私の家族は妹の体育祭を応援しに行った(いづみside)
あれ? 何かこれ……金具が変形してるかも?
まぁだいぶ使い込んだし……もったいないけど今度使ったら捨てるか。
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今日は妹・貴音ちゃんの通う中学校の体育祭だ。
体育祭と言っても色々な種類がある。仮装行列やダンスなどお祭り色の強いものから、いわゆる球技大会を体育祭と呼ぶものもあるらしい。
妹の中学校の体育祭は、簡単に言うと小学校の運動会と同じだ。なので生徒の家族も招待されていて、プログラムの中には保護者が参加する競技もある。
この日は朝から保護者による「場所取り」が行われる。学校側の合図で一斉に好きな場所を取る先着順なのだが……
「うおりゃああああっ!」
〝バサッ!〟
「よっしゃぁー、取ったどー!」
母の茅乃は誰よりも速く走り出すと、投網のようにレジャーシートを投げて場所を取りやがった。
この女に遠慮という言葉は存在しない。まぁ四十路BBAの全力疾走を見た瞬間に周囲の保護者は戦意喪失していたが。
茅乃はこの日のために腕によりをかけた弁当(重箱)を用意し、普段は仕事が忙しい継父の延明さんも休みを取るという気合の入れようだ。
「あら延明さん、ビデオカメラじゃなかったの!?」
継父がバッグから一眼レフカメラを取り出すと茅乃が聞いてきた。普通は運動会のような行事といえば、保護者は写真よりもビデオを撮りそうなものだが、
「あぁこれはね、動画を撮るためなんだよ」
「動画?」
どうやら継父はビデオカメラではなく一眼レフカメラを使って愛娘、つまり妹の動画を撮るつもりらしい。
「スマホじゃダメなの?」
「一生の記念だからねぇ……アップにしたとき、ちゃんと表情まで鮮明に残すようにしたいんだよ」
継父はそう言うと、今度はバックの中からカメラより大きな物体を取り出した。
「えっ、それって望遠レンズ!?」
私はカメラに詳しくはないが、でもそれが何となく高価な物……という認識はある。私が聞くと継父は
「そうだよ! 最大五百ミリのズームレンズだよ」
五百ミリと言われてもよくわからんけど……
「何か高そう……いくらしたんですか?」
「ん、まぁ三十万円くらいかな!?」
「さっ……三十万!?」
貧乏暮らしが長かった私と茅乃は目を丸くした。
「だって、貴音が中学に入って初めての運動会(体育祭)だからね! 貴音の活躍をちゃんと収めなきゃ」
普段大人しい継父は珍しく鼻息が荒い。でも私には継父のセリフが「フラグ」にしか聞こえなかった。
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『宣誓! 私たちは……』
スピーカー越しの開会式が終わり体育祭の競技が始まった。校長先生は気を遣ってか挨拶が短めだったのだが来賓の市会議員やらの挨拶が長すぎ……次の選挙でコイツにだけは投票するまい。
「貴音が出てくるのはどの種目なんだろうねぇー」
継父はいつになくソワソワしてカメラを構えていた。
『次は、一年生による徒競走です!』
「えっ一年だって! 貴音ちゃん出てくるんじゃない!?」
「そうだね、ちゃんと走ってる姿を見失わないようにしないと……」
茅乃と継父は期待に胸を膨らませていたが……
「よーい」〝パーンッ!〟
…………!?
『選手の皆さんお疲れさまでした! 次の競技は……』
「……あれ?」
妹の姿が見えなかったことで、終始ワクワクしていた夫婦はフリーズした。
「貴音は……出てたかな?」
「いや見てない……えっ何で!?」
――おいおい。
今、放送で「選手」って言ったろ……これはクラスの代表による種目だ!
妹は運動神経が悪い。それは今までの付合いで何となくわかっている。この体育祭はクラス対抗……どのクラスもガチで優勝を狙っているであろうこの体育祭において、妹の出番はたぶん無い。
『次はクラス対抗の二人三脚リレーです』
「あぁっ……これも出てないなぁ」
『大縄跳びです』
「出てないよぉ!」
『部活動対抗リレーです』
「えぇっ、何で貴音ちゃん出ないの!?」
当たり前だ、妹は「帰宅部」だから参加資格ねーよ! そして継父はカメラを構えるのを止めた……三十万がムダになったと悟った瞬間だ。
「くそぉ何で貴音ちゃん出さないんだよ!? こうなったら校長に直談判だ!」
――おいやめろ茅乃! オマエはモンペ(モンスターペアレント)か!?
『次はクラス対抗の玉入れです』
「あっ、やっと貴音ちゃん出てきたよ!」
ホントだ! 代表に選ばれる種目があったんだ。妹の姿を見て親バカの二人は手を取り合って喜んだ。だが……
「よーい」〝パーンッ!〟
「あれ!? 貴音ちゃん何で投げないの?」
妹は集めた玉をひたすらチームメイトに渡していた。昭和生まれの二人は唖然としていたが、役割分担は玉入れの必勝法だ。
おそらくクラス全員が何らかの種目に出なければいけないルールでもあるのだろう……妹をうまく活用したな。
その後しばらく妹がグラウンドに登場することはなかったが……
『次は一年生による全員リレーです』
……ま「全員」なら妹も出てくるよな。
「茅乃さん、貴音は何組でしたっけ!?」
「確かA組ですよ」
妹のいるクラスはスタートから一位を独走していた……んっ、あれは樹李ちゃんだな!? 意外と速い……次が妹だ。樹李ちゃんから一位でバトンを渡された。
「あっ貴音ちゃんよ!」
「おぉ、頑張れ!」
継父は一眼レフを構え、茅乃は大きな声援を送った。だが妹が走り出すと次々と他のクラスのランナーに追い抜かれ、たった五十メートルほどのの区間でトップから一気に最下位へ転落していったのだ。
「……」
妹の運動音痴っぷりにさすがの尾白夫妻も言葉を失った。その後、天ちゃんや同じクラスの子たちの頑張りにより三位まで順位を上げてゴールしたが……
……戦犯確定だな。ま、クラスメイトもその辺は承知している様子だ。
『ここで休憩に入ります。生徒の皆さんは……』
お昼休み……生徒は各々保護者のいる場所を探して昼食を食べ始めている。
そこへ……
「こそこそ……」
「本気で隠れたいヤツは自分でこそこそとは言わん」
私は近くで挙動っていた妹を捕まえた。
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「うぅっ、面目ないのですぅ!」
全員リレーの「戦犯」はずっとうなだれていた。
「まぁまぁ、貴音ちゃんがこうなることは承知の上で走る順番決めたから……」
天ちゃんが話しかけてきた。実は天ちゃん空ちゃんの菱山さん一家が隣に場所を取っていた。妹と継父の尾白家とは昔からの付き合いだそうだ。
「菱山さん、よかったらこれもどうぞ!」
「あぁ、いただきます」
「天空も食べな!」
「わぁ美味しそう! いただきまーす」
「いただきまーす」
和気あいあいとした雰囲気の中、妹が継父の一眼レフを見つけた。
「パ……パパ、それは何なのです!?」
「あぁ、これは貴音の活躍を撮って……」
「すぐに消すのです! それは貴音の黒歴史なのです!」
――うん、気持ちはわかる。
「貴音ちゃんドンマイ! 午後はママが貴音ちゃんの汚名返上してやっから」
――おぃ、汚名って言い方も何気に傷つくぞ!
つーか茅乃……一体何をする気だ!?
貴音なのです。マ……ママさんは何をするつもりなのです?




