私は妹にガマンさせたくない(いづみside)前編
「おねえちゃんっ!!」
私は……いきなり妹に怒られた。
※※※※※※※
夕食後、私は妹の貴音と一緒にお気に入りのテレビドラマを見ていた。
いいとこのお嬢さん……といった感じの妹は一人掛けのソファーにお行儀よく座り、一方の私は三人掛けのソファーに寝そべってドラマを見ていたのだが……
夕食後のリラックスした雰囲気……身も心も落ち着いていると突然、どこからともなく「ある感覚」がやってくる。お腹が張ってきて……
――あっ……屁が出そう。
母・茅乃が作る料理は食物繊維が多い。イモや豆類などを毎食バランスよく取り入れている。そのせいだろうか……ときどきオナラが出る。まぁ健康な人でも一日五~六回は出るそうだから私が異常……というワケではないだろう。
しかも「家の中では遠慮しない」のが武川家の流儀。母と二人で狭小アパート生活をしていた時代、ガマンなどしたらストレスになる。ていうか茅乃がまったく遠慮せずにかますので、私も対抗しなければやっていけないのだ。なので……
〝ブッ〟
「おっ、わりぃわりぃ」
一応、申告と謝罪は礼儀だ。「親しき中にも礼儀あり」と言うではないか。私は妹に放屁を申告して、そのままドラマの続きを見ていた。すると……
「おねえちゃんっ!!」
妹が怒ったような顔をしているのだ。
「おねえちゃん、何でいつも貴音の前でプープーするのです!? もっと気を遣ってほしいのです」
いや怒っていた。あぁそうか、この子に武川家の流儀は通用しないのか。
――それにしても……妹は怒った顔もカワイイ♥
「えっ、別にいいじゃんオナラくらい……」
「よくないのです! はしたないのです! もぉっ、おねえちゃんはそうやって人前でも平気でプープーするのですか……ぷぅ!」
おいおい自分で「ぷぅ」と言ってプク顔になるなよ……かっ、かわいすぎる♥
「いやいや、私だって公共の場ではしないぞ……あぁでも、高校時代は教室とかでフツーにしてたなぁ……」
「えっ、教室で!? ありえないのです」
「それなー、でもほらっ私って女子校(出身)じゃん!? 別に気にする相手なんかいなかったし……クラスの連中ほぼ全員してたわ! 中にはウケ狙いで授業終了五分前になると必ずブチかますヤツもいたぞ」
うわっ、貴音ちゃんドン引きしてるわ……こりゃ女子校の実態なんか全部話したらショック死するかもな……あははっ!
それにしてもこの子は……
私がオナラした程度であんなにムキになって怒るとは……何で? お嬢様だから潔癖症? いや……あぁ、これって……はは~ん、
――もしかして貴音ちゃん……オナラをガマンしているな?
本当は自分もしたいんだ! でもそこは思春期少女、たとえ家族の前でも恥ずかしくて出来ないってことなのかも? で、今めっちゃガマンしてイライラしているときに私が平然としたのでキレたってことか?
「えっ、何? 貴音ちゃんもオナラしたいってこと?」
妹がビクッと反応した。わかりやすいなーおい。
「たったた貴音は……そっそんなことしっ、しないのです!」
「え~っ、ホントにぃ~!?」
はは~ん、やっぱり……この子は絶対に人前でしたくないタイプだ。
「ほっ、本当なのです! 貴音はオナラなんてしないのです」
「ほぉ~! じゃあ……今から貴音ちゃんのお腹を押してみようかなぁ?」
そういう一昔前のアイドルみたいなことを言われると、それをブチ壊して攻めたくなる……私の「タチ」の心に火がついた。(タチ=攻め側・男役)
「おっ、おねえちゃんは何考えてるのですか!?」
「ん~っ? 貴音ちゃんってどんなオナラするのか聞いてみたいなぁ~♥」
「へっ! ヘンタイさんなのですか!? ヘンタイさんなのですか!?」
何で二回繰り返した? 私はヘンタイでもオナラフェチでもない。ただ、人前でオナラをしたことが無いであろう妹が、私の前で放屁したらメッチャ恥ずかしがる表情をするに違いない。そう、これは……
――羞恥プレイだ♥
ウブな妹が恥ずかしさの極致に達した顔が見たい! すでに顔が赤くなっているが、この恥ずかしがっている表情がたまらん……あぁやっぱ私はヘンタイか。
「そ~だよぉ、お姉さんはヘンタイさんなのだぞぉ~♥ さぁ貴音ちゃん! ヘンタイお姉さんにオナラを聞かせるのだぁ~♥」
私は妹に襲いかかった……おそらく今の妹なら、動くと無意識のうちにオナラが出てしまうかもしれない。
「ひぃっ!」
驚いた妹は立ち上がり、ソファーの周りを逃げ回った。私は妹を追い回し……
「こらっクララ! 遊んでいるんじゃないのです!」
それを見た妹の愛犬・クララが遊んでくれると勘違いして私たちを追い回し……ヘンな追いかけっこが始まってしまった。
だがドラマの続きも気になる。私と妹は追いかけっこをしながらもテレビ画面から目が離せなかったので、途中で足を止めたりソファーに座ったりしながらグダグダな追いかけっこを続けていた。あぁでも、妹は相当ガマンしているのかソファーにはまったく座らないな。
よっしゃ、あともうちょっとで捕まえられる! 捕まえたらマジで貴音ちゃんのお腹を押して放屁させ、どさくさに紛れておっぱい触ってやろう……
……などとは思っていなかったが、あとちょっとで捕まえられるというタイミングでドラマが終わりエンディング曲が流れ始めた。その瞬間、妹はリビングのドアめがけ一目散に逃げていき、こちらを振り向くと、
「もおっ、おねえちゃんなんか嫌いなのです! バカッ、ヘンタイ!」
と言って舌をベーっと出すとそのままリビングを出ていった……もうっ! この子は何をやってもカワイイ♥
行っちゃった……でも羞恥プレイとしてはまぁまぁ堪能できたわ♥
――だけど……これってマズいよなぁ。
私が引越してきたことで貴音ちゃんの居場所が追いやられたとしたら……家の中でも他人行儀な付き合いを続けていったらストレスが溜まっていくに違いない。
武川家の流儀を押し付ける気などまったくない。そもそもここは尾白家、つまり貴音ちゃんの家だし……姉として、妹が今まで通りリラックスして過ごせる環境をつくってやらないとダメだよな……?
……あっ!?
あの子、次回予告を見逃たな……しょうがない、聞かれたら後で教えてやろう。
貴音なのです。おねえちゃんはひどいのです! なので次回は仕返しするのです!




