私の百合好きが家族にバレた(いづみside)
「たーかーねーちゃぁああああん!」
「びくぅ!!」
私は妹の貴音ちゃんを異性ではなく同性……いわゆる「百合」に興味を持ってもらうために、自分の部屋のベッドの下に「百合小説」をわざと隠しておいた。
案の定、妹は百合小説を見つけるとその場で読みふけっていた。だが想像していたほど驚いた様子もなく冷静に……と言うよりつまらなそうな感じだった。
うーん……やはり「粟津まに」などという三流作家のクソ小説じゃ感情移入できないのかなぁ。
やがて妹は思わぬ行動に出た。百合小説をベッドの下へ戻すと他の場所を探し回り、今度は机の引き出しの中からラノベ雑誌を見つけたのだ。そしてその雑誌に掲載されている新人百合作家「良坊種夢」の小説を読み始めようとした!
マズい……良坊の百合小説は過激すぎて、とてもじゃないが中学生の読める内容じゃない! 私は慌てて部屋に入ると妹が読むのを阻止した。
「貴音ちゃん、ベッドの下から何を取り出していたの?」
私に問い詰められた妹は、悪いことをしたという自覚があるのだろう……まるで捨てられた子猫のように目を潤ませながらこっちを見ている。
ヤバい……良坊の小説はまさにこんなシチュエーションだ。最初に一線を越えたシーンは、弱みを握られたネコ役が目を潤ませながらタチにレ●プされ……おいおい妹よ! そんな顔されたら小説思い出してムラムラしてくるじゃねーか♥
「貴音ちゃん、初めて百合小説読んだ感想は……どうだった!?」
妹には百合に興味を持ってほしい。ただし、まだこの事は他人に口外してはいけない……二人だけの秘密にしなければならない。
私はこみ上げてくる欲望を抑えながら、過度な恐怖心を与えないよう妹に優しく問いかけた。すると怯えている妹から予想外の答えが返ってきた。
「あっあれは……ひゃくごうと読むのではないのですか?」
……あれを「百合」と読む妹は、相当レアな日本人に違いない。
「あれはねぇ、ゆりって読むんだよ! だから百合小説!」
「ゆいしょうせつ?」
「慶安の変の首謀者じゃねーよ!」
由井正雪について知りたかったら勝手にググってくれ! 私が知りたいのは妹の百合に対する感想だ。
「で、どうだったの? 読んでみた感想は」
「うーん、何かつまんなかったのです」
うわぁー! やっぱり粟津の本じゃダメだったかぁー!? コイツの小説はある意味「軽薄な小説」だ!
内容が薄っぺらで文章も稚拙……もしこんなヤツが国語教師なら絶対に教わりたくない! 間違いなくコイツは女性経験のない童貞野郎に違いない!
ただ、一応百合小説らしいラブシーンは存在する。キスに始まり、お互いが初めて裸体を見せ合うシーンや、最後にはベッドシーンもある。これを読んでも妹は何も感じていないのかな?
「そっ、そうなの? えっ、ちょっとエッチなシーンとかもあったでしょ?」
ちょっと……とは私が勝手な判断で付け足した言葉だ。実際の登場人物はガッツリとヤッている。
これを読んで何も感じないとは……妹は重度の「おぼこ娘」か、この程度では動じない「むっつりスケベ」か……どっちにしろ良い傾向だ♥ だがこの後、妹の口から出た言葉に私は驚愕した。
「だって……この二人は生き別れの姉妹というベタな設定なのです! 姉妹ならこんなこと普通なのです」
まぁ確かに三流小説家らしいベタな設定だが、姉妹ならこんなこと普通……ってどういうことだ!?
「貴音とおねえちゃんも姉妹なのです! 毎晩お休みのキスをするのです。一緒にお風呂入っているのです。時々同じベッドに入って抱き合って寝るのです。だからこの小説、普通のことしか書かれてないのです」
うわっ! いつの間にかレベルアップしてしまった「無自覚おぼこエロ娘」がここに爆誕していたぁああああっ!
もう私たちって「姉妹」としてかなりのレベルまでヤッてたのか!? こっこれはマズい! 今から「姉妹」と「恋人(百合)」の違いを説明しなければならなくなった……どうしよう!?
「いやぁ……これは姉妹の仲の良さを描いた小説じゃなくて……」
「じゃあこのヘンテコな小説は何なのです?」
「こっこれはお姉ちゃんが好きな百合というジャンルの本で、その……女の子が女の子を好きにな……」
「女の子が女の子を? 貴音は天ちゃん空ちゃんも好きなのです! 一緒にお風呂入ったこともあるのです」
「いやいや、そういうのともチョット違ってそっその、女同士でセック……」
――言えるワケねぇだろぉおおおおおおおおっ!!
ダメだ……こりゃイチから作戦を練り直しだ! まずは「LOVE」と「LIKE」の違いを妹に教え込まなければならない。でもこの単語の違いって漠然とはわかっていても、ちゃんと違いを説明するのは難しいよな。
と、ちょうどそのとき廊下から声がした。
「おー、いづみ帰ってんじゃねーか! 何だよ、ただいまも言わずに……」
母の茅乃が部屋に入ってきた……マズい! 今の状況で入ってきたら面倒くさくなる。すると妹はとんでもないことを言い出した。
「おねえちゃんもわからないのですか!? じゃあママさんに聞くのです」
――それだけはやめろぉおおおおおおおおっ!
私が同性愛者だということは茅乃にカミングアウトしていない。私の元カノ・平井和との関係もずっと「友だち」として隠し通しているのだ。なので私が百合小説を読んでいるなどということは口が裂けても言えない!
「たっ貴音ちゃん! お姉ちゃんが百合の本持ってることは言っちゃダ……」
「ママさん! おねえちゃんが百合の本を持っているので……むがぁ!」
言っちまったよ妹はぁああああっ!! 私は瞬時に妹の口を押さえようとしたが間に合わず……頼む茅乃! 今の妹の発言、聞き逃してくれぇ!!
「何っ? いづみ、オマエ……百合の本持ってるのか!?」
――終わったぁああああああああっ!
「い、いや……好きとかそういう……」
すると妹は口を押さえていた私の手を強引に外すと
「おねえちゃんは百合が好きだと言っていたのです!」
あぁ……完全に終わった! 私は茅乃に勘当され、この家を出て行かなければならない。妹よ……残念だがお別れだ。
だが茅乃は私の肩に手を置くと、意外なことを口にした。
「そっかぁいづみ! オマエ、百合がいいんだな!?」
「……えっ!?」
「いやぁ、玄関横に空いてるスペースあんだろ? あそこが殺風景だからなーんか背の高い花でも植えようって考えていたんだけどさ」
「……?」
「コスモスやヒマワリも考えたんだが……やっぱ私的には百合がいいって思ってたんだよ! そっか、いづみもそう思ってたんか!?」
茅乃はニコニコしながら私の肩をバンバン叩いた。
「しかもオマエ、本まで買うほど好きなんか!? じゃあいづみの方が詳しそうだから球根植えるのオマエに任せるわ!」
と言い残し、茅乃は上機嫌で階段を下りていった。
「……えっ!?」
後日……私はホームセンターで、百合の球根と肥料と「育て方の本」を買った。
貴音なのです。貴音の好きな花は「アネモネ」なのです!
アネモネ……姉モネ……姉揉め……なのです♥




