私は明日、サンタクロースになる(いづみside)
「いらっしゃいませー」
友人の平井和からサンタクロースの衣装を借りた私は、その足で近くの書店に向かった。妹の貴音ちゃんに渡すクリスマスプレゼントを買うためだ。
あらかじめ母の茅乃が妹に「サンタさんから何が欲しいの?」と聞いていた。妹のことだ……どうせ最新のゲームソフトとか、夏休みに買ったオオグソクムシみたいな趣味の悪い(※個人の見解です)ぬいぐるみとか欲しがると思っていた。しかし妹が欲しがったのは意外なモノだった。
「あっあの……武川ですけど、注文していた本は?」
「武川様ですね!? こちらになります」
サンタの帽子をかぶった店員が、カウンターの下から一冊の「絵本」を取り出した。普段は店頭で見たことなど一度もないほどマイナーな絵本……今回ダメ元で注文してみたら、かろうじて在庫があったらしい。
タイトルは「流れ星の君に」、書いたのは『おじらえんめい』……そう、これは妹の実父で私の継父、「尾白 延明」のペンネームだ。
※※※※※※※
実は継父の延明さん、自分の作品が大好きな人だ。本人以外は立入れない継父の書斎には自分の書いた本がずらっと並べられているらしい。本の一部は週替わりでリビングに置かれていて、おかげで私も継父の作品は何度も目にしている。
ならばこの本も継父から借りればいい……ごもっともである。ところが……なぜか知らないが、継父はこの本「だけ」は持っていないそうだ。
しかも妹の口からこの本の名前が出たとき、その場に居合わせた継父はバツが悪そうな顔をしていた。なぜだろう……実は失敗作だった? めちゃくちゃ売り上げ悪かった? 酷評された? まぁ継父とは今年の四月に知り合ったばかり……余計な詮索をする必要はあるまい。
会計を済ませ、せっかく書店に来たのだから新刊の百合コミックでも物色しようか……と店内をウロウロしていると、参考書のコーナーで見覚えのある女子中学生三人組と出くわした。
「あれ!?」
「あっ、貴音ちゃんのお姉さん! こんにちは」
「こんにちは」
「師匠! メリクリっす」
妹の友だち、天ちゃん空ちゃんの双子と樹李ちゃんだ。
「こんなところで珍しいですね!? お姉さんも参考書買いに来たんですか?」
「ですか?」
「そっそう! 冬休みに入るから勉強を……」
――よかったぁああああっ! この子たちに「おねロリ系」百合コミックを手にした姿見られなくて……あっぶねぇあぶねぇ!
「えっ、みんなは?」
「問題集を買いに……私たちは今日から冬休みなんですけど、コイツが期末の結果最悪だったんで休み中に勉強会をしようって話になったんです」
天ちゃんが樹李ちゃんに向かって指を差すと、空ちゃんがボソッと呟いた。
「天も最悪だったけど……」
「えっ私ちゃんと正解してたわよ! クラスで一番早く書き終えたし! たっただ解答欄がひとつずつズレていただけよ!」
「……ケアレスミスも実力のうち」
「う゛っ!」
そういや天ちゃん、直情径行型の性格で少しおっちょこちょいなところがあるんだっけ。
「お姉さん! そんなワケで貴音ちゃんにも、ちゃんと勉強会に来るよう伝えていただけますか!? 今日も誘ったんですけどいつの間にか……」
「……逃げた」
嫌々ながらも付き合っている樹李ちゃんの方が妹より優秀に見えた。あっそういえば「例の話」、私はまだ半信半疑だが……一応、小学校から付き合いのあるこの子たちにも聞いてみよう。
「ところでみんな! ちょっと妹のことで教えてほしいことがあるんだけど……」
「えっ何ですか?」
「明日はクリスマスだけどさぁ……」
私がそう言った瞬間、彼女たちは全てを察したようなニンマリとした顔で
「あぁ貴音ちゃんね……マジでサンタクロースを信じていますよ」
「えっ……そうなんだ」
「小学校のとき、私たちが『あれはパパがやってんだよ』と言っても聞く耳を持たないんですよ!」
「持たないんですよ!」
「中学に入っても相変わらずっすね! あっ、でも……今年の貴音っちはちょっと変わってたっす」
「???」
樹李ちゃんの言葉に一瞬、私と双子の動きが止まった。
「いつもなら樹李タソが『部屋に突然ジィさん入ってきたら怖いっす』って言うと貴音っちは『サンタさんは心優しいおじいさんなのです』って言うっす! でも今年は『サンタさんはおじいさんじゃないのです』って言ってたっす」
「えっ、どういうこと?」
「さぁ……樹李タソはマジで意味不明っす」
――何だそれ? 私も意味不明なんだが。
「でもそっか、また今年も貴音パパはサンタさんになるんですね……大変だなぁ」
――あぁそれ、私がやることになったんだけど。
「それじゃお姉さん、よいクリスマスを」
天ちゃんたちと別れた私は書店を後にした。そういや双子の制服姿を久しぶりに見たな。初めて会ったのは四月……当時は制服がぶかぶかの子どもって印象だったが、今はもう制服がフィットしている。
――うをぉおおおおっ! 三人まとめて制服脱がしてぇええええっ♥
……決めた! 今度この書店に来たときは制服女子中学生とのハーレム系おねロリ百合コミックを買おう!
それにしても……サンタを信じている妹が、何で「サンタさんはお爺さんじゃない」などと言ったのだろう……妹は何を知ったんだ?
※※※※※※※
この日の夜、私は和から借りたサンタの衣装を部屋の隅に隠した。そして妹に渡す予定の「流れ星の君に」という絵本をラッピングする前に読んでみた。
この物話は、ルミエールとリアンという二人の少年が主人公。ルミエールは病気で余命半年と言われていた。
ある日の夜、病院を抜け出したルミエールはリアンと共に流星群を見た。自分の命が長くないと知っているルミエールは、すぐに消える流れ星と同じように「自分には生きる意味がない」と言って泣き出した。
そんなルミエールに対し、親友のリアンは「流れ星も君も無駄じゃない」とルミエールを励ました。だがその一年後、ルミエールは亡くなりその「たましい」は宇宙に上って……という話だ。
何か貴音ちゃんが読むような話ではない気がするが(偏見)。しかも……
挿絵は確かに継父の描いた画だ。リビングに置かれた継父の本を何度も読んでいるので何となくわかる。だが文章は継父が書いた他の作品と何か違う気がする……何だろう、この違和感は。
妹が寝静まった夜更け……私はこっそり本を持ち出すと茅乃の元を訪れた。
「ねぇ母さん、これラッピングして」
「オマエ……いい加減覚えろ」
お恥ずかしながら私はラッピングが下手である。こういうとき私は万能キャラの茅乃に頼る。
「で、読んだのか?」
「うん……でもこれってさぁ、お継父さんの他の本と何か違う気が……」
「そうなの? 私、延明さんの書いた本読んだことないからわからん!」
――自分のダンナが書いた本読まないのかよ!?
さてと……明日はいよいよ私がサンタになってこの絵本を渡すのか。
上手くいきますように……私は流れ星に願いをかけた。
貴音なのです。「流れ星の君に」はこちらで読めるのです。
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