【番外編】私は○○の寿司を買いたい(真秀良side)
私の名前は長沢 真秀良……代替教員ですわ。
元々はパートタイマー、でも現在は中学校で産休補助教員をしている。
代替とはいえ教員というのは大変なお仕事よ! 髪の毛を銀色にしている生徒がいたり、注意するとモンスターペアレントがやって来たり……あぁ、思い出すだけでも忌々しいわ!
そんな私も家に帰れば普通の主婦……夫も子供もいるわ。そして今日は結婚記念日、ちょっとしたお祝いをしたくてスーパーへ買い物に来ているのよ。
本当ならお金をかけたご馳走を作るのが良くてよ。でもつい先日、息子の誕生日を祝ったばかり……なので贅沢はできないわ。そこで……
〝チラッ〟
現在夜の七時……閉店の一時間前。私は今、鮮魚コーナーの近くにいる。
目的は……寿司よ! しかも普段は絶対に買うことがない、一人前千五百円以上もする『極上寿司』よ!
日本人にとって「家で食べるご馳走」といえば寿司一択よ! ピザ? フライドチキン? あんなものはクソの食い物だわ! クソ料理は劣性遺伝子の●唐や●モが食ってりゃいいのよ!!
(解説※ピザもフライドチキンも元カレ・ジェームスの大好物です)
このスーパーの総菜はレベルが高い。しかも「極上寿司」なら記念日のご馳走として十分に通用する。だが一回きりとはいえ一人前千五百円以上……というのは痛い出費だわ。
――だからと言って諦めるのは早いわよ!
現在、極上寿司のパッケージには【三割引き】のシールが貼られている。千五百円なら千五十円に! これだけでも十分安いけど……まだ甘いわよ!
もうすぐ店員がやって来て【半額】のシールを張る時間になるわ! そしたら何と千円の大台を切る! これは粘らないと意味がないじゃない!
主人は残業、息子は部活経由の予備校で帰りが遅い。なので夕食の時間は問題ないわ。問題があるとすれば……世間体! 仮にも教員をやっている手前、生徒たちにこんな姿を見せる訳にはいかない……そこで!
ここは隣町……本当は家の近くにも同系列のスーパーがあるけど、あえて遠いこの店を選んだのよ! 学区外だから生徒や保護者と出くわすことはないわ!
でも……いくら知らない店とはいえ、寿司コーナーの前でガッツリ張っているのはお恥ずかしいこと。私は精肉コーナーで絶対に買わないブランド牛を物色しながら、シールを持った店員がやって来るのを今か今かと待ちわびているのよ。よく見ると同じような行動をしている客が何人も……ライバルですわ!
ライバルに遅れを取ってはいけないわ! しかもこのスーパー、一度買い物カゴへ入れた商品に「シール貼ってください」はNGなのよ……つまり早い者勝ち!
そんなとき、緊張感が張り詰めた私の肩を〝ポンッ〟と叩く者がいた……えっ誰かしら? 私、この辺りに知り合いはいないわよ……恐る恐る振り返ると、
「おー、真秀良じゃねーか! 珍しいなーこんな所で」
――かっかかか……茅乃先輩ぃいいいいっ!?
※※※※※※※
最悪の人間に遭ってしまったわ! 武川茅乃……あ、今は再婚して尾白でしたわね。大学の先輩で、昔の私を知っている……正直一生関わりたくない人だわ!
「あっ、あら……お久しぶりですわね」
「何やってんだー!? あっ、もしかして半額の寿司でも狙ってんのか!?」
――図星よぉおおおおっ! でもそんなこと口が裂けても言えるかっ!?
「そっ、そんな鮮度の落ちた物……食べませんわよ」
――それを虎視眈々と狙ってたのよ! 邪魔だからあっち行ってろ!
「それにしても奇遇だなー! 何だ、こっちに住んでるのか?」
「えっ、えぇ……まぁ、近くなので」
――半額寿司のために隣町へわざわざ来たんだよぉおおおおっ!
「そっか、じゃあ今度遊びに行くわ」
――オマエだけは絶対に来るなぁああああああああっ!
「そっ、それより茅乃先輩はどうしてこちらへ?」
「私か!? 上の娘がこの近くのジムでバイトしてんだよ! 今日は様子見も兼ねて筋トレしてた」
リサーチ不足!! この脳筋女の行動範囲をもっと知っておくべきだったわ。
「そ、それじゃ私は急いでおりますので……失礼」
「えっもう帰るの!? もう少し待てばお弁当半額になるぞ」
知ってるわぃ! 何ならそれが目的だ! でもオマエのせいで……いや待てよ、
「茅乃先輩……もしかしてそのようなモノをお買いに?」
もしかしたら茅乃先輩も半額弁当を買いに来たの? だとすれば、そんな恥ずかしい所を私に見られたくないわよね? こっ、これは茅乃先輩にマウントを取れるチャンスなのでは!?
「そうだよ! 今夜は作るのめんどくせーから半額弁当買って帰るわ」
――恥も外聞もねぇのかこの女はぁああああっ!?
「ま、まぁそうやって食品ロス削減にでも貢献されればよろしくてよ……では」
私は茅乃先輩に背を向けその場を立ち去ろうとした。そのとき!
バックヤードからシールを持った店員が現れ、総菜や弁当に半額シールを貼っていった。すぐに周りで買い物をしていた客が群がり、シールの貼られた総菜や弁当を次々と買い漁っている。
やがて店員は寿司のコーナーに……やっぱり! 近くでずっと干物を見ていたあの客……やっぱり半額寿司狙いだったのね!?
あぁ! 今すぐアイツらを押しのけて買いたいのに、茅乃先輩のせいで買えなくなったじゃないのよ! お願いぃいいいい残してちょうだぁああああい! オマエたちはいつも通りでも、今日の私は特別な日なのよぉおおおおっ!
でもそんな願いはこの劣性遺伝子どもに通じない。私は泣く泣く諦めることにした……くそぉおおおおっ! せっかく隣町まで来て長時間粘ったというのに! 全ては尾白茅乃……オマエのせいだからなぁああああああああっ!!
ショックだわ……私は半額じゃない蛸と紅しょうがを買うとレジに向かった。仕方ない、今夜はタコ焼きパーティーと言って誤魔化すか。
と、そのとき……私は再び肩を〝ポンッ〟と叩かれた。振り向くと……やっぱり茅乃先輩だ! 何の用? 惨めな私を笑いに来たの!? すると茅乃先輩は
「ほれっ」
と言って私の買い物かごに極上寿司を三人分入れた。
「えっ……なっ、これ……」
「オマエ、これ欲しかったんだろ!? ずっと目線で追ってたぞ」
――バッ、バレていたぁああああっ!
「そっそんなことありませんわ失礼な! でっでも、もうすぐ閉店ですしこのまま誰も買わないのはもったいないですから仕方ない、私が買って差し上げますわよ」
――茅乃先ぱぁああああぃ! ありがとぉおおおおっ!
これで結婚記念日が祝える……が、保護者に私の愚行がバレてしまった。しかもよりによって……
いえ、まだよ! まだ生徒にはバレていないわ! 生徒なんかにバレたらそれこそ厄介! 次の日には噂が全校に広まり、おそらく「半額先生」などというあだ名を付けられ教師の威厳は失墜……それだけは避けねば!
「ママさん、やっぱりこれがほしいのです!」
「えっ貴音ちゃん、まだウチにコーヒー豆あるよ」
「えっでもこれは焙煎が……あっ長沢先生、こっこんばんはなのです」
――生徒いたぁああああああああっ! はっ早く会計しないと!
「特上寿司三点……こちら【半額】になります」
――いちいち読み上げるなバカ店員! あっ、カゴの中身見られた!
「ママさん、あのシールは何なのですか?」
「あぁ、あれはね……」
――聞くなぁああああっ! そして説明するなぁああああっ!
翌日……私は全校生徒から「半額先生」と呼ばれるようになった……
かっ……茅乃ぉおおおおおおおおっ!!
貴音なのです。ママさんはあのシールを「勝利の証し」と呼んでいたのです。




