妹が学校でいわれなき差別を受けた(いづみside)前編
な……何でこんなことに!?
私の妹が学校でいわれなき差別を受けた。
※※※※※※※
七月に入ったが、梅雨明け宣言はもう少し先になりそう……この日も朝から雲行きが怪しい。かろうじて傘を使わず学校から帰ってきた私は、バイトに行くため妹の貴音ちゃんが帰宅するのを待っていた。
〝ガチャッ〟
この日も玄関ドアが開くと、先週期末テストを終えてスッキリした妹の「ただいまなのです」という元気な声が聞こえるはずだった。バイトに行く支度を済ませた私は廊下で妹を出迎えた……のだが、
「……」
あれ? 妹の様子がおかしい。いつもの挨拶をせず、黙って下を向き靴を脱ぐと
〝ダダダダッ〟
廊下を走り出し、私を無視して二階に駆け上がっていった。
えっ私、何か悪いことした? それとも期末テストの成績が……いやいや、答案用紙が返ってくるのはまだ早いだろう。
明るく元気な妹……今まであんな態度は見せたことがない。友だち同士でトラブルでもあったのか? それともイジメ!? 色々とネガティブ要素が浮かんできた私は、居ても立ってもいられなくなり妹の部屋へ向かった。
※※※※※※※
〝コンコンコンッ〟
「貴音ちゃーん、入るよ!」
「……」
妹の部屋のドアをノックして声をかけたが返事がない。仕方ない、私は妹の許可なくドアを開けた。
――!?
すると、私の目の前に信じがたい光景が飛び込んできた!
「貴音ちゃん! 何やってんの!?」
イスに座った妹は何と、自分の髪の毛を耳元あたりからハサミで切ろうとしていたのだ! その手は躊躇しているのかプルプルと震えている。
「やめなさい!」
私は瞬間的に妹の元に駆け寄りハサミを持った手を掴んだ! 強めに握ったので痛かったのか、妹はハサミを床に落としてしまった。
「何やってんの貴音ちゃん! そんなに切ったら簡単に生え揃わないんだよ!」
私は強い口調でそう言うと、妹の目から大粒の涙がこぼれだした。そして……
「うっ……うう゛っ、う゛ぁああああああああんっ!!」
妹は今まで見たことのないくらい号泣しながら、私に抱きついてきた。
※※※※※※※
「はい、そんなワケでして……すみません」
私はバイト先のオーナーに電話し、今日のバイトを休んだ。オーナーも妹のことを心配してくれた。
元々私が働くカフェは妹の人気で持っているようなもの……妹がいなければ客などほとんど来ない。
「グスッ……ふぇええええん……グスッ……」
妹はまだ泣き止まない……余程のことがあったのだろう。妹の泣き声を聞きつけて母・茅乃も部屋に入ってきた。継父の延明さんは出張中……実娘のこんな姿見たらショックで寝込みそうなのでいなくて正解だ。
私と茅乃は何とか妹をなだめたが……ようやく口を開いた妹から発せられた言葉に私たちは驚愕した。
「ええっ!? 髪の毛を黒く染めろ?」
今日、妹は学校でそう言われたらしい。言われたというか、妹の口振りでは命令されたようにも感じ取れる。
「どういうこと? 入学してからそんなこと、一度も言われたことないじゃん」
黒髪を茶髪や金髪にしたというのならまだわかる。学業優先の義務教育で、度を越したオシャレに歯止めをかけるというのも一つの考え方だろう。
だが妹は元の髪色がこうなのだ! 妹は日本人とフィンランド人のハーフ……この髪色は母親から受け継いだものだ。
そんな事情を無視して黒髪にしろとは!? 画一的な教育方針か? だが、落ち着きを取り戻した妹は思わぬことを口にした。
「ほ……他の先生から言われたこと……一度もないのです。でも……新しく入った国語の先生が……」
「!?」
妹の話では、今まで国語を教えてきた先生が今週から産休に入った。で、代わりに派遣されてきた先生(産休補助教員)に最初の授業でいきなり目を付けられたらしい。しかもこのあと発せられた妹の言葉に私と茅乃は凍り付いてしまった。
「ここは日本の学校だから外人は来るなと言われたのです……ふぇええええん」
――何だって!?
そいつ何時代の人間だよ!? グローバル化と言われているこの時代に……民族主義者か? しかも……
「貴音ちゃん、『外人』って言われたの? 『外国人』じゃなくて?」
私がそう聞くと妹は黙ってうなずいた。なんてこった! 確かに「外人」という言葉も一般的だが差別的な意味も含まれることがある。少なくとも国語教師が使っていい言葉ではない。
そもそも妹は日本国籍……日本人だ! 髪の毛や目の色だけで外国人だと決めつけること自体ナンセンスだ!
「たっ貴音は……グスッ……明日から学校に行きたくないのです」
――許せねぇ!
たとえ代替教員でも、生徒をそんな理由で差別するなんて言語道断! 子どもはちょっとしたことで精神的ショックを受けやすいんだぞ!
私はPTSDにより小学校を不登校で過ごした。友だちと遊ぶこともなく、いつも家の中で母と過ごしていた日々……
――妹にそんな思いはさせたくない!
「貴音ちゃん、貴音ちゃんは何も悪くないんだよ! 悪いのはその先生! だから明日もちゃんと学校に行けるよう、お姉ちゃんたちが何とかするから!」
「で……でも、暴力はいけないのです」
「何で私が関わると暴力前提なんだよ」
すると、それまで特に何も言わなかった茅乃が口を開いた。
「貴音ちゃん……その先生の名前ってわかる?」
「……」
妹は知っているようだが答えなかった。おそらく妹としてはこれ以上、事を荒立てたくないのだろう。
「大丈夫、別に何かするワケじゃないから……参考までに聞いてるだけよ」
「な……長沢せんせ……」
「下の名前もわかる?」
「真秀……良……長沢 真秀良先生……」
妹は怯えるように答えた。きっと名前すら口にしたくないのだろう。名前を聞き出した茅乃は
「ふーん、そっか……」
「えっ何? 知ってる人?」
「……いや、別に」
――知らねぇのかよ! だったらなぜ聞いた!?
それにしても……「真秀」ではなく「真秀良」とは変わった名前だな。
「母さん! さっそく抗議に行こうよ!」
「あっ、おねえちゃん、ママさん……」
「大丈夫! 話し合いだよ! 殴りこみに行くわけじゃないから」
「そっ、そうじゃないのです。実は……」
妹は茅乃に茶封筒を手渡した。
「なっ……何これ? 呼び出し!?」
「えぇっ!?」
中身はその長沢という教師からの「呼び出し」だった。日時や当事者……つまり妹も同席することまで指定してある。
「何だよ、こっちの都合も聞かず勝手に指定しやがって! 何様のつもりだ!?」
「午後二時か、うーん……ちょっといづみ!」
「何?」
「アンタ明日の学校はどうなってんの?」
「あぁ、午後からの授業はないから空いてるけど……」
「母さん、ちょっと用事があってこの時間に行けないからさぁ……それまで私の代わりに行って相手してもらえる?」
「え? あぁ……いいけど」
呼び出しは「保護者」となっているが、私だってはらわたが煮えくりかえっているんだ! ちょうどいい、私もこの長沢とかいう教師に会って話がしたい!
貴音なのです。次回に続くのです。




