私は妹に弁当を作ってあげた(いづみside)
「えっ、弁当持参?」
十二月になったばかりのある日の午後……私が大学から帰ると、母の茅乃が妹の貴音ちゃんとスマホを見ながら困惑した表情を浮かべていた。
どうやら妹の通う中学校から連絡メールがあり、明日から昼食に弁当を持参して来てほしい……とのことだ。
妹が通う中学校には給食がある。だが給食センターの設備に不具合が発生し、翌日からしばらくの間給食が提供できなくなってしまったそうだ。
そこで保護者宛てに弁当を持参してほしいとの連絡メールが届いたのだ。だが弁当を作るとなると保護者には大きな負担となってしまう。一応別の業者に委託しているパンと飲み物だけは用意できるので、弁当はあくまで「任意で良い」というのだが……
「貴音はお弁当が食べたいのです! 明日は一緒にお弁当食べようって天ちゃんたちと約束したのです」
何だ、妹は弁当を食べたがっているんじゃねーか! じゃあ何で茅乃は困った顔をしているんだ?
「じゃあ作れば!? 悩む必要ねーじゃん」
私がそう言うと茅乃は
「いや、弁当作るのは簡単だけどさ……貴音ちゃん、キャラ弁作ってほしいって言うんだ! 何なんだキャラ弁って!? キャラメルの入った弁当か!?」
そんな甘ったるそうな弁当イヤだわ! なるほど……昭和生まれにとって「キャラ弁」は理解不能な領域か!?
「あっそれじゃお姉ちゃんが作ってやるよ!」
「本当なのですか!?」
妹の目が輝きだした! 私の目も輝きだした! カワイイ妹のために弁当を作ってあげられる絶好の機会だ! キャラ弁は正直作ったことないが、キャラ弁の定義すら知らない茅乃より一歩リードしているハズ。
「あぁもちろん! 何のキャラがいいんだ!?」
サソソオキャラだったら簡単に作れそうだ! それともアニメキャラ……トトラやドロえもんくらいなら何とか作れるだろう。
「あつ林がいいのです!」
――えっ……あつ林?
「えっと……何それ?」
「あつめろ どーぶつの林というゲームのキャラなのです! みんなとってもカワイイのです!」
そういや妹……アニメよりゲームが好きだったぁああああっ!
「えっと……スリオとかマライムじゃダメ……かな?」
「おねえちゃん、チョイスがベタすぎるのです!」
「ベタで悪かったな……他には何かないの?」
「んーと、じゃあ有名どころでスブラトーソの……」
〝テレッテテレッテテポンポポン♪〟
(注※スリオがやられたときの音です)
私はTVゲームが大の苦手だ。ぶっちゃけスーパースリオだって一面をクリアしたことがない。ゲームに無知な私はゴックンフラワーに襲われゲームオーバーになってしまった。
「ごめん……それはムリだわ」
「えぇー!? だったら普通のお弁当でいいのです! 貴音はおねえちゃんが作ったお弁当が食べたいのです」
〝ピロロンピロロンピロン♪〟
(注※スリオがスーパースリオに変身したときの音です)
――なん……だと♥
うれしいこと言ってくれるじゃねぇかぁ! よっしぁ! お姉ちゃんが腕によりをかけて最高の弁当を作ってやろうじゃねーか!
……ところで「より」って何だ?
「あぁいづみ! 手伝ってくれるなら助かるわ」
「えっ、何だよ手伝うって!?」
「いや実はな、貴音ちゃんの友だちいるだろ!? 家にも何度か遊びに来たちょっと垢抜けた子……」
――あぁ、樹李ちゃんのことか。
「あの子、父子家庭だそーじゃん! 弁当作ってもらえないって言うから私が代わりに作ってやるんだよ! 貴音ちゃん、あの子は何かアレルギー持ってる!?」
「ないのです」
おい! 茅乃はいつの間に樹李ちゃんとそんな関係性になっていたんだ!?
※※※※※※※
次の日の朝……
珍しく早起きした私はキッチンに向かうと、すでに茅乃が弁当作りの準備に取り掛かっていた。茅乃は樹李ちゃんの……私は妹の弁当を担当する。
これは私と茅乃の「勝負」だ! なぜならお昼に妹は、樹李ちゃんたちと一緒にお弁当を食べることになる。当然ながら二人の弁当は比較されることだろう。
茅乃は料理が得意だが私だって負けたくない! 私は冷蔵庫を開けると、茅乃に負けないようある高級食材に手をかけた。
「おい! いづみ……オマエ本気でそれを弁当にする気か!?」
私が手にしていたのは刺身だった……冬とはいえさすがにこれはダメか。
〝トントントントン……〟〝ジュワ~!〟
私と茅乃は黙々とお弁当を作り続けた。キャラ弁を断念した私は、妹の好きなハンバーグを中心におかずを可愛らしく盛りつけた。タコさんウインナーやスライスしたゆで卵に顔を描き、キャラ弁には及ばないが見て楽しい弁当を作っていた。
ふと私は茅乃の方に目をやった。んっ……きんぴら? いや、ゴボウと牛肉のしぐれ煮か? 他にも和風の食材が……さすが昭和生まれ! ずいぶんと渋めのチョイスだな……しかも弁当箱まで渋っ!
おいおい、相手は平成生まれの中学一年生だぞ! あーあ、こりゃ樹李ちゃんの分も作ってやればよかったなぁ……。
さてと、私は最終の仕上げに入るか……妹に愛情たっぷりの「細工」を施した弁当の完成だ!
「おはようなのです。ママさんもおねえちゃんも朝からご苦労さまなのです」
「おはよう貴音ちゃん! おねえちゃんがカワイイお弁当作ってやったぞぉ~」
「本当なのです!? みっ見たいのです!」
「ダーメ、学校で食べるときのお楽しみだよ」
※※※※※※※
その日の午後……
大学の講義が無かった私は、珍しく早起きしたせいでお昼過ぎまで二度寝をしてしまった。
慣れないことはしない方がいいな……そう思いながらも妹が弁当を美味しそうに食べている姿を想像し「おねえちゃんおいしかったのです! 今度はおねえちゃんに貴音を食べてほしいのです♥」と言われ妹を食べている姿を妄想した……
……変態か私は!?
「ただいまなのです」
私が妹を美味しく頂いている妄想にふけっていると妹が学校から帰ってきた。
「貴音ちゃんおかえり」
「ただいまなのです……あ、おねえちゃん! ごちそうさまなのです」
と言うと妹は樹李ちゃんの分と弁当箱を二個取り出し私に手渡した。
「どうだった!? 美味しかった!?」
すると妹は
「う、うん……おいし……かった……のです」
あれ!? 妹の様子がヘンだな? 美味しいと言っている割にあまりうれしそうじゃない……もしかして本当は不味かったのにウソをついている!? えっでも、弁当箱はどう見ても空になっているのに……。
「貴音ちゃん、明日もお昼は弁当だよね!? 明日もお姉ちゃんが腕を振るって愛情込めた美味しいお弁当を作ってあげるからね!」
私がそう言うと妹は明らかに困った顔をして、
「い……いいのです」
「……えっ!?」
「明日から……ママさんに作ってもらうのです」
――えっ……えぇええええええええっ!?
なっ何で!? 何で私の愛情こもった弁当が拒否られたんだ!? ちゃんと残さず食べてくれたのに……あの、茅乃の「いぶし銀弁当」がいいっていうのか!?
――なっ……なぜなんだぁああああああああっ!?
貴音なのです。次回はおねえちゃんに作ってもらいたくない理由がわかるのです。




