【番外編】ボクは夏休みに帰省した(桃里side)4
――ま、まさかあの人か? だったら怖い。
ボクは地元の友人・根鳥 葛矢くんに頼まれ、女装して葛矢くんの「彼女」になりきってある人に見せつけることになった。
相手は合コンで知り合って「お持ち帰り」した女の子だという。どうやらその子が葛矢くんに対して本気になっているようだが、葛矢くんはその場限り……つまり俗な言い方で「やり逃げ」のつもりだったらしい。
ひどい話で正直協力する気にはなれないが……父親がホテルオーナーの葛矢くんから就職先をチラつかせられ、ボクは仕方なく引き受けることにした。
そして当日、待ち合わせ場所にやって来たボクは一人の女性を見かけた。
あれ? 想像した人と違う。ボクはてっきり地味で真面目そう、あるいは派手な衣装で子どもっぽい女の子を想像していた。
だが目の前にいる人はとても気が強そうな美人……正直一人のクズ男に執着するようなタイプには見えない。
こっ、これは人違いだよね……ボクは「この人は無関係な人」だと一縷の望みをかけて願っていると
「おっ桃里ちゃんもう来てたんだ! あっ菜々緒ちゃんも早かったねー! じゃあ行こっか!?」
葛矢くんがやって来てボクとその女性に声をかけた。
――やっぱりこの人だったんだぁああああああああっ!?
ボクは恐る恐るその女性に会釈すると、その人は頭を一ミリも下げずボクの方をキッと睨みつけた。それはもう親の仇を見るような目で……
――こっ、怖いよぉおおおおっ!
※※※※※※※
葛矢くんの案内で近くにある喫茶店に入った。テーブル席にボクと葛矢くんが隣同士……向かいにその女性が座った。
あっこのシチュエーション、ドラマとかで見たことある! 最後に相手の女性がコップの水をぶっかけていくヤツだ! ボクは化粧が取れると何かとマズいので頼む! かけるなら正面の葛矢くんにしてくれ!
「で……誰なのその人?」
店員さんがお冷やをテーブルにおいて数分……三人の間に沈黙の時間が流れていたが、やがてその女性がこう切り出した。えっ誰って……葛矢くんはボクのことを紹介していなかったのか?
「いや、だからぁ~! この子がオレの彼女で桃里ちゃんって言うんだよ……前にも話したじゃん、何で信じてくれないかなぁ」
うわっ、相手の男に彼女がいることを目の当たりにしても信じないなんて……イヤな予感はしていたが、この女性は間違いなく「ヤンデレ系」だ!! これは一度信じ込んだら「黒いモノも白」って言うタイプだ! こっこれは厄介だぞ。
店員さんが注文を取りに来た。隣のクズ男はこんな状況でクリームソーダとか頼みやがった……ふざけんな空気読めよ!
相手の女性は店員を無視して何も注文しない。ボクも注文しないのはお店に悪いと思いホットコーヒーを注文した。そうか! この女性がホットを注文していたらボクは顔面を火傷させられたかもしれないから、この人が何も注文しなくてよかったのかも……。
葛矢くんの話では、この女性の名は「和倉 菜々緒」さん……ボクたちより二つ年上、二十歳のコンビニ店員だそうだ。
クズ男が言い訳をしている間、和倉さんという女性はずっとボクの方を睨みつけている。もしこの人がヤンデレだとしたら間違いなくボクの方を執拗に狙ってくるだろう……やっぱり怖い!
それにしても……この人は気が強そうで近寄りがたいタイプの美人、ぶっちゃけ葛矢くんじゃなくても男なんて選り取り見取りじゃないのかな?
それともこんなクズに余程の魅力が? いやいや、それは無いと信じたいところだが……超個性的な姉が三人もいるというのに、正直ボクは女の人がよくわからなくなってきた。
葛矢くんが一人でペラペラと話している間、和倉さんという女性はずっと黙ったままだった……が、クズ男がしゃべり終えて会話が途切れた瞬間、和倉さんはボクの方を指差しこう言い放った。
「アナタ……ニセモノよね?」
これにはボクも葛矢くんも心臓が裏返るようなドキッとした感覚になった。葛矢くんは声を震わせながら
「えっえぇっ……そっ、そんなことねぇよ……ははっ」
おいおい、完全に見透かされたような態度をとるなよ! すると和倉さんはボクに話しかけるように
「アナタ……どうせ言い訳のため彼に雇われたんでしょ!?」
――そそっ、その通りなんですけどぉおおおおっ!
でも何でわかった? 超能力者? それともハッタリ? それとも聞く耳持たないタイプ!? いずれにせよ、こりゃ一筋縄ではいかない人だ。
「えっ、ちっ違いますよ! 私は葛矢くんのかっ彼女です!」
ボクはこう反論するのが精一杯だった……こりゃ完全にバレたな。やっぱりボクの女装じゃ完璧にだませないか……と思っていると和倉さんはとんでもない提案をしてきた。
「そう……じゃ、アナタたち……キス、できるわよね?」
「えっ!?」
ボクと葛矢くんはお互いの顔を見合わせた。
「アナタたちが本当の恋人同士なら……キスぐらいできるでしょ!? だったら今ここでやってみて! そしたら私も信じるから」
とんでもない提案だ! だってボク……男だぞ! この人はもしかしてボクが男だって気づいてからかっているのか? ボクは葛矢くんに小声で
「どどっ、どうする葛矢くん!?」
とささやくと、何と葛矢く……このクズ野郎は
「仕方ねぇ……やるしかねぇだろ!?」
――えっ!?
ボクが心の準備……いや覚悟を決める前にクズの顔が近付いてきた。
〝ぶっ……ちゅぅううううううううっ♥〟
※※※※※※※
「おぇええええええええっ!」
ボクはトイレで嘔吐と化粧直しをしていた。喫茶店のトイレは男女兼用だったのでこういうときに助かる。
まさかボクのファーストキスの相手が「男」だとは……こりゃトラウマ級の黒歴史になるぞ!
「あれっ、彼女は?」
ボクがトイレから戻ると葛矢くんが
「あぁ帰ったよ! ようやく諦めてくれたみてーだ」
自分の口に着いた口紅を紙ナプキンで拭いていた……つーか顔洗ってこいよ!
「えっ……意外とあっさり引き下がったんだね」
「あぁおかげで助かったぜ! サンキュー桃里ちゃ~ん♥」
おえっ! 思い出すからもうオマエの笑顔など見たくもないわ!
それにしても……あれだけボクのことを「彼女じゃない!」と疑いをかけていたのに最後はあっけない幕切れだったな。正直、帰り道で待ち伏せされるかと心配したが何も起こらなかった。
ボクは余計なトラブルに巻き込まれなくて済んだ安堵感と同時に、結果的に捨てられてしまった和倉さんを気の毒に思っていた。
まぁでも……気の強そうな人だ。きっと彼女ならすぐに新しい相手を見つけるに違いない! ボクはそう信じて実家に帰ってきた。
「ただいまー」
帰ると玄関で三番目の姉・梨里が立っていた。普段はゴキブリのように隠れていて玄関までくるような人じゃないのだが……
「あれ? 梨里ねーちゃんどうしたの? 珍しいじゃんこんなと……」
と言いかけた途端、
〝バチーンッ!!〟
梨里姉ちゃんの右手が……ボクはいきなりビンタされた。
貴音なのです。お見苦しいシーンがあったことをお詫びするのです。




