私は妹の実母のお墓参りに行った(いづみside)
「おねえちゃん、着いたのです」
私は継父の運転する車である場所へ向かっていた。車内には妹の貴音ちゃんと母の茅乃と愛犬クララ……今回は一家総出でのお出掛けだ。そういえば四人そろっての外出は初めてなのかもしれない。
とはいっても今回の目的地は遊園地でもファミレスでもない。今は秋の彼岸、向かった先は霊園……そう、今日の目的はお墓参りだ。
朝は雨が降っていたのでお墓参りに行けるか心配していたが、午前中には晴れ間も見えた。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言われているが、この日もご多分に漏れず過ごしやすい気温だ……曇ってはいるが。
ここには継父・延明さんの元妻で継妹の実母・ノラさんのお墓がある。ノラさんは妹が三歳のとき病気で亡くなっている。外国人のノラさんは宗教が違うためお寺には入れず、宗派不問の霊園に埋葬されているのだ。
高台にある住宅地の狭い道を抜け、こんな所? と思わず言いたくなるような場所に霊園があった。駐車場に車を停め、花や線香などを用意してお墓に向かう……えっ、線香?
「あぁ、ノラは日本が大好きだったから……日本式のお墓ですよ」
線香を持ち不思議そうな顔をした私を見て継父が言った。そうなんだ、てっきり十字架の形をしたお墓でもあるのかと勝手に想像していた。
※※※※※※※
「フィンランドではね、クリスマスにお墓参りするんですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
お墓まで歩いて移動中、継父からノラさんの母国・フィンランドのうんちくを聞かされた。そういや男嫌いの私がこうやって継父と話をするのは珍しい。
「いづみさんは、ここに来るの初めてですよね?」
「そうですね……あれ? 母さんは?」
「私は(延明さんと)再婚する前、ご挨拶しに来たよ」
――そうなんだ……ってことは私だけが初めてか。
私が尾白家と初めて会ったのは今年の三月三十日……すでに春の彼岸が過ぎた後だ。早いもので母が再婚、そして連れ子の妹が出来てもうすぐ半年になるのだ。
「ここですよ」
継父が指差した先にノラさんのお墓があった。霊園というのは金額によって区画の広さが変わるようだが、隣とは石の柵で仕切られた広いお墓だ。
先祖代々……ならまだわかるが、たった一人のためにこの規模のお墓……継父は余程ノラさんのことを愛していたのだろう。
さっき継父は「日本式のお墓」と言っていたが、昔からある細長い角柱の墓石ではなく、最近よく見かける背が低く横長の洋風墓石だ。すると……
「……あれ?」
継父が異変に気付いた。私たちもすぐにそれが何なのかを察した。
「花が……あるな」
そう、お墓の前にはすでに白い花が飾られていたのだ。
継父は元々この土地の人ではないと聞かされていた。若かりし頃は東京に住んでいたが、結婚を機に自然豊かなこの地に引っ越してきたそうだ。
なので近くに親戚は住んでいない……外国人のノラさんも同じ立場だろう。私や母の「武川家」は近くに親戚がいるが、わざわざ再婚相手の「元妻」のお墓参りに来ることはないだろう。
……じゃあ誰が? そのとき継父がボソッと呟いた。
「これは……義妹だな」
えっ、妹? 継父には妹さんがいたのか!? ってことは私にとって叔母さんになるのか……つーか初耳だが。私は思わず継父に聞いてみた。
「お継父さん、妹さんがいたんですか?」
「えっ、えぇ……まぁ……」
だが継父の反応がイマイチ……というかバツが悪そうな顔をしている。するとその状況を見かねた茅乃が
「いづみ、それ以上聞くな」
私の肩に手を置くと小声でこう言ってきた。えっ……もしかして地雷? 逆鱗に触れた? えっ何で?? まぁでも……尾白家には尾白家の事情ってのがあるのだろう、私はこれ以上聞くのを止めた。
……でも、気になるなぁ~!
※※※※※※※
家族全員でお墓を掃除してから花を飾った。すでに花は飾られてあったが何とかすき間に押し込んだ。墓石には「尾白家」ではなく、何やら漢字一文字が彫られていたのだが……
『芬』
……何て読むんだ?
「あぁ、これは『ふん』って読むんですよ! フィンランドは漢字で『芬蘭』と書くんです。あと『かおる』とか『こうばしい』とも読むんですよ」
「へぇ……」
「それと、良い評判って意味もあるんです。ノラは誰にでも優しくて、ご近所でも評判が良かったですから……」
あれ? そういや「芬」の字の下に小さい文字が書いてあるな……何だろう?
『Minä rakastan sinua』
……英語じゃねーな!? たぶんフィンランド語だろう。まぁさっきのこともあるし、こっちから深入りして聞くこともねぇか。
次は線香とお供え物……とそのとき、妹と継父がバッグから何かを取り出した。
――えっ!?
中から出てきたのはペーパーフィルター、ドリッパー、ポット……コーヒーを淹れる道具一式だ。しかもアウトドアに対応すべくバーナーまで用意されている。
「ママはコーヒーが大好きなのです」
――だからって墓地で淹れるんかーい!?
しかも妹と継父はそれぞれバッグからコーヒー豆を取り出すと、
「貴音、今はまだ肌寒いからこの豆の方が……」
「パパはわかってないのです! 今日の天気ならこっちの豆がおいしいのです」
――墓前で父娘ゲンカやめーい! しかもコーヒー豆のチョイスで……
「はい、ママ! 大好きなコーヒーなのです」
うわー、墓地にコーヒーの香りがプンプンと……あっそうか「芬々」か。今から線香あげるというのに、線香の匂いとごちゃ混ぜになってしまわないか!?
「大丈夫なのです! このお線香、コーヒーの香りがするのです」
……徹底されてんな―おい!
※※※※※※※
線香をあげて手を合わせる。ノラさんってキリスト教か? だとしたら手を合わせるんだっけ? それとも手を組むんだっけ?? えっわからないよぉ!
「ぱんっ、ぱんっ」
――妹よ、それだけは絶対に違うぞ!
「おねえちゃんは何をお祈りしたのですか?」
〝ギクッ〟
「そそそっ、そんなこと聞くなよ!」
「貴音はクリスマスプレゼントのお願いをしたのです」
「あのなぁ、神様に願いごとするのと違うから! つーかクリスマスプレゼントのお願いってサンタクロースじゃないのか?」
「で、おねえちゃんは何を?」
「しつこいなぁ……」
私はもちろん……茅乃同様、私も尾白家の新しい「家族」としてよろしくお願いします! 延明さんの「娘」そして貴音ちゃんの「姉」として……とノラさんに挨拶をしたのだ。
――というのは真っ赤なウソ!
私が墓前で妹の実母・ノラさんに伝えたのは……
『お母様、娘さんを私にください♥』
こんなこと……口に出して言えるワケねーだろ!?
※※※※※※※
「おねえちゃん! 富士山がよく見えるのです」
ふと振り返ると、私たちの住む街がよく見える。その奥には山地から顔を出した富士山も……。
この高台にある墓地は、春になると桜が咲き誇るらしい。
――来年の春も皆でここに来られるといいなぁ。
私はコーヒーを飲みながらそう思った。
貴音なのです。結局、貴音が用意した豆を使ったのです……勝ったのです♪




