夏休みなので私は妹と海に行くことになった(いづみside)
「夏休みも後半に入ったのです!
何か大事なことを忘れていると思ったら、まだ貴音は海に行ってないのです!
貴音の住む街には海がないのです! なので海は『憧れ』なのです! 今までの人生で海に行った記憶といえば、小学校の修学旅行しかないのです……しかも潮干狩りなのです! 正直『海に行った』と言っていいのか迷うレベルなのです。
パパのお仕事が忙しくて、二人で生活していたときは海に連れて行ってもらえなかったのです。でも今年からママさんとおねえちゃんがいるのです!
なので貴音は海水浴がしたいのです! せっかくの夏休み……市民プールだけでは物足りないのです!
友だちの天ちゃん空ちゃんの双子は、家族で軽井沢に行ったのです。友だち……じゃないけど、樹李も家族で東京のテーマパークへ行ったのです!
だからママさん! おねえちゃん! お願いなのです! 貴音を海に連れて行ってほしいのですぅううううっ!」
「あーわかったわかった! それだけ力説されたら行くしかないだろ!?」
妹の口から出た「心の声」に押され、私たち家族は海水浴へ行くことになった。
※※※※※※※
二日後の朝……前日に必要な物を買いそろえた私たちは、母・茅乃の運転する車に乗り込んだ。
「じゃ、気をつけて行ってきてね」
「はーい、行ってきまーす」
「パパ、おみやげ期待するのです」
継父がガレージまで見送ってくれた。もちろん継父も誘ったのだが、やはり仕事が忙しいとのことで一緒に行くことはできなかった。今回もゴールデンウイーク同様、母と妹と私……そして
「わんっ!」
愛犬・クララも一緒だ。
私たちの住む場所で「海水浴」と言ったら太平洋側の静岡県、しかもどういうワケか牧之原市にある「静波海水浴場」が地元では定番となっている。
だが出発してすぐ、私は異変に気づいた。車の進行方向が静波とは反対なのだ。
「あれ? 静波(海水浴場)じゃねーの!?」
助手席に乗った私がそう言うと、茅乃は、
「あぁ……今日はちょっと変わったところに行くよ」
「えっ、どこ行くんだよ」
「それはなぁ~、ヒ・ミ・ツ♪」
うわぁ……私は少し不安になった。母・茅乃は時々、娘の私でも理解できない行動をとる。今回も何かロクでもないことが起きそうだ。
※※※※※※※
私の住む街は四方を山に囲まれている。そのせいか県外の人から「海が遠い」というイメージを持たれているらしい。
でもそれは高速道路や新幹線がないからそう思われるのだろう。距離的には東京から行くのと大差ないはず……だがしかし、
「うぅっ、貴音は具合が悪くなってきたのです。あと、おトイレにも……」
どうしても山……峠道を通らなければならず、それが不便だ。まだ県境を越えたばかりだが、カーブの多い峠道を二つも通ったせいで妹は具合悪くなってしまったらしい。私たちは通り沿いにある道の駅に立ち寄った。
時刻は朝の八時前……駐車場やトイレは利用できるが売店は開いていない。だがこれでよい! うっかり売店が開いているとロクなことがないからだ。
――貴音ちゃん、遅いなぁ……。
妹がトイレに入ったまま出てこない……大丈夫だろうか。私はクララと一緒にトイレの前で待っていた。すると私と一緒にいた茅乃の姿も消え、時計を見ると時刻は八時を過ぎていた。
――まずいっ!
妹も心配だが……私はクララを連れて売店に向かった。ペットは入店禁止なので店の前で待っていると……やっぱり!
「いやー、野菜が安かったぁー!」
茅乃は大きなレジ袋を両手に持ち、満面の笑みでこちらにやって来た。袋の中はトウモロコシやナス、ベーコンなどがぎっしり……日本酒らしいモノまである。
「おい! これから海水浴に行くんだぞ! どうすんだよこんなに買って……」
「あー大丈夫大丈夫! ちゃんとクーラーボックス用意してあるから」
そういや海水浴で使うには大きすぎるクーラーボックスが車の中にあったが……それ目的だったのか!?
「それより! 貴音ちゃんがトイレに入ったまま出てこないんだけど……」
「貴音ちゃん? あぁ、そういえば売店にいたよ」
――えっ!?
「お待たせなのです!」
声がした方に目をやると、売店の扉から妹が……両手にソフトクリームを握りしめた状態で出てきた。
「おい! 具合が悪かったんじゃねーのか!?」
「これは貴音にとって一番のお薬なのです♥」
妹が言うと妙に納得する。それにしてもこの継母娘……自由すぎるぞ!
「こっちはおねえちゃんの分なのです」
妹を叱ってやりたかったが……ソフトクリームをペロペロ舐めている妹の舌遣いを見た瞬間、怒りよりも性的な興奮を覚えてしまった。私は妹からソフトクリーム受け取ると、それを妹に見立てて優しく舐め回し……♥
……朝っぱらから何考えてるんだ私は!?
「あれ? 母さんはソフトクリーム食べないの?」
「あー私は運転するからパス! 家に帰ってから楽しみもあるし♥」
――そうだな、茅乃はガマンしろ!
※※※※※※※
まるでジェットコースターに乗っているかのような坂道を下り、私たちを乗せた車は海の近くまでやって来た。カーナビの画面を見ると、もう右側には海が迫っているのだが……松の木だろうか? 視界が遮られて海を見ることができない。
茅乃は行き先を教えてくれないが、カーナビの画面から察するに沼津……どうやら伊豆方面に向かっているようだ。沼津市内で渋滞に巻き込まれてしまったが、すぐに海岸線の道路へと進んだ。やがて……
「わぁ……」
「クララ、海なのですよ」
「わんっ!」
トンネルを超えて交差点を右に曲がると目の前に海が現れ……海をほとんど見たことがない妹は目をキラキラさせて喜んだ。
正直、私も海を見るのは久しぶりだ。この光景は目の前に富士山が現れたときよりも感動する。右手に海を見ながら進んでいくと、
「あれっ!?」
妹が何かに気づいた。
「さっきからイルカさんがあるのです! 何なのですか?」
どうやら妹はイルカの絵が描かれた看板が気になっているようだ……そういえば手前にもあったな。すると茅乃が、
「あーここにはね、水族館が二ヶ所あるのよ」
「えっ水族館!? 行きたいのです!」
「貴音ちゃん、そこに寄ったら時間かかって海水浴できなくなるけど」
「うぅ……ガマンするのです」
以前本人から聞いたことがあるが……どうやら妹は水族館、特にイルカショーが好きらしい。まぁ水族館だったら季節問わず行けるから……仕方ない、今度私が妹を連れて行ってやろう。
あれ? そういえば……
「ねぇ母さん、さっきから海岸線を西に向かっているけど……伊豆だよね? 伊豆で海水浴なら(伊豆)白浜じゃないの!? それとも西伊豆だから土肥?」
すると行き先をなかなか教えてくれなかった茅乃が重い口を開いた。
「うーん、イイ線行ってんだけど……違うんだなー!」
「えっ、じゃあどこ?」
「今から私たちが向かうのは……『大瀬海水浴場』でーす!」
――えっ!? 茅乃の口から、聞いたことのない名前が出てきた。
貴音なのです。
最初、貴音視点じゃね? と思った人……ちょっとしたイタズラなのです♥




