【番外編】ボクは夏休みに帰省した(桃里side)2
「ただいまー」
夏休み……ボク・金沢桃里は数ヶ月ぶりに実家へ帰って来た。二番目の姉・杏里が鍵を開けて中に入ると、廊下の先で隠れてこっちを見ている者がいた。
「おー梨里! 桃里が帰ってきたぞー」
杏里姉ちゃんが声をかけた瞬間、じーっとこっちを見ていたヤツはさっと身を隠すとそのままカサカサとゴキブリのように逃げていった。
「相変わらずだなー、梨里ねーちゃんは」
「それな! さっきだって桃里見かけたんなら声かけりゃよかったのによぉ」
あのゴキブリみたいな眼鏡女が三番目の姉・金沢 梨里だ。二十歳の女子大生だが、普段から家にこもっていたせいで単位不足になり一度留年している。
だからといって引きこもりというワケではないのだが……普段からBL小説を読んでばかりいる、いわゆる「腐女子」だ。
ボクは以前からこの姉に「BLごっこ」の相手をさせられていた……おかげで少しはBL用語がわかる。ちなみにボクはいつも「受け」をやらされていた……正直、この姉は苦手だ。
「あら桃里、お帰りなさい……ってずぶ濡れじゃない!? どうしたの?」
梨里姉ちゃんに替わってやって来たのは一番上の姉・佐藤 桜里……結婚して二人の子どもがいる二十四歳の専業主婦だ。普段は隣町に住んでいるが今日は実家に帰ってきている。
「どっかのバカギャルに海へ突き落とされた」
「おい桃里! バカとは何だー!」
「杏里ちゃん、危ないからやめなさい」
ギャルと腐女子……クセが強すぎる姉たちの中で長女の桜里姉ちゃんだけは唯一常識人だ。しかも二十歳になった途端、いきなり縁談が舞い込むほどの美人だ。
「あれ? 今日義兄さんは?」
「出張でしばらくいないわ」
「えっ、じゃあ……」
ボクがそう言うと廊下の先からドタドタと走る音が聞こえてきた。
「とーりおぢたーん」
「あっ、さやか! てまり! 久しぶりだなー」
桜里姉ちゃんの三歳になる子ども「さやか」と「てまり」がやって来た……双子の女の子だ。桜里姉ちゃんに似てとてもカワイイ子なのだが……
「とーりおぢたん! きぇんたまにぎらしぇてー」
「きゅんたまみしぇてー」
「ぶーっ!」
しばらく会わない間に何てこと覚えてるんだよー!? その言葉を聞いた桜里姉ちゃんは慌てて
「こっ、こら! さやか、てまり……もう! もしかして杏里!? 娘にそう言う言葉教え込んだの」
「アタシじゃねーよ」
「あんりおばたんじゃないよー」
「お姉ちゃんだぞー! オバちゃんは向こう十年間使用禁止なー」
まぁ姪っ子にそんな言葉教え込むのはアイツしかいないだろう。
「じゃあ梨里ね!? ったく、あの子ったら……あっ桃里! その服洗濯しておくからお風呂に入ってらっしゃい」
「きょんたまー」
「みせろー」
「こらっ、やめなさい!」
ボクはキャスターバッグからお土産の「黒蜜きなこ餅」を出して桜里姉ちゃんに渡すと風呂に直行した……バッグは海に落ちていない。
「……ふぅ」
長かった移動……やっと落ち着いた気分になった。最後は海に落とされるし……だがあの姉たちがいる環境、リラックスしているヒマなどない。
「梨里ねーちゃん……覗いてるだろ!?」
〝ガラガラガッシャーン!〟
……油断も隙もない。
※※※※※※※
「いただきまーす」
久しぶりの実家での夕食……海が近いので魚は新鮮、そして料理も美味しい。今夜は母の帰りが遅いということで、桜里姉ちゃんが夕食の支度をしてくれた。
ボクがこの実家に住んでいたとき、仕事が忙しい母に代わって桜里姉ちゃんがよく料理を作ってくれた。
桜里姉ちゃんは料理が上手だ。ボクは父の影響で板前になりたいという夢を持っていたが、実際に父が作った料理を食べた記憶がない。もしかしたらボクは、この桜里姉ちゃんに憧れて料理人を目指しているのかもしれない。
それにしても……上手に魚をさばいているよなぁー。せめてボクもアジの三枚おろしくらいマスターしたいよぉ!
そんな完全無欠の桜里姉ちゃんだが……ひとつだけ困ったことがある。夕食もひと通り食べ終わったところでそれは起こった。
「……ヒック!」
――えっ!?
「カワイイと~りちゃぁ~ん……ヒック! 飲んでるかぁ~い!?」
――こっ、これはマズい!
「ね、ねぇ誰か桜里ねーちゃんに酒飲ませた?」
「アタシだよー! まだ桃里の歓迎の儀式が終わってねーじゃん♥」
杏里姉ちゃんが一升瓶を見せつけてニヤリと笑っていた。桜里姉ちゃん……普段は清楚でとても良い人なのだが酒を飲むと態度が一変する。
「と~りちゃ~ん! ほれ、オマエも一杯飲め」
「だっ、ダメだよボクは未成年だし……」
「なぁ~んだとぉ~! お姉ちゃんの酒が飲めね~のか!? だったら口移しで飲ませてやる!」
そう、桜里姉ちゃんは酔うと「キス魔」に変身するのだ。身の危険を感じたボクはその場を離れようとした。すると、
「逃がさねーぞ! おい梨里! 桃里を捕まえろ!」
杏里と梨里……二人の姉ちゃんに捕まってしまった。
「ほ~ら桃里~、ちゃ~んと口開けなさ~い♥」
ギャルとヘンタイから羽交い締めにされ、キス魔から強引に口を開けられた……桜里姉ちゃんは意外と力が強い。そして……
〝ぶちゅぅううううっ♥〟
強制的にキスさせられた……完全にセクハラだ。しかも……げっ!?
桜里姉ちゃん……舌入れてきやがったぁああああああああっ!?
――えっ……美人のお姉ちゃんにディープキスされてうらやましい!?
冗談じゃない! 相手は人妻……義兄や姪っ子がいるんだぞ! しかも……
「げぇーっ!」
……メッチャ酒臭い!
※※※※※※※
次の日の朝……ボクは自分の部屋のベッドで目が覚めた。大学を卒業したら地元に帰ってきてもいいように部屋はそのままの状態にしてあった。
うぅっ、何か気分が悪い! 昨夜の酒の臭いなのか、はたまた桜里姉ちゃんの舌の感触か……でも今の不快感は下半身の方から伝わってきている。
ボクは横向きに寝ているが……この朝からクソ暑い中、誰か背後にピッタリ密着している。そしてそいつの手がボクの股間を握っているのだ!
「何してんだよ梨里ねーちゃん!」
梨里姉ちゃんは耳元でハァハァ言いながら
「桃里ちゃぁああああん! 昨日は夕立だったよぉおおおおっ、けけっ今朝は朝勃ちだねぇええええっ!?」
完全にヘンタイだ。これでもコイツの顔は桜里姉ちゃんと似ているせいか、中学校まではそこそこモテていたらしい。
でも高校時代に友人から「BLの世界」に誘われ、今ではどっぷりと沼にハマっているようだ。
――えっ……お姉ちゃんに朝から股間を握られてうらやましい!?
冗談じゃない! 完全にヘンタイ行為だぞ! ボクが県外の大学に進学したのはこの三人の姉から逃れるためかもしれない。
「えぇい、いくら勃ってもムダだ! 今日こそ俺の子を妊娠させてやる!」
「オメガバースの設定やめろ! つーか何しに来た!?」
「おぉそうじゃ、葛矢殿から電話があったぞ! お主、ニャインは?」
「あっ、スマホ電池切れだった……つーか何で時代劇口調?」
貴音なのです。「さやか」と「てまり」は頭に「紅」を付けるのです!




