな。
※※※※※※※
妹が部屋に戻って三時間ほど……日付は二十五日に変わっていた。
サンタの衣装に着替えた私は鏡を見た……見た目はまぁ完璧だろう。
〝ガ……チャ〟
私はそーっと妹の部屋のドアを開けた。うわー緊張するなぁ。
薄暗い部屋の中、妹のベッドに近づく……物音は立てられない。
「……」
妹は完全に寝ているようだ……タヌキ寝入りなら「すやすや」と口に出す。
私は妹が欲しがっていた絵本を、枕元にある靴下……型の袋(あらかじめ茅乃が作っていた)に入れるとそっと妹の寝顔を見た。
――うん、こんな簡単に入れるんだったらいつでも夜這いできるな♥
まぁ冗談だが……などと妹のカワイイ寝顔に見とれていると
「ぱちくり」
――えっ!?
妹の目が突然開いた! そして、
「やっぱり! そうだったのです!!」
――妹が……起きていたぁああああああああっ!?
貴音なのです。ここでやっと貴音が出てきたのです。




