【番外編】ボクは夏休みに帰省した(桃里side)5
〝バチーンッ!!〟
玄関に大きく響き渡る音……ボクはいきなり梨里姉ちゃんにビンタされた。
ボクは地元の友人・根鳥葛矢くんに頼まれて女装し、彼に付きまとっていたという女性「和倉 菜々緒」さんの目の前で葛矢くんの彼女を演じた。
ボクは身体を張って葛矢くんの彼女だとアピールした。ボクがトイレに行っている間に彼女はようやくあきらめて帰ったようだ。
そして役目を終えたボクが家に帰るといきなり梨里姉ちゃんにビンタされた……えっ、何で!? 梨里姉ちゃんは顔を紅潮させてボクに問い詰めた。
「お主……和倉菜々緒氏を知っておるな!?」
「えっ?」
何でその名前が……すると梨里姉ちゃんの口から驚くべき言葉が出てきた。
「菜々緒氏はなぁ、俺の腐友(腐女子友だち)じゃぁああああっ!」
――えぇええええっ! あっ、あの女性……腐女子だったの!?
「菜々緒氏とニャインしてたんじゃ……ひどいフラれ方をしたって! で、聞いたら相手の男はクズ太(葛矢)だって言うじゃないか! だからひょっとして……と思ってクズが連れて来た彼女の名前を聞いてみたんだよ! そしたら……」
〝パシーンッ!!〟
ボクは再びビンタされた。
「桃里って言った! そして今の格好……間違いなくお主じゃねーか!?」
「たっ、確かにボクだけどこれは葛矢くんに頼まれて仕方なく……そっ、それにそこまで怒らなくてもいいじゃんか!?」
「それがなー桃里、マズいことになっちまったんだよー」
廊下の奥から杏里姉ちゃんが口を挟んできた……何だよマズいことって。
「梨里とやり取りした後、菜々緒ちゃんのニャインが未読のままなんだよ! 心配になって菜々緒ちゃんのママに連絡したらどこかに出かけたって……フツー、スマホ置いたまま突然いなくなるか!?」
――えっ、まっまさか……!?
「俺たちは今から菜々緒氏を探しに行くが……桃里! お主も当然菜々緒氏の顔は知ってるよな!? 一緒に探すぞ!」
「う……うん、あっ葛矢くんにも連絡する!?」
「アイツが出てきたら話がややこしくなるぞ! ヤツは後でアタシがてってー的にボコっておくわ! 桃里、行くぞ」
杏里姉ちゃんも梨里姉ちゃんも葛矢くんとは面識がある。しかも杏里姉ちゃんは元ヤンで、葛矢くんが最も恐れる相手だ。ボクも着の身着のまま……女装姿のまま和倉さんを探すことにした。
「桃里ちゃん!」
二人の姉と出かけようとしたボクを呼び止める声が……桜里姉ちゃんだ。
「桜里ねーちゃん……」
「桃里ちゃんは菜々緒ちゃんのこと、気が強くて無愛想な子だと思っているかもしれないけど……」
うわっ何で!? 完全に心が見透かされているじゃないか!?
「女の子はね、見た目で判断しちゃいけないのよ!」
「えっ……う、うん」
「じゃ、気をつけていってらっしゃい」
桜里姉ちゃんがそう言って見送ると姪っ子のさやかとてまりが
「とーりおぢちゃん、がんばー」
「きょんたまふぁいとー」
姉ちゃんの足元でボクに手を振ってくれた……でもきょんたまはやめてくれ!
※※※※※※※
「梨里ー、見つかったかー!?」
「ダメじゃ! ネカフェや本屋も探したが……くそぉ、どこにおるんじゃ!?」
ボクたち姉弟は手分けして街中をくまなく探していた。でも和倉さんらしい女性は一向に見つからない……どこに行ったんだろう? スマホを持っていないということなので、もしバスや電車で街を出たら完全にアウトだ。
和倉さんに対するボクの第一印象は「気が強くて一途な人」だ。でも桜里姉ちゃんに「見た目で判断しちゃいけない」と言われた……先入観を取り払おう!
実は繊細な人だったんだ。しかもあんなクズ男に「初めて」を捧げて……よほどショックだったに違いない……!?
――まさか……自殺!?
ボクの心の中に最悪の展開が思い浮かんだ。しかも今は「決してそんなことはない」と言い切れる状態ではない。
もしこの街でそんなことをするとしたら……海!
「ねーちゃん! ボク、港の方見てくる!」
ボクは言葉より先に走り出していた。
※※※※※※※
夏とはいえ、さすがに七時を過ぎると周囲が暗くなってきた。ボクは薄暗い中、帰省して最初に立ち寄った漁港へやって来た。
朝は漁から帰ってきた漁船でにぎわう港だがこの時間はひっそりとしている。たまに花火を楽しむ若者がいるくらいだ。
船着き場から灯台のある防波堤に向かって歩いていると……いた!
薄暗くて顔がよく見えないが、あれは昼間喫茶店で見たときと同じ服……間違いない! 和倉菜々緒さんだ!
「わっ……和倉さん!」
ボクは思わず声をかけてしまった。和倉さんは自分の名前を呼ばれたことに驚いていたが、すぐボクの存在に気づいて
「なっ、何でアナタがいるの!?」
表情はわからないが、明らかに不愉快そうな態度だ。そりゃそうだ、会いに来たのが自分を振った男の彼女(?)なんだからな……。
「さっ、探しに来たんですよ! その、心配になって……」
「何で!? 何のつもり!? 同情!? それとも笑いに来たの!?」
――そ、そうなりますよねぇええええっ!
「そっそんなんじゃないです! さぁ、帰りましょう!」
ボクが和倉さんに近づこうとすると
「来ないでよ!!」
和倉さんは岸壁の端ギリギリの場所に立った。マズい! 完全にここから飛び込もうという考えだ。
「やっ、やめてください! 早まらないで!」
「アナタ本当に葛矢くんの彼女? 何かさっきより声が太い気がするんだけど」
うわっ、忘れてたぁああああっ! ボクはついうっかり自分の声でしゃべってしまった! 今は女装して「葛矢くんの彼女」になっているんだっけ!?
「えっえぇ……和倉さんを探してる間、大声で呼んだから声が枯れちゃって」
……うそでーす!
※※※※※※※
しばらく膠着状態が続いた。ボクが一歩でも近づこうとすると和倉さんは飛び込む素振りを見せる……まるで二時間サスペンスドラマのクライマックスシーンのようだ……吊り橋はないけど。
「落ち着いてください! 死んだら元も子もないですよ……生きていればいい事もありますよ」
「知った風な口きかないで! ていうか『勝ち組』に言われたくないわよ!」
ですよねー! ボクは今、一番彼女に説得を試みてはいけない人だ。
「男なんて他にもいっぱいいるじゃないですか!? そんな一度フラれたくらいで自棄にならないでください!」
「……はぁ!?」
――えっ!?
「何よ! その恋愛経験豊富ですって感じの上から目線は!? この歳まで彼氏ナシだった女の気持ちがアナタにわかるの!?」
地雷踏んじまったぁああああっ! まぁボクもこの歳まで彼女ナシだけど……。
「もういい! みんなして非モテ女をバカにすればいいんだわ!」
和倉さんは一歩ずつ海に近づいている……もうこれ以上進んだら確実に海へ落ちてしまう……と、そのとき!
和倉さんのヒールがコンクリートのくぼみにハマり折れてしまった。バランスを崩した彼女は
「……あっ」
〝バッシャーン!!〟
一瞬にして夜の海へ消えていった。
貴音なのです。えぇっ!? どっ、どうなるのですか!?




