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妹が「少女」から「女」になった(いづみside)

 



 〝コンコンッ〟




 ある日の夜、妹の貴音(たかね)ちゃんが私の部屋に入ってきた。


 だがいつもと様子が違う……この子は音や感情をオノマトペで話す。いつも部屋に入るとき「こんこん……入るのです」と口で言ってから入るのだが、今日は普通にノックしてきた。


「どうしたの? 貴音ちゃん」


 妹は明らかに元気がない。学校で何かあったのかな? 前に長沢という代替教員から差別扱いされたときと同じくらい落ち込んでいる。


「おねえちゃん……貴音はおねえちゃんにお別れのあいさつをするのです」


 ――何だよ藪から(スティック)に……お別れ? どういうことだ!?


「えっ何で? 意味わかんないんだけど……」

「おねえちゃん!」


 と言って私の手を握った妹の目から大粒の涙があふれだした。


「ちょっ何があったの!? お姉ちゃんに話してごらん」

「たっ……貴音はもうすぐ死ぬのです」


 ――えぇっ!? 死ぬって……こりゃ穏やかな話じゃないぞ。


「どういうこと? ちゃんと話して」

「実は……さっき貴音はおトイレに入ったのです。そしたらパンツに……血のようなものが付いていたのです」



 ――何だ……そんなことか!



 いよいよ妹にも()()がやってきた……ということだ。


 前兆はあった。最近妹は急激に身長が伸び胸も膨らみ始めてきた。先日もブラがキツくなっていた妹のためアウトレットモールへ買い物に行ったのだが……。

 その際、()()に備えた私は自分のナプキンを用意しておいた。でもこうして動揺している姿を見ると、おそらく妹には予想外の出来事だったのだろう。


「貴音ちゃん、心配することじゃないよ」

「心配するのです!」

「えっ!?」

「貴音は知っているのです! 貴音はフジサンの病なのです」

「不治の病な……つーか違うって! それは女の子だったら誰でも……」

「貴音はネットで調べたのです! 血の混じったおしっこ……これは悪い病気の前ぶれなのです」


 ――えっ……それってまさか!?


「これは()尿()というヤツなのです!」

「そっちを先に知ったんかーい!?」



 ※※※※※※※



「えっ、生理なの……ですか?」

「そうだよ、初めてのは初潮っていうんだけどね……ってか貴音ちゃん、小学校のときに女子だけ集められて説明とかなかった!?」


 私は小学生のとき不登校だったので、そういう集会があることは後で知った。


「貴音には関係のないお話だと思ったから聞いてなかったのです」

「なぜそう思った……女の子だったらほぼ例外なく経験するんだよ」


 呆れたわ……この子はどこか抜けている。


「なっ何なのですか? これって……」

「大人の女性って赤ちゃん産めるよね? だけど子どものときは産めない……これは赤ちゃんが産めるようになるために、子どもから大人の体へ変化したんだよ」


「えっ、赤ちゃんはコウノトリさんが……」

「おい冗談だよな!? それが事実ならこの町の上空をフツーにコウノトリが飛んでいるぞ!」


 はぁ……こんな無知のウブっ子でも生理が来るのかぁ。


「まぁとにかく……出血がメチャクチャ多かったワケじゃないよね」

「……はいなのです」

「だったら普通だよ……ってことは貴音ちゃん、生理用品なんて持ってないよね」

「……持ってないのです」

「じゃあ今夜はお姉ちゃんのナプキン貸してあげるから……早くパンツはき替えてらっしゃい! それと具合は悪くない? 今はベッドで休んでいなさい」


 きっと生理前は体調も思わしくなかったに違いない……何も知らなければ病気だと思っても仕方がないよな。


「おねえちゃんも……生理になるのですか?」

「そりゃもちろん」

「男の人も……なるのですね」

「……こう見えて一応女だよ、早く着替えろ!」


 まだ憎まれ口をたたけるぐらいだから心配ないか。その後、妹にナプキンの使い方を教えてあげたのだが……まさかここまで無知だったとは! こうなる前にちゃんと教えてあげればよかった。



 ※※※※※※※



 妹が自分の部屋に戻った後、私は考えごとをしていた。


 ――ついにこのときが来てしまった。


 女に生まれた以上、いつかは通らなければならない道……確かに子どもを産みたい人にとって、生理は必要なプロセスなのかもしれない。

 でも男に興味がない私のような者にとっては全くもって無駄機能! 何で毎月こんな辛い思いを……って感情しかない。

 そもそも何で女だけがこの苦しみを味わなければいけないのか……そう考えただけで男に対して腹立たしい気持ちでいっぱいになる。


 妹もこれから毎月そんな苦しみを……私は妹を心配すると同時に、ある懸念を抱くようになった。


 妹は同性愛者(レズビアン)ではない。百合の小説やマンガを読むと当たり前のように女性が女性を好きになっているのだが……現実は違う。普通は異性を求めるようになっていき、私のように本気(ガチ)で同性を好きになる人間なんて本当に少数派だ。

 妹もたぶんそうなっていくだろう。生理によって大人になり恋愛感情を持つようになれば、自然と男の子を好きになるのが一般的だ。


 私は妹が好きだ……どんなに世間から後ろ指をさされようとも私は妹と恋仲になりたい! でも妹には妹の人生がある。

 もし妹から「男の子を好きになったのです」と告げられたら、私には妹の恋路を邪魔してまで私と付き合えとは言えない。たとえ血の繋がらない姉妹でも、姉として妹の幸せを第一に考えているからだ。


 でもなぁ……あぁっ! 恋愛レースが始まる前からすでに私は、好きな人の恋愛を応援する「負けヒロイン」の気分になっていた。



 ※※※※※※※



「こんこん……入るのです」


 ……あ、いつもの妹に戻った。


「いいよ入って」

「がちゃっ」


 妹が再びやって来た。どうやらパジャマも汚してしまったらしくウサギの着ぐるみパジャマに着替えていた。


「どう? (ナプキンを)着けてみた感想は」

「なんか……ゴワゴワして気持ち悪いのですぴょん」


 だろうな……念のため妹には夜用をあげておいた。まるでオムツでもしているような感覚だろう。


「それと、おねえちゃん……これ」


 妹は恥ずかしそうにパジャマのズボンを取り出した。丸めたズボンで隠そうとしたパンツの一部がチラッと見えていた。


「あぁそれはお姉ちゃんが洗濯しといてやるよ! 自然なことだから貴音ちゃんは気にすることないよ」


 本当は大事に取っておいて()()にしたいところだが♥ そういうこと言うから私は妹から「ヘンタイおっぱいさん」って呼ばれるんだろうな。


「貴音ちゃん、困ったことがあったら何でも聞いて! それと明日、貴音ちゃんの生理用品を買いに行こうか!?」

「……は、はいなのです!」


 妹の顔がぱぁっと明るくなった。こういうことはひとりで悩まず身近な女性……生理の「先輩」に相談するのがベストだ。妹が誰を好きになっても構わない。今は私が全力で妹のサポートに回ろう。


「ところでおねえちゃん、さっそく相談なのですが」

「いいよ、何でも聞いて」

「このことは……ママさんに言った方がよいのですか?」



 ――ちょっと待て!



「貴音ちゃん! 茅乃(アイツ)にはこのこと絶対に内緒な!」


貴音なのです。富士の病って……高山病なのです。無理のない登山をするのです。

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