夏休みなので私は妹のバディになった(いづみside)
『カエルアンコウ』
――えっ……何だそれ?
私は妹の貴音ちゃんに付き合わされ、伊豆の大瀬崎という所で体験ダイビングをしている最中だ。
ゴロタという場所にある岩の上、インストラクターの女性が指差した先に石ころのような変な形をした物体があった。
よく見ると目のような物が……えっ、これって生き物なのか!? インストラクターはホワイトボードのような板に「カエルアンコウ」と書いた。
アンコウ? じゃあコレ、魚ってことか!? アンコウといえば鍋の食材で有名だが、コイツは食べたいと思わない。そこへ……
――!?
妹は興味津々でそのカエルアンコウとかいう魚に見入ってるが……妹の後ろで見ていた私は、急にそれどころではなくなってきた。
足元の方にある岩のすき間から黄色い魚が顔を出したのだ。それは一見、ウナギのような細長い体型ではあるが大蛇のように恐ろしい風貌……
――ウツボだ!
ウツボは大きな口を開けてこちらを見た後、まるで今すぐオマエに咬みついてやるぞ……と言わんばかりの態度で妹に近づいてきた。これはマズい! 妹に危険が迫っている。今すぐ教えてやらなけれは……
いや待てよ……
潜る前にインストラクターから聞いた話だと、ウツボはこちらから攻撃しない限り襲ってくることはないらしい。
妹はウツボに気づいていない。むしろこの状況で妹に知らせて、それが原因で妹が「パニック」を起こしてしまう方が危険かも?
だとしたらこの場合、教えない方がいいだろう。万が一、妹に危害が及ぶようなことになったら……そのときは私が姉として全力で妹を守ってあげよう!
妹はインストラクターと手をつなぎ砂地の上にいる。ウツボは妹の足元をニュルニュルと動きながら、まとわりつくようにぐるっと一周した。
――おいオマエ! 妹に何かしたらすぐに踏んづけてやるからな!!
私はいつでも妹を助けられる態勢でウツボの動きを警戒した。ドキドキ……ドキドキ……外部の音が遮断された海の中、私は自分の鼓動が聞こえた気がした。
だがウツボは、私たちには興味がない……といった感じで、そのまま別の岩のすき間へと入っていった。
――はぁ、一気に緊張が解けた。
※※※※※※※
体験ダイビングも無事終了。私たちはお店に戻ってきた。
妹は魚に興味を持ったらしく、ウェットスーツを着たまま魚類図鑑を食い入るように見つめている。
と、そこへ……
「おー二人ともお疲れー! 壱野もサンキューな」
「わんっ」
母の茅乃が愛犬クララを抱きかかえて店に入って来た。どうやら一人で荷物を片付けてきたらしい。いや、あれだけの荷物を一度に片づけたんかぃ! しかも犬付きで……オマエは超人か!?
だがそれよりもっと気になることがある。今回お世話になったインストラクターさんは「戸田さん」というのだが……茅乃は戸田さんをいきなり「下の名前」で呼び捨てしたのだ!
まさかと思うが……一応聞いてみた。
「ねぇ母さん、もしかしてこの人と知り合い?」
「そうだよ! コイツは『戸田 壱野』……大学の友人で、私がダイビングにハマるきっかけを作った張本人だよ」
「張本人とは人聞き悪いな! ま、そういうこと……よろしくねいづみさん!」
マジか! どんだけ顔広いんだよ茅乃は!? つーかこの人、色黒で茶髪で筋肉質……肩にタトゥーまで入ったヤンチャなお姉さんといった風貌だが、茅乃と同じくらいの年ってことか!? まぁ茅乃も一般的な四十代と比べたらかなりヤンチャな見た目だが。
「どう? 楽しかった? 貴音ちゃん」
「楽しかったのです! ママさん、貴音はカエルアンコウさんを見たのです」
「……え? 何それ?」
妹の言葉を聞いた茅乃はキョトンとした顔になった。どうやら聞き覚えのない名前だったらしい。
「これなのです!」
妹が図鑑を見せると茅乃は意外なことを言い出した。
「えっ!? これ……イザリウオじゃん!」
「へっ、イザリウオ……違うのですか?」
すると戸田さんがフォローするように
「あぁこれね、昔はイザリウオだったけど今はカエルアンコウって言うんだよ」
「えっ、何で改名したんだ?」
「イザリって差別用語なんだって! それで正式に改名したんだよ」
「えぇっ!? 差別用語なの? 初耳だわ」
「だよねー、私も知らなかったわ」
「つーか誰も意味を知らねー言葉なのにわざわざ引っ張り出して世に知らしめるなんて……そっちの方がよっぽど差別じゃねーのかよ」
「あははっ、そうかもな」
ふーん、色々あるんだな……ま、私にはどっちでもいい話だけど。
※※※※※※※
「おねえちゃん、今日は楽しかったのです」
「そっか、そりゃよかったな」
私は妹と、お店の二階にあるお風呂に入った。一般の海水浴客は入れないが、私たちは体験ダイビングをしたので利用できた。シャワーだけでもいいと思っていたが、やはりお風呂に入ると気分がリフレッシュされる。
「今日はいろんなお魚さんを見たのです! ボラさんにスズメダイさんに……」
妹は動物好きだ。どうやら魚もその延長線らしい。
「カエルアンコウさんに……あと、ウツボさんもいたのです!」
――ちょっと待て!
「えっ、ウツボも見たの?」
「はいなのです! 貴音の足元をぐるっと回っていったのです」
なんてこった……気づいていたのか! つーか怖くなかったのかよ!? 妹は意外と肝が据わっているのかもな。
取り越し苦労だったか! まぁいい、それよりも……
私は今、妹と風呂に入っている。家でもよく一緒に入るので決して珍しいことではないのだが……
「貴音ちゃん、背中流してあげようか?」
「お願いするのです」
でもこうやって家ではない、非日常の空間で一緒に入っていると新鮮な気持ちになる。妹のハダカを見ていたら何かムラムラしてきた♥
旅の恥はかき捨て……妹の背中を流しながら手が滑ったフリして、少し成長した妹のおっぱいを揉んでやろう♥
と、思って手を伸ばしたとき……
〝ガラガラガラッ〟
「おー二人とも、湯加減どうだー!?」
げっ、茅乃が入ってきた! しかも戸田さんまで……なっ何で!? ダイビング利用者じゃないと使えないはず。
「いやー久しぶりに会ったから一緒に風呂でも入ろうかって」
「ごめんねー、この時間スタッフは利用しちゃダメなんだけど……今日は他にお客さんいないんで特別に」
――あっぶねぇ! もう少しで私の性的指向がバレるところだった。
結局四人で風呂に入った。私が湯船に浸かっていると、戸田さんが隣にやって来て話しかけてきた。
「いずみさん……妹さんの足元にウツボがいたとき、気づかれないように必死で守ろうとしたでしょ!?」
――うわっバレてたのか!?
「妹さんがパニクらないようにしてたんでしょ? 大したものね」
「え、えぇ……まぁ」
すると戸田さんは
「ダイビングはね、基本二人一組で潜るの……バディって言うんだけどね」
「はぁ……」
「お二人は相性良さそうね! いいバディになれると思うよ!」
妹と『相棒』か……これからもずっとそんな関係でいたいな。
貴音なのです。まだまだ続くのです!




