私は……ナンパされた(いづみside)
まさかこんな所で……何たる不覚!
「ねぇねぇ彼女! 一緒にお茶しない!?」
私は……ナンパされた。
※※※※※※※
私は妹の貴音ちゃんと地元のアウトレットモールに来ている。ここは他と比べて小ぢんまりしてお店も少ないが、リゾート地にあるので遊びがてら立ち寄ることができる……しかも家から高速道路を使わずに一時間ちょっとという近さだ。
妹は最近、胸のふくらみが大きくなってきた。本人に自覚はないようだが、私は妹に新しいブラを買ってあげることにした。
このアウトレットモールには有名下着メーカーのショップもある。せっかくの休日、本格的な寒さが来る前に他の買い物や気分転換も兼ねてやって来た。
「わんっ」
あぁそうそう、ここは犬連れで入れるお店も多いので愛犬クララも一緒だ。まずは身軽な状態のときにクララをドッグランで遊ばせてから買い物スタート! クララは専用のペットカートに入れて移動した。
ペットカートは便利だ。ほとんどのお店が「抱っこ入店OK」なのだが、抱っこしたままだと買い物には不便。だが見た目がベビーカーと変わらないペットカートでは両手が使え、フードを被せれば犬が嫌いな人にもストレスを与えにくい……ドッグランで遊び疲れたクララはスヤスヤ寝ているのでスムーズに買い物ができた。
妹には体育の授業でも使えるスポーツブラと普段使い用のブラを買い、私も選択肢は少なかったが自分用のブラを買った。他にもカジュアルブランドの服や靴などを買ってさぁ次の場所に移動しよう……そう思ったとき、妹がコーヒー豆を買いたいと言うので坂の途中にあるコーヒー専門店に立ち寄った。
モールのメイン棟から独立した小さな店……煙突からは焙煎したコーヒー豆の香りが漂ってくる。さすがに飲食店に犬連れはマズいだろう……そう思った私はクララと一緒に外で待つことにした。
――遅いなぁ。
だいぶ時間は経つが妹はまだ店から出てこない。こんなに待つのなら先にソフトクリームでも買っておけばよかった。
〝ヴゥゥゥゥッ!〟
突然クララが唸り声を上げた……この犬が唸るのは珍しい。と、同時に一人の男が私に近付いてきた。
「こんにちはー! ねぇ彼女、ひとりで来たの!?」
――おいおい。
ここはアウトレットモールだ! こういう場所はカップルか家族、友だち同士で来るのが一般的だろ。一人で来るなんてかなりのレアケース……そしてこんな所でナンパするコイツは畑でハマグリ探すくらい見当違いな野郎だな。
それにしても不思議だ。普段ナンパなんて平井和と一緒にいるときぐらいしかされないのだが……私が一人でいるときにナンパとは、いよいよ世界の終末か!?
――あ、そういえば!
和と一緒にナンパされるのは私が女の格好をしているときだけだ! 男っぽい格好をしているときは和の彼氏と間違えられて決してナンパされることはない……
――しまったぁ! 何たる不覚。
そういや私、女だったんだ! 今日は下着専門店に入るから男っぽい格好だと店員さんや他のお客さんに不審がられてしまう。そう思った私は女性らしい格好で化粧もしてきた。しかも……
〝ぽよんっ♥〟
ブラはいつもの小さく見せるタイプではない。それでか……結局コイツ、私の胸を見てナンパしてきたな!?
「あっ連れがいますので……」
私はこのナンパ男を軽くあしらった。実際に連れ(妹)もいるし、そもそも私は男が大嫌いだ! とりあえずコイツには早々に去ってもらおう。
ところが……コイツはとんでもない「モンスター」だった。
「そっか! じゃ一緒にお茶しなーい!?」
――おい、人の話聞いてねぇだろ!?
私は「連れがいる」と言ったハズだ! 実際には妹なのだが、もし「連れ」が彼氏だったらオマエはそれでも私をナンパする気か!?
「いや、だから連れがいるって……」
「だったら連れと別れてオレとお茶しよーぜ! 何飲む? 抹茶? ほうじ茶?」
お茶ってガチの緑茶かーぃ!? ここはコーヒーショップの真ん前だぞ! そんなモンあるかぃ!? 紅茶だって……あ、紅茶はあるみたいだ。
困った……コイツは今まで出会ったどのナンパ野郎よりもしつこく、なおかつ一般常識が通用しない。と、そのとき……
「おねえちゃん、お待たせなのです」
妹が店から出てきた。うわぁ、この状況を妹に見せるのは教育上よろしくない。まぁ逆に男とはこういう危険生物だと妹に教えることができそうだが……。
「えっ誰この子……カワイイじゃん」
「妹だよ、これでわかったろ!? 私は忙しいんだ」
そう言うと私は妹の手を掴んでその場を去ろうとした。だかこのナンパ野郎は突然出てきた妹に臆するどころか信じられないことを言い出してきたのだ。
「じゃあ妹さんも一緒にお茶しよ! それともご飯にする!?」
――オマエ! 妹も一緒にナンパする気かぁああああっ!?
ヤベーな……一般常識云々言う以前にコイツは「あたおか」だ!
「妹さんも行こーよ! 何食べたい!? 豚丼? オムライス?」
「食わねーよ! 別のドッグカフェで予約取ってあるんだよ!」
「そっかぁ、ホットドッグがいいのかぁ……あ、でも売ってたかな?」
「どういう耳してんだ! オマエ、頭おかしいだろ!?」
こっちは犬連れだ! この寒い日にテラス席で食えというのか無神経野郎! 私が「あたおか」と噛み合わないやり取りをしている姿を見て妹は、
「おねえちゃん、この人は誰なのです?」
「あぁ、ただの不審者だよ!」
すると「不審者」という言葉に反応した妹がとんでもない行動に出た。
〝ピィイイイイイイイイ!〟
妹は自分のバッグから防犯ブザーを取り出すと、ピンを抜いて近くの茂みに投げ込んだ。けたたましいブザー音が鳴り響くと周囲が騒然となり、さすがの「あたおか」も動きが止まり周囲を気にし出した。
――これだ!
どんなに私が困っていても、ナンパされているだけじゃ周りの人間は無関心。だが「このワード」を出せば周囲は黙っていまい……私は大声で、
「たっ、助けてください! この男、ロリコンなんです! まだ中学生の妹に声かけて連れ去ろうとしています!」
この「あたおか」は妹もナンパしようとしていた……ウソはついていない。すると私の呼びかけに反応して人混みの中から屈強そうな男が二~三人近付いてきた。
「ち……違っ、オレは……ロリコンじゃない……」
涙目になった「あたおか」は、うひゃあと叫ぶと一目散に駐車場へと逃げていった。ざまぁみろ! こんな所で……しかも妹までナンパしようとした罰だ!
ナンパ男が消え、買い物客は何事もなかったかのように歩き出した。
「おねえちゃん、危なかったのです」
「あ、あぁ……ありがと」
まさか防犯ブザー鳴らすとは思わなかったが。
「ところでおねえちゃん、手の握り方がヘンなのです」
「えっ!? あっ……」
私は妹の手を握ったとき、無意識に「恋人繋ぎ」をしてしまったようだ。
「なんか……安心するのです!」
とんだトラブルに見舞われたが……これが唯一の救いだな♥
貴音なのです。生豆を焙煎するので時間がかかったのです。




