私は母の代理で保護者競技へ出場することになった(いづみside)
「午後はママが貴音ちゃんの汚名返上してやっから」
私は妹・貴音ちゃんの通う中学校の体育祭に来ている。運動音痴っぷりが露呈されてすっかり落ち込んでいる妹に母の茅乃が声をかけた。
「えっ……母さん、何するつもりなんだよ!?」
「おいおい、私の格好見てわからんのかぃ!」
そういえば……今日の茅乃は朝からずっとジャージ姿だ。まさか……
「プログラム見てみな! 午後イチに保護者競技あんだろ!?」
午後の部の最初の種目は『障害物リレー』……保護者と教職員による対抗戦だ。
「私は一年生(保護者)チームのアンカーなんだよ! 私がこれで一等賞とって貴音ちゃんの汚名返上してやるから期待してな!」
だから汚名って言葉は本人が傷つくから使うなよ! それと継父の延明さんといい茅乃といい……フラグが多いなぁ。
しかも……茅乃のフラグは思いっきり早い段階で回収されることになった。
「よっしゃ! ご飯も食べ終わったしそろそろウォーミングアップするか!」
茅乃は気合十分だ。コイツは若い頃、子どもたちに剣道を教えていた……私に剣道を教えてくれた最初の師範でもある。
今でも同世代と比べたら体力的に上回っているだろう。今朝の「場所取り」にしても四十路の全力疾走……もはやチートレベルだ。
だが……
〝グキッ!〟
ん!? 何か今、ヘンな音が聞こえたような……?
音のした方に目をやると……茅乃がうずくまっていた。
「お、おいどうした!?」
私が駆け寄ると、茅乃は弱々しい声で、
「アイタタタ……こっ腰が、腰が……」
――えぇええええええええっ!?
※※※※※※※
「あー、これはたぶんギックリ腰ですね」
私が茅乃を肩につかまらせてゆっくり大会本部まで連れて行くと、養護教諭と思われる人にそう告げられた……まぁそんな気がしてたが。
「どうします? あまりひどい様なら病院に連れて行きますけど……」
「い……いやいい! 安静にしていれば……」
茅乃はやせ我慢をしているようだ……でもまぁ本人が大丈夫と言ってるのだから病院に行くほどのことじゃないのだろう。
ここは本部テントの隣にある救護テント……中には貧血で倒れたであろう女子生徒が数名横になっていたが、そんな中で四十路BBAがギックリ腰で倒れている姿は異様な光景で思わず失笑してしまった。
「おぃいづみ! 何笑ってんだよ!?」
「だってさぁー……ったく、年甲斐もなく無理すっからだよ」
「うっせぇな!」
「つーか、障害物リレーどうすんだよ!? もうすぐ出番だぞ」
「あっそうだ! うっ、イタタタ……」
「おい、無理すんなって……」
これだけ元気なら大丈夫そうだが、だからといって競技に出る状態じゃない。
「どうする、他の保護者さんに出てもらうなら早めに言った方が……」
「いやダメだ!」
「えっ!?」
「アイツは……アイツは私が倒す!!」
――え、アイツって……?
茅乃は何かを隠しているようだ。私がそれを聞き出そうとすると、茅乃はとんでもないことを言い出した。
「そうだ! いづみ!!」
「…何?」
「オマエ……私の代わりに出ろ」
「……は!?」
「私の代理で障害物リレーのアンカーをやってくれ! オマエならできる!」
――はぁああああああああっ!?
「じ、冗談じゃないよ! 何で私が!?」
「オマエだって貴音ちゃんの姉だろ!? だったら保護者じゃん」
「あぁそうか、ってイヤイヤ! 私まだ十代だけど保護者に交じっていいのか?」
「先生チームだって二十代がいるんだから心配するな、私がPTAの会長に頼んでおくから……イタタ」
と言うとさっそく茅乃は近くにいた教師らしい人に伝言を頼んでいた。
※※※※※※※
『次は、先生と保護者の代表による障害物リレーです! 選手の皆さんは集合してください』
「えっと尾白さん……ですよね? こちらに並んでください」
結局、茅乃の要求が通り、私は代役として障害物リレーの保護者チームに入らされてしまった。しかもアンカーという責任重大なポジションだ。
だが……それよりもっと困ったことがある!
それは私の服装……今日は運動するつもりなど一ミリもなかったので、ジーンズにTシャツという思いっきり普段着なのだ。
まぁそのくらいなら問題はない! 周りを見渡すと三~四十代くらいの人たちばかり……ハンデと考えればむしろこの姿で十分だ!
問題はそこじゃない。私が最も心配しているのは……
――ブラジャーだ!!
今日は薄手のシャツを着ているので、バストラインが目立たないように「小さく見せるブラ」を着用している。
しかも今朝、着けようと思ったら後ろのホック(金具)が少し広がっているように見えた。もうだいぶ使い込んだので捨ててもいいと思ったのだが、今日は体を動かさないと思ったし値段の高いブラだったのであと一回使ってから……という貧乏性がついつい出てしまった。
これって最悪の場合……公衆の面前、しかも妹の学校、さらに男子中学生が大勢いる前でブラが外れてしまうんじゃ……!?
――うわぁああああああああっ!
冗談じゃない! こんなことならスポブラ着けてくればよかった。
まぁでも……所詮は中学校の保護者競技、障害物とは言ってもSUSAKEのように高度な運動能力を必要とするアトラクションではないだろう。
きっと耐えられる……長いこと頑張ってきたブラの最後の仕事だ! この戦いが終わったら「お疲れさま」と労ってから捨てよう。
……あ゛っもしかして私、フラグ立てちまったか?
「あらっ? 貴女は確か……」
私がブラの心配をしていると、隣から声を掛けてくる人が……誰だろう? 私はこの学校の関係者に知り合いなどいないハズだが……。すると、
「思い出したわ! 茅乃先輩の娘さんね!?」
――えっ!? あっ!
――あぁああああああああっ!!
私も思い出した! コイツは以前、妹に対して差別的な扱いをしたバ……代替教員「長沢 真秀良」だ!
私の隣……ということは教員チームのアンカーなのか? 前に会ったときは着物姿にざます眼鏡でお団子ヘアの印象が強かったが、今日はジャージ姿にメガネなしでポニーテール……印象が違っていたので一瞬誰だかわからなかったが、まだ居やがったのかこの学校に!
「あぁ、私も思い出しましたよ! 確かガバガバのガ……」
「言うなぁああああっ!」
コイツは一見、地味系アラフォー女だが茅乃の「爆弾投下」以降ヤリマ●女にしか見えなくなっていた。
「コホン! で……なぜ貴女がここに?」
「あぁ、私は母の代役で……」
私がそう言うとガバ子こと長沢真秀良はニヤリと笑った。
「そう……相手が茅乃先輩だったらどうなることかと思ったけど、娘の貴女だったら遠慮なく叩きのめしてあげるわよ! この間の恨み、晴らさでおくべきか!」
おいおい、勝手に恨まれてるんだけど……そうか! 茅乃が言ってた「アイツは私が倒す!!」ってそういう意味だったのか!?
だったら面白れぇ……私だって妹の恨みを晴らさでおくべきか! 茅乃の代わりに私がコイツを倒す!!
貴音なのです。おねえちゃん! がんばるのです!!




