【番外編】ボクは夏休みに帰省した(桃里side)3
「おぉそうじゃ、葛矢殿から電話があったぞ!」
えっ、葛矢くんが……?
根鳥 葛矢くん……幼馴染みで高校まで一緒だった友人だ。帰って来たとまだ連絡していなかったはずだが……何の用だろう?
ボクのスマホは電池切れだったので家の電話から葛矢くんに連絡を取った。すると彼は直接会って話がしたいというので、ボクは葛矢くんと近くのファミレスで会うことにした。
※※※※※※※
「おー桃里! こっちこっち!」
お昼前、ボクがファミレスに入ると葛矢くんは先に待っていた。
「久しぶりだなー桃里! 元気かー!? うぇーい!」
「えっ、あっ……うん」
幼馴染みで友人……とは言っても彼はボクと正反対のタイプだ。いわゆる陽キャでリア充……今は地元の大学に通っているらしいが、どう見てもパリピ……勉強している人間には見えない。
ボクはドリンクバーからオレンジジュースを持って来ると葛矢くんの向かい合わせに座った。
「帰ってきたばかりなのに悪いなー、いやー呼び出したのは他でもない……」
「あっ、数珠や壺だったら買うつもりはないからね」
「霊感商法じゃねーし!」
正直言ってボクは葛矢くんが苦手だ。いつもこんな感じのお調子者で、昔から彼に関しては悪い噂しか立っていない。
さすがに霊感商法はやっていないと思うが、どうせロクな話ではないだろう。彼はストローを使わずにアイスコーヒーを一口飲むとこう言ってきた。
「なぁ桃里、折り入って頼みがあるんだが……」
「ごめん! ボクの周りには健康食品買ってくれる人いないんだ」
「マルチ商法じゃねーし!」
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「彼女!?」
「そっ、オマエって女装趣味あるじゃん!? 悪いけどさー、オレの彼女になってある女に会ってほしいんだ」
「いやボクは女装や男色の趣味ないけど……でも何で?」
葛矢くんの「頼み」とはボクに女装してほしい……という内容だった。あまりに突飛な頼みに、普段は他人に興味がないボクが思わず理由を聞いてしまった。
「いやーこの間合コンやったんだわー! で、その中になかなかの上物がいたんでお持ち帰りしちまったんだけどさー」
……聞くんじゃなかった。この男はいつもこんな感じで女の人に手を出してしまう「遊び人」だ。
「けどさー、困ったことが起きちまって……」
「えっ?」
「そいつ、実は処女でさー! それっからオレにやたらとしつこく付きまとってくるんだ……もうストーカーだぜ! こっちは一発ヤったら捨てるつもりだったんだけどよー」
困ったこと……と聞いた瞬間、その女の人にガラの悪い彼氏でもいたのかと思ってしまったが違ったようだ。
この男は昔から「女は使い捨て」という考え方の持ち主でこうやって次から次へと女の人をとっかえひっかえしている……何てヤツだ!
童貞のボクからは考えられない異次元の人種だ。正直、ガラの悪い彼氏からフルボッコにされることを期待していたのだが……残念だ。
「それとボクが女装することと何の関係が……」
「それな! オレがその女に『他に付き合ってる女がいる!』って言っても全然信じてくれねーんだよー! マジで処女はメンドクセーわ」
――自業自得だよ。
「そこで……だ! 桃里がオレの『彼女』になって、その女の前でオレとイチャついてほしい! でもってそいつに何とか諦めてもらうよう協力してくれ!」
「断る」
「えぇー!? 何でだよぉー桃里ちゃ~ん!」
冗談じゃない! そんな背徳感百パーセントの頼みなんて人として引き受けられるか! それやるんだったら壺でも買った方がマシだ!
「大体さぁー、彼女を演じてほしいんだったら葛矢くんには女友だちいっぱいいるじゃないか! その人たちに頼めばいいじゃん!?」
「なぁ桃里……お持ち帰りのやり逃げ目的で女を捨てよーとしてる男に、他の女が協力してくれると思うか!?」
なるほど……一応クズの自覚はあるんだ。
「でもムリだよ! 他の人に頼んで」
「そこを何とか! ねぇ~桃里ちゃ~ん♥」
「ちゃ~んはやめてくれ! 大体さぁ、前から言おうと思っていたんだけど……葛矢くんは何でひとりの彼女に落ち着かないの? ちょうどいい機会だからその子と付き合えばいいじゃん」
その言葉を聞いた葛矢くんは開き直ったように
「あのなぁ桃里……人生って一回きりなんだよ!」
そのとき店員さんがやって来て
「お待たせしました、日替わりランチです」
注文した料理をテーブルに置きその場を去ると、葛矢くんは料理を指差し
「人間ってずっと同じ料理ばかり食べ続けていったら飽きるだろ!? だからこうやって日替わりランチなんて食い物があるんだよ! 女だってそうだ……同じ女ばかり食っていたら飽きちまうぞ! だからオレにとって女は日替わりだ」
うん……こんなに説得力の無い主張は初めて聞いたよ。
「まったく! こんなんだから桃里はいつまで経っても……」
と、そこへ店員さんが、
「お待たせしました、チェリーパイです」
……なんてタイミングで持って来るんだよ。
※※※※※※※
「桃里、そういやオメーは大学で彼女とかできたのか!?」
「いっいや、いないけど……好きな人は……いるよ」
もちろん好きな人とは武川いづみさんのこと……ボクはああいう強気なタイプの女性が好きだ。
「そっか、いないんだったらオレの女友だち紹介してやったんだけど」
何? 女性をフリマアプリに出品するみたいな感覚は……やっぱクズだこいつ。
「あぁそれからさー桃里! オメー大学卒業したらどうするつもりだ?」
「そ、そんなの……まだ考えてないよ」
とりあえず調理師の資格とできれば栄養士の資格も取って……第一希望は板前だが、料理人を目指せるならぶっちゃけジャンルは問わない。だけどそんなことをこの男に言う必要はない。
「まぁオメーがイヤならいいんだけどさぁ……オレの親父が何やってるのかは知ってるよな!?」
「う……うん」
葛矢くんの父親は地元の観光ホテルのオーナー……社長だ。でもこの男は父親の仕事を継ぐ気はないようだが。
「料理人目指してんだよな!? 親父のホテルで募集してっぞ!」
「えっ?」
そう言うと葛矢くんは、ボクに顔を寄せてきて小声でこう言ってきた。
「なぁ桃里……大学で資格取ったって就職できなかったら意味ねーじゃん!? おばさんやねーちゃんたちを支えてやるどころか就職浪人になったらオメーは穀潰しじゃねーか!」
――うっ、痛いところ突いてきやがった。
「なぁ頼むぜ桃里、一生のお願いだ! 上手くいったらマジで(就職を)考えといてやるぜ」
彼は今後も「一生のお願い」を続けると思うが……仕方なく承諾した。
※※※※※※※
翌日……ボクは得意の女装をして葛矢くんとの待ち合わせ場所に着いた。まだそこに葛矢くんは来ていなかったが、同じ場所に女性がひとり立っていた。
その人は、つり目で背が高くとても気が強そうな美人だ。そしてこんな田舎には不釣り合いなくらい目立つ格好……さながら勝負服といったところだ。
――ま、まさかあの人か? だったら怖い。
貴音なのです。貴音にはわからないお話なのですが、なぜかイラッとするのです!




