私は同じ大学の子に料理を教えることになった(いづみside)
「あっ、あの……武川さん!」
調理実習の授業が終わったとき……私は突然声をかけられた。
※※※※※※※
九月も中旬に入り後期の授業が始まった。大学は夏休みが長く、妹の貴音ちゃんから「おねえちゃんはズルいのです」と言われたのだが……。
いやいや……ずっとバイトしていたし、ちゃんと勉強もしていたぞ! 栄養学科に在籍している私は栄養士資格を取得し、将来的に管理栄養士を目指している。
でも管理栄養士が簡単に取れる資格じゃないことくらいわかっている。少しでも単位を落とさないよう夏休みも真面目にやってたんだよ!
今日は調理実習の授業があった……私は座学が苦手だが料理には自信がある。栄養学科に来る学生はもちろん料理に自信がある人が多いのだが、今日の実習で私の右に出る者はいなかった。
周りの学生から羨望の眼差しで見られて鼻高々と帰ろうとしていた私を、ある学生が呼び止めたのだ。
「えーと……」
栄養学科にも友人はいるが……この子は誰だ?
背格好も顔も至って普通、これといって特徴がない……他の学生同様「あぁ、いつも授業にいる子だ」ぐらいの認識しか私にはない。
「あっ、あの……もうお忘れですか!? あの、学園祭のメイド喫茶で……」
――あっ、思い出した!
私は学園祭で、平井和が所属するテニスサークル(別名・飲みサー)が出店したメイド喫茶の手伝いをした。そのとき厨房でオムライスを担当していた子だ。
オムライスの出来栄えがとにかくひどすぎて、私は思わずこの子を怒鳴りつけてしまった。あのときは申し訳ないことをしたと思っていたが、もうすっかり存在を忘れていたとは! しかも……
「えーっと、確かトーイさん……だったよね」
「と、桃里です! 金沢桃里です……武川いづみさん!」
――うわっ! 名前まで間違えた……何たる失態!
「あぁごめん! で、どうしたの?」
「あっ、あの……ちょっ……ちょっと相談したい……ことが……」
「相談?」
「あっはい……こ、この後……お時間よろしい……ですか?」
桃里という子はたどたどしい話し方で私に相談を持ち掛けてきた。
「えっ、あぁ……いいけど」
この後は授業がないので帰ろうと思ったが……私はこの桃里という子の話を聞くため談話室に立ち寄った。
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季節は秋……とは言っても九月中旬。まだ残暑厳しいこの時期に中庭とか考えられない。私と桃里という子はエアコンの効いた談話室の隅の方に席を取った。
「で、何なの相談って?」
「あ、あの…………」
桃里という子は、この期に及んで言い出すのを躊躇していたが、やがて覚悟を決めたように話し始めた。
「あ、あの……いづみさん、わっ私に料理を教えてください!」
「……えっ!? どういうこと?」
私はこの子と同じ学生だ……教授でも講師でもない。そんな私から料理を教わりたいとは……一体どういうことだろうか?
「あの……こ、これ……見てください」
すると桃里という子は私にスマホ画面を見せてきた。
――えっ!?
スマホ画面を見た瞬間、私は言葉を失った。そこにはまな板に乗った鯵、それから輪切りにされた大根の写真が写っていた。
今日の調理実習は和食、その中で「鯵の三枚おろし」と「大根の桂むき」という課題があった。どうやら本人がその写真をこっそり撮影したようだが……
その出来栄えはひどいものだった。三枚おろしは中骨に肉が集中していて、とてもじゃないが三枚と呼べる代物じゃない。
桂むきも本来ならミリ単位で厚さを表すが、これはセンチで表現した方がいいだろう……まるでロールケーキ? いやいや、三~五センチくらいで切れているから拍子木切りと言った方が適切だ!
「これは……もはや素人以下だな」
「う゛ぅっ……」
栄養学科は全ての学生が料理関係の就職を目指すワケではないが……さすがにこれはひどすぎる!
「おっ、お願いします! 私、このままじゃ単位落しそうなんです」
「まぁね、担当の教授は厳しいことで有名だから楽単じゃねーよ! でもこのレベルじゃ単位あきらめて他の授業で稼ぐしかないんじゃね?」
「えっ!? あっ、あの……私、どうしてもこの授業で単位取りたいんです」
「何で? 卒業が目的なら別にこれ落したって……」
そうだ、確かこの子は食品系の就職なんて考えずに大学に来たんだっけ……と思い出していたら、彼女は意外なことを言い出してきた。
「あっ、あの……私、実は調理師を目指しているんです」
――はぁ?
この腕前で調理師免許かよ!? 今まで絵を描いたことがない不良高校生が美大を目指すくらいハードルが高いぞ!
「確かにここは栄養士資格以外に調理師免許も取れる珍しい学校だけどさぁ……でも調理師だったら大学行かなくても実務経験があれば受験できるじゃん」
「そっ、それが……」
今どきアニメでも見ないような両手の人差し指をちょんちょんと合わせる仕草をしながら、桃里という子は身の上話を始めた。
※※※※※※※
「じっ、実は高校時代にファミレスの厨房でバイトしたことがあるんです」
ファミレスか……私もやったことがある。マニュアル化されているから誰でも気軽にできる仕事だが……。
「使いものにならないってことで……せっ、接客に回されました」
ウソだろ!? と言いたいところだがこの子の実力を見たらわかる気がする。
「でっ、でも……」
「でも?」
「わっ私、実は男の人が苦手で……上手くコミュニケーションが取れずトラブルばかり……結局クビになりました」
――えっ、男が苦手!?
まさかこの子……「こっち側」の人間か!?
「どういうこと?」
「わっ、私の家は父親がいなくて母と三人の姉がいる母子家庭なんです……だから男の人とどうやってコミュニケーション取っていいのかわからなくて……」
――あぁ、わかるわかる!
「厨房でも男の人から怒鳴られてばかり……怖くて怖くて! これじゃ実務経験なんて無理だから調理師免許取れる学校を探していたんです」
「あれ? でも学祭のとき、何も考えずに入ったって……」
「そっ、それは……」
あー愚問だったな。この実力じゃ調理師目指すなんて人に言いたくないわ。
「おっ、お願いします! 学祭でも武川さんの腕前は知っていますし今日の授業でも唯一教授に褒められていましたよね!? 私には武川さんが必要なんです!」
「わかったよ……じゃあ今度の日曜空いてる? 私の家でよければ教えるよ」
この子は男が苦手……ってことは……
――食えるかも♥
見た目は地味子だがそれもまた良し! 最近Hの相手は和ばかり……正直胸やけ気味だ。かと言って中学生の妹には手が出せないし……たまには味変したい♥
「あっ、ありがとうございます!」
そう言うと桃里という子は私の手を握った。おとなしそうな感じだと思ったら意外と積極的だな!? こりゃ……苦労せずともイケるんじゃねーのか? とりあえず日曜は料理を教えながら探りを入れてみよう!
ただ……
この子の手を握ったら少し痒くなってきた……何でだろう?
貴音なのです。たっ貴音は何か胸騒ぎがするのです!




