【番外編】ボクは夏休みに帰省した(桃里side)1
八月の暑い日……ボクは久しぶりに生まれ故郷に帰ってきた。
ボクの名前は金沢 桃里、県外の短大に通う十八歳……性別は男だ。
ボクは小さいときから、将来の夢は「板前」になると決めている。幼いとき亡くなった父に憧れ、同じ道に進もうと思ったからだ。
でも正直、ボクは料理の腕がない……海の近くに住んでいながら魚をさばくこともできない。周囲に「料理人になりたい」と言ったら鼻で笑われるレベルだ。
おまけに父が亡くなってから母と三人の姉……つまり女系の家族で生活していたボクは男の人……特に年上の男性が苦手になってしまった。
板前といえば修業……男性の板前に怒鳴られるのが怖かったボクは、実務経験がなくても調理師の資格を取れる「学校」に通うことを選択した。
ネットで大学や専門学校を調べていたら、たまたま今通っている大学の募集案内を見つけた。県外だから知り合いに調理師を目指していることがバレずに済むし、母や姉たちから自立したいという考えもあった。
しかもこの学校は共学……男子でも通えることが決め手になり、ボクは高校を卒業すると県外で一人暮らしを始めた。
だが実際は……共学というのは男女平等を世間にアピールするための言い訳みたいなもので、実際には地元の女子が通うための短大だった。
一応合格したものの、入学したら男はボク一人だけ……いっそのこと不合格にしてほしかった。
でも自分の夢はあきらめたくない! 元々女の子っぽい見た目のボクは「性別不詳キャラ」で通そうと考えたのだが……。
男子トイレ(一応施設内に存在する)へ入ろうとしたとき、他の女子に見つかってしまい「あら、そこは男子トイレよ」と完全に女扱いされた!
結局……気の弱いボクは否定することもできず、そのままズルズルと「女」として過ごす羽目になってしまった。
幸いというか……ボクは小さい頃から三人の姉によく「おもちゃ」として女の子の格好やメイクをされていた……なので女装は得意中の得意だ。
ただ、気の弱い自分を変えようと参加したサークルで、他の大学の男子学生にマジで口説かれるのは正直ツラい。
六月の学園祭……ボクの所属するサークルが模擬店を出すことになった。サークルメンバー・平井 和さんの提案でメイド喫茶になったのだが……。
ボクは栄養学科というだけで厨房スタッフにさせられた! しかもメイド喫茶の定番・オムライス担当だ。
玉子焼きすら作ったことがないボクがいきなりオムライスとは……でも出来ないと言える状況ではなかったので、ネットで作り方を調べて練習してみた。
しかし付け焼刃はしょせん付け焼刃……当日は散々な出来上がり、コーヒーの不味さも相まってボクたちの模擬店はたちまち悪評が立ってしまった。
……そんな中、ボクはあの人に出会った。
同じ栄養学科の「武川 いづみ」さん……平井さんの友人で、調理実習でもプロ並みの腕を見せる憧れの存在だ!
武川さんからボクの料理を思いっきりけなされた。突然怒られたのでショックで泣き出してしまったが、そのあと親切にオムライスの作り方を教えてくれたことがとてもうれしかった。
そして……ボクは彼女に一目惚れをしてしまった。
でも学祭以降、気の弱いボクは武川さんに話しかけるどころか近付くことすらできなかった。そして夏休み……武川さんと会える見込みのないボクは、母から「実家に帰ってこい」と言われたので四ヶ月ぶりに地元へ帰ってきた。
※※※※※※※
ボクの実家は海の近く……大学は近くに海がない「海なし県」にあるので、久しぶりに地元の空気を感じるため駅を降りると真っすぐ海までやって来た。
漁港の岸壁から海を見ながら防波堤に向かって歩く……夏は波も穏やかだ。風も気持ちいい。ただ、今は干潮らしく岸壁がとても高く感じる……ちょっと怖い。
でも海面には魚がいっぱい泳いでいる……大学にいる間は生きている魚と全く触れ合えなかったので、この光景を見ると地元に帰ってきた実感がわいてくる。
だが……しばらく魚たちを見ていたら最初の「洗礼」が待ち受けていた。
「おー桃里じゃねーか! お・か・え・りーっ!!」
〝ボインッ♥〟
「うわっ!?」
〝バッシャーン!!〟
背後から何者かに背中を押され、ボクは三メートルはあろうかという海面に突き落とされてしまった。
〝ブクブクブク……〟
ボクは着衣泳が得意だ。海の近くで育ったので、万が一の事故に備えて服を着たまま泳ぐことができる。実際に何度か落ちたこともあるし……。
そしてボクを岸壁から突き落とした「犯人」……これも目星が付いている。
〝バシャッ!〟
「ぷはっ……何すんだよ杏里ねーちゃん!!」
そう、ボクの二番目の姉・金沢 杏里だ!
※※※※※※※
「杏里ねーちゃん! 何でここにいるんだよー!?」
「はぁーっ!? 姉に向かって何だーその口のきき方はーっ!?」
杏里姉ちゃんは二十二歳、普段は近所のスーパーで働いている。だが見た目はいわゆるギャル、こんな田舎の漁村では浮いた存在だ。ボクは水面から杏里姉ちゃんに向かって叫んだ。
服を着たまま海に落ちると水を吸うので泳ぎにくい。下手すると溺れて死ぬことすらある。ボクはやっとの思いで岸まで泳ぐと杏里姉ちゃんに詰め寄った。
「いきなり手で突いて落とすなんて姉のやることじゃない! 殺す気か!?」
「バーカ! 手なんか使ってねーよ! カワイイ弟が帰ってきたんだ……歓迎のしるしにねーちゃんのおっぱいで押してやったんだよ♥」
「……う゛っ」
この杏里姉ちゃん、地元でも評判の巨乳だ。しかも夏なのでメッチャ露出度の高い格好をしている……正直、目のやり場に困る。
――えっ……巨乳のお姉ちゃんに胸で押されてうらやましい!?
冗談じゃない! 三メートル下の海に突き落とされたんだぞ! しかも……
「あっそうか! 今は干潮だからカンチョーの方がよかったか!?」
「それ絶対にやったらダメなやつ!」
杏里姉ちゃんはとっても下品だ。正直この人の弟でいることが恥ずかしい。
※※※※※※※
「おーい、何やってんだ桃里! 遅せーぞ」
「そんなこと言ったって……」
杏里姉ちゃんは自転車に乗って港まで来た。しかもボクは海に落とされて服がびしょ濡れだ。歩くのが遅いと言われても無理がある。
「桃里! 学校の様子はどうだ!?」
「う、うん……上手くやってるよ」
本当は実習が本気でヤバいんだけど……。
ボクの三人の姉は一番上が結婚して専業主婦、三番目の姉は大学生……父親のいない三女一男の母子家庭で、稼ぎ頭となっているのは母とこの二番目の姉・杏里姉ちゃんだ。生活費も少し仕送りしてもらっている……正直頭が上がらない。
「それにしても……何でボクが港にいるってわかったの?」
「あぁ、桃里を見かけたってアイツから情報があってな」
アイツか……いつものことながら何で直接声をかけないんだろう。
「あっそうだ桃里! 今日桜ネェが来てっぞ!」
えっ!? 桜里姉ちゃんが……どうしたんだろ?
貴音なのです。今回から桃里お兄ちゃんのお話なのです。




