貴音はおねえちゃんたちとカラオケするのです(貴音side)イントロ
「おねえちゃん、折り入って相談があるのです」
この日、貴音はおねえちゃんに「ある相談」をしたのです。
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「えっ、カラオケ行きたい!?」
貴音は今週末、おねえちゃんとカラオケに行きたいとお願いしたのです。
「はいなのです」
「珍しいね、何でまた急に?」
そうなのです! 貴音はいわゆるJ-POPとか、そういう類の音楽に全く興味がないのです! おねえちゃんもそれを知っているので、貴音のお願いは「ねずみにみみ」じゃなかった「寝耳に水」だったのです。
「実は……これにはのっぴきならない理由があるのです」
「貴音ちゃんって時々中学生らしくない言葉使うよね。で、何なの理由って?」
「それは……話が数日前にさかのぼるのです! ほわわわ~ん♪」
「昭和のバラエティー番組に出てくる回想シーンか!?」
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「ああっもう! また誰か外してるでしょ!?」
ここは中学校の体育館なのです。貴音たちのクラスは「文化祭」に向けて練習をしているのです。
文化祭とは言っても、おねえちゃんの大学の学園祭みたいに模擬店とか出ないのです。文化部の人たちが作品を展示したり、体育館で演劇部が劇をしたり、吹奏楽部が演奏をするのです。
そしてメインは、各クラスによる合唱コンクールなのです。優勝してもただ教室に賞状が飾られるだけなのですが、貴音のクラスの中にメッチャ気合いの入っている人がいるのです。
それは双子の姉・菱山天ちゃんなのです。
天ちゃんは貴音たちのクラスの委員長なのです。小さい頃からお母さんに「お姉さんらしく」と言われ続けていたせいで、何ごとにもリーダーシップをとる性格になっていたのです。
なので一学期も二学期も、誰もなろうとしなかった学級委員長へ自主的に立候補したのです。クラスのみんなは厄介ごとに関わらなくて済むから安心していたのですが、たまに暴走機関車の天ちゃん自身が厄介ごとになるのです……でも選んだ手前、誰も文句が言えないのです。
この日は合唱コンクールの練習なのです。誰よりも気合いの入っている天ちゃんは、自ら指揮者となってクラスのまとめ役になっていたのです。そして練習中、何度も同じパートで音を外す人がいるので天ちゃんはイライラしていたのです。
「あっ、じゃあ時間だから解散! あとは各自で練習してきてね!」
クラスメイトがぞろぞろと教室に移動中、貴音は並んで歩いている天ちゃんに声をかけたのです。
「天ちゃん、大変なのですね」
「そうねぇ……何度やっても音程を外す困ったヤツがいるからね」
天ちゃんは明らかに機嫌が悪そうなのです。
「全く……クラスの輪を乱す困ったちゃんなのです! 一体誰なのですか!?」
その言葉を聞いた天ちゃんは、急に貴音の目の前に回り込むと
「それはねぇ……アンタだよ尾白貴音!」
怒りの表情で貴音を指差したのです。
――えぇええええええええっ!?
「そっそれは……青天のムキムキなのです」
「それを言うなら青天のヘキレキ! 誰も筋トレしてないわよ」
「えっ……貴音は音痴じゃないのです! 自覚症状などないのです」
「そりゃ自覚していれば外さないだろうね」
信じられないのです! 貴音が今まで音程を外してクラスのみんなに迷惑をかけていたなんて……
「これはきっと、貴音のセンスに時代が気づいていないだけなのです」
「えっ何その自分を正当化できるプラス思考は?」
「そうなのです! 天ちゃんが貴音の才能を理解してないのです! 貴音はちゃんと歌えているのです! 音痴じゃないのです」
「あのねぇ! みんなの前で恥かかせないように黙っていたけど……じゃあ帰りのホームルームでクラスのみんなに聞いてみるわよ!?」
貴音と天ちゃんが一触即発になったそのときなのです!
「おーい、音痴の貴音っちー!」
「ぐはぁ!!」
野牛島樹李ちゃんがやって来て、貴音の主張は見事に蹴散らされたのです。
「たっ、貴音は……やっぱり音痴なのですか」
「ドンマイ貴音っち! まだ本番まで時間あるっすよ」
なんと樹李ちゃんは貴音を励ましてくれたのです。やっぱり持つべきものはお友だちなのです!
「いやー、それにしてもあのサビの部分でひとりだけ外しているのって……やっぱ貴音っちは笑えるっす」
……前言撤回なのです。すると天ちゃんは
「アンタもだよ野牛島樹李!」
「……へっ!?」
今度は樹李ちゃんに食ってかかったのです。
「えっ!? 樹李タソは音程外してないっ……すよ」
「確かに音程は外してない! でもアンタ、リズムが滅茶苦茶じゃん!」
「えぇっ!?」
「何で四分休符のときにひとりだけ声が出てるのよ!? 間違いなく樹李、アンタの声だからね!」
天ちゃんは確実に怒っているのです。暴走機関車は怒らせると厄介なのです。
「これはきっと、樹李タソのペースが時代を先走っているだけっすよ」
「貴音と樹李ってなんか似た者同士よね!?」
これはマズいのです! 音程を外す貴音とリズムがズレる樹李ちゃん……音痴界のツートップがウチのクラスにいるのです! 別に優勝する気はないのですが、最下位という悪目立ちも避けたいのです。
「そこでさぁ二人とも! ちょっと私から提案があるんだけど……」
そのとき……天ちゃんが貴音と樹李ちゃんに意外なことを言ってきたのです。
「えっ!?」
「何なのです?」
「アンタたち、普段歌うことに慣れていないでしょ!? だからさぁ、今度の休みにみんなでカラオケ行かない!?」
――カラオケ!?
「そっそれは……行ってはいけない場所なのです」
「あぁもちろん! 中学生だけの利用は校則で禁止だけど……保護者同伴なら大丈夫よ! 深夜はダメだけどね」
「保護者って……」
「貴音ちゃん、お姉さんも一緒にカラオケ誘ってくれない?」
「えっ、師匠も一緒なら樹李タソも行きたいっす」
「じゃあ決まりね! 貴音ちゃん、お姉さんにお願いしておいてね」
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「♪ほわわわ~ん……と、いうワケなのです」
「私のいない所で勝手に話を進めるな!」
そうなのです! おねえちゃんには今初めて相談したのです。なのでおねえちゃんにダメと言われたらそれで終わりなのです。
「まぁカワイイ妹の頼みだからな……行ってやってもいいけど」
「本当なのですか!? 貴音は助かるのです! あらいぐまはラス●ルなのです」
「ネタが昭和だぞ」
おねえちゃんが貴音たちの特訓に付き合ってくれるのです。これはありがたき幸せなのですが……
「ところで……おねえちゃんはカラオケするのですか?」
貴音たちに付き合わせただけなら申し訳ないのです。
「もちろん! お姉ちゃんはカラオケ大好きだぞ、ほらっ」
そう言うとおねえちゃんは会員カードを見せてくれたのです。心強いのです!
「ところで……貴音ちゃんって運動も苦手、歌も苦手なんだね」
「ううっ! 貴音はカワイイしか取り柄がないのです」
「おい、今サラッととんでもないこと言ったな!?」
こうして貴音たちは、おねえちゃんとカラオケへ行くことになったのです。
貴音なのです。貴音はカラオケ初体験なのです!




