私は妹のため母に反発した(いづみside)
「ん!? まさか!? 貴音ちゃん……ひょっとして初潮になったの!?」
――うわぁ! バレてしまったぁああああああああっ!
妹の貴音ちゃんが初潮を迎えたことを母・茅乃にバレないようにするため、私は汚れた妹のパジャマと下着をこっそり洗濯していた。
そこへ自治会の会合から帰宅した茅乃と出くわした。なんとかその場をごまかそうとしたが、茅乃は直感で妹の変化に気づいてしまった。
※※※※※※※
「い、いやこれは……さっき貴音ちゃんがコーヒーこぼしちゃって……」
「コーヒー? こんな夜遅くにそんなの飲んでるのか!? 眠れなくなるぞ」
「あっ、い……いや間違えた! トマトジュース……」
「冷蔵庫にそんなの入ってねーぞ!」
うわぁ……コイツ冷蔵庫の中身全部把握してやがる。すると茅乃が
「貴音ちゃーん、最近お腹が痛くなったことある?」
「えっ……あったのです」
マズい! これは茅乃の誘導尋問だ。生理前にお腹が痛くなることを妹はまだ知らないのか!?
「あっ、あぁ~たぶん昨日のご飯で食あたりしたんじゃないの?」
「おい! 私の作ったご飯で食あたりしたって言いたいのか!?」
やべぇ失言だ……この手の冗談は茅乃に通じない。
「とっとにかく! 何でもないから……」
「何でいづみがそう言い切れるんだ!? つーか貴音ちゃん……」
「はい……なのです」
「最近、洗濯物のパンツが汚れてるんだけど……何でかなぁ~?」
――げっ!? 私は妹にヒソヒソ声で話しかけた。
「貴音ちゃん……もしかして洗濯前に手洗いしなかったの?」
妹は真っ赤な顔をしてうつむいていた。なんてこった! 茅乃は毎日洗濯しているから妹のパンツに付着した「おりもの」に気がついていたんだ。
「貴音ちゃん……パンツに血みたいなものが付いてたから洗濯したんだよね?」
「……は……はぃ……なのです」
あっちゃ~っ! ついに妹は白状してしまった。
「おめでとう! 貴音ちゃん!!」
「あ……ありがとう……なのです……?」
「よっしゃぁー! じゃあさっそくお赤飯の準備だぁ!」
――来たぁああああああああっ!
これだよコレ! これが私の引きこもり生活を三年延長させたんだよ!
「ちょっと待って! お赤飯って……そんな急に炊けるものなのか!?」
「たりめーよ! カワイイ娘が大人になるこんなおめでたい日を今日か今日かと待ちわびてたんだ! ちゃーんともち米だって四升も買ってあるんだぞ!」
――よ、四升!?
四升といえば四十合……お米一合が茶碗二杯分だとしたら……は、八十杯!?
「おい! どんだけ炊くつもりなんだよ!?」
「そりゃもちろん! 自治会のみんなに配るんだよ……当然じゃん」
――当然じゃねぇよぉおおおおおおおおっ!
それは妹のプライバシーを近所中に言いふらす「公開処刑」だよ!
「そっ、そんなこと誰もやってねーだろ」
「だよなー、最近の若いヤツはこういう風習を面倒くさがるからなー」
いやそういう意味じゃねぇよ!! こんなハラスメント要素に満ちた風習なんて無くなっていいし、そもそもオマエみたいな家族以外の人間に初潮の情報開示するヤツなんて日本中探してもいねーよ!
「とっ、とにかく! そんなことみっともないからやめろよ!」
「あぁん!? オマエ……誰に向かって口きいてるんだよ!?」
――ヤバい! 茅乃を怒らせてしまったぁああああああああっ!
私はこのムチャクチャな母親・茅乃に頭が上がらない。私の剣道の師匠……というのもあるが、竹刀を使わずに戦っても勝つ自信がない。
高校時代、ほんの少し反抗期だった私は一度だけ茅乃に楯突いたことがある。だが結果は私の惨敗……翌日学校に行けなくなるほど顔面を殴られ夕飯を抜かれ反省文を書かされ……腫れた顔で泣きながらこの女には二度と歯向かってはいけないと心に決めていた。
――だが今回だけは違う!
今は妹のため……妹のプライバシーのためこのノンデリカシー怪獣・茅乃と対決しなければならない。妹に私と同じようなトラウマを体験させたくない。そう思った私は命を懸けて茅乃に反論した。
「そっそそんなこと言ったって……おっおかしいだろ!? そっそんな人に言えないような恥ずかしいことで赤飯炊いて……ましてや家族だけならまだしも近所中に知らせるなんてどう考えてもおかしい!」
「何だと!? カワイイ娘が大人になったお祝いじゃねーか! そんなこと地区総出でお祝いするに決まってんじゃねーか!? これは昔からの伝統だぞ! 伝統は大事にすべきだ!」
「いや伝統じゃねーわ! ただのセクハラだ! 人権侵害だ!」
「何だよいづみ! オマエのときだってちゃんと祝ってやったじゃねーか」
「大迷惑だったわ! 私は未だに赤飯がトラウマになってんだよ!」
「何だとーこの親不孝者がぁ! オマエは親が子どもを思う気持ちを踏みにじるつもりなのかよぉー!?」
「気持ちって言うんだったら……貴音ちゃんの気持ちも考えてやれよ!」
「貴音ちゃんだって祝ってほしいに決まってんだろ! どうなの? 貴音ちゃん」
「イ……イヤなのですぅううううっ」
茅乃の問いかけに、妹は大粒の涙をこぼしながら絞り出すような声で答えた。
「こ……こんなこと周りに言いふらさないでほしいのですぅううううっ! たっ貴音は好きでこんな体になったワケではないのですぅううううっ! そっそれに近所には同級生の湯島君や雨畑君もいるのですぅううううっ! おっ男の子に知られたら……恥ずかしくて貴音はもう学校には行けないのですぅううううっ!」
「……えっ!?」
……妹の「涙の訴え」に茅乃は言葉を失った。
※※※※※※※
翌日……キッチンで私と茅乃が夕食の支度をしていた。
結局何も祝ってやれないのは寂しい……と茅乃がだだをこねるので、私たちはこの日の夕食を妹に気づかれないようこっそりとお祝いメニューにしてあげた。
私は将来、管理栄養士を目指して勉強している。この日のメニューは妹の体調を考え、失われやすい鉄分の多く含んだレバーや、カリウムやマグネシウムの多い海藻を使った料理を作った。そしてメインは豚肉とほうれん草を使った体を温める豆乳鍋だ。
でも生理中に控えたほうがいいと言われるチーズは入っていない。それからコーヒーとチョコレートも控えてもらおう……まぁどれも妹の大好物なのだが。
いかにもパーティーメニューって感じにすると妹が察してしまう。なのでいつもの夕食と変わらないようにしているが、実は妹の体調を考えた料理でお祝いしてあげよう……という私なりの配慮だ。
「あーあ、それにしてもあの大量のもち米どうすんだよぉ!」
「知らねーよ! ってか、もうすぐお正月じゃん! お餅にすればいいだろ!?」
「そっか! 紅白餅にして自治会に配れば……」
「フツーのお餅にしろ! 貴音ちゃん、マジでグレるぞ」
「まぁもち米はそれでいいとして、食紅と甘納豆どうすりゃいいんだ!?」
「……げっ!?」
それからしばらくの間……我が家のおやつは甘納豆と、食紅で色付けした手作りお菓子が続いた。
貴音なのです。えっ、コーヒー飲んではいけないのですかぁああああっ!?




