私は妹に全裸で助けを求めた(いづみside)
――やっちまったぁああああああああっ!
私は浴室の脱衣所で、ある「決断」を迫られていた。
それは……
浴室から自分の部屋まで「全裸でダッシュ」するか否か?
……ということ。
※※※※※※※
色々ツッコミどころはあるかもしれない。とりあえず私がなぜこうなってしまったのか経緯を説明しよう。
私はバイト先から帰ってきた……一人で。
妹の貴音ちゃんは学校で球技大会があったらしく、この日は学校から帰ってくると私と少し話をしている途中で疲れて寝てしまったのだ。
妹はどうやら運動が苦手らしい。クラス対抗で全員参加の球技大会、妹は「一番体力を使わなさそう」という理由で卓球にエントリーしたそうだ。
――だが、これが誤算だった!
卓球は団体戦……ひとつのクラスから三人がエントリーし、シングルスのみで先に二勝したクラスが勝利となるトーナメント戦だったそうだ。
妹はいとも簡単にストレート負けを喫したが、残りの二人がメチャクチャ強かったらしい。なので妹の思惑とは裏腹にチームは次々と勝ち進んでいき、そのまま決勝戦まで「付き合わされたのですぅううううっ!」と妹は嘆いていた。
結局、一度も勝てなかったクセに意図せず手にしてしまった準優勝の表彰状を机の上へ無造作に置いたまま、妹はベッドの上で爆睡してしまった! なので仕方なくこの日は妹を置いて一人でバイト先に向かった……という経緯だ。
話が脱線してしまったが……妹がいなかったせいで今日はカフェの売り上げが落ちてしまった。置いてけぼりを食らった妹が心配だったこともあり、モチベーションの下がった私はこの日の筋トレをパスして早々に家へ帰ってきた。
バイトの日はいつもジムのシャワーを利用して帰る。家のお風呂は週末にしか入らないのだが、たまには平日に入るのもいいか……と思い、私は家に帰ってそのまま風呂に直行した。
だが……この「たまには」という普段と違う行動が、私にとんでもないミスを誘発してしまったのだ!
風呂に直行する……つまり一度部屋に行って「着替えを持って来る」という行為を私は忘れていたのだ! それに気づいたのは風呂から上がったとき……状況を理解した私は全裸のまま頭を抱えてしまった。
母・茅乃が再婚する前、私は母と二人でアパート生活をしていた。このときは女二人の生活……私は風呂上りに着替えなど持たず、全裸のまま自分の部屋まで移動していた。何ならその姿で台所に行き、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲むくらい無防備だったのだが……。
――でも今は違う! 家には継父……つまり「男」がいるのだ!
親子の関係でも継父は男! いくら私が男っぽいキャラとはいえ、Fカップの女子大生が全裸で継父と鉢合わせになったらそれこそ大事故だ! 私は見られ損……しかも茅乃からは説教確定だ!
継父は一度書斎に入るとなかなか出てこない……だが浴室と階段の間にはトイレがある。鉢合わせにならない保証などどこにもない。
バスタオルを巻いて出るという考えもあるが、身長一七〇センチの私では全てを隠しきれないし階段を上れば下から尻が丸見えなので正直、全裸と大差はない。
だがここまで読んだところで、皆にある疑問が浮かんでいるであろう。
「服を着て脱衣所に入ったんだから、またそれを着て出ていけばいいじゃん!」
ごもっともな意見だ。しかしそれもできなくなっていたのだ!
〝ゴゥンゴゥン……〟
私が脱衣所に入ったとき着ていた服は今、下着も含め全て洗濯機の中!
今は梅雨、天気予報は明日も雨……外に洗濯物を干せる見込みがないので、茅乃がこの時間に洗濯を始めてしまったのだ!
まだ洗濯を始めたばかり……茅乃に助けを求めようにもヤツは洗濯が終了するまで当分やって来ないだろう。
……はい、詰んだ。バカな姉が全裸でやっちまったー!
さて、どうする武川いづみ!? このまま茅乃がやって来るまでもう一度風呂に入り直すのか? そんなに入っていたらさすがにのぼせるし、かといってずっと脱衣所にいたら湯冷めしてしまう。そもそもこんなおバカな行為が茅乃にバレたら笑われるか説教のどちらかだ。
と、そのとき!
「おねえちゃん! 何で貴音の許可なく一人でお風呂に入るのですか!?」
妹がものすごい形相で脱衣所に入ってきた! つーか何で風呂入るのにオマエの許可がいるんだよ!?
しかし「渡りに船」だ! 妹にそれとなくお願いして下着とパジャマを持って来てもらえば全裸ダッシュや茅乃の説教を回避することができる!
だが、その前に……
「貴音ちゃん、今からお風呂に入るの?」
妹は着替えを持って入ってきた。今日はバイト先に行っていないのだから先に風呂入ればよかったのに……。
「貴音はさっきまで寝ていたのです!」
私がバイトしている間ずっと寝てたのかよ!?
「そしたらおねえちゃんは一人でバイト行ってしまったのです! しかも先にお風呂入ってしまったのです! せっかく『観察日記』の続きを書こうと思っていたのに……ガッカリなのです」
「書かなくていいそんなもん!」
私がVIO脱毛のために陰毛を剃って以来、妹は私の陰毛が生えそろうまで「観察日記」をつけると言い出してきやがったのだが……
――私の陰毛はアサガオじゃねーぞ!
最近、妹が変態化してきている……誰のせいだ?
「それより貴音ちゃん! お願いがあるんだけど……」
私は股間をバスタオルで隠しながら妹にお願いした。
「何なのです?」
「実はお姉ちゃん、部屋に下着とパジャマを忘れちゃったんだよ! で、悪いんだけどさぁ……おねえちゃんの部屋へ取りに行ってくれないかな!? お願い! 何でもするからさ!」
しまった、「何でもするから」は失言だったか!? 妹のことだ、ここぞとばかりにとんでもない要求を突き付けてくるに違いない。
ところが……妹はしばらく何かを考えたような素振りをしてから
「わかったのです! おねえちゃんのために行ってくるのです!」
特に何も要求せず、取りに行くと言ってきたのだ。
「あっ、よろしくね! 下着はタンスの一番上の段だよ」
「まかせるのでーす!」
妹はニコッと笑いながら意気揚々と飛び出していった……逆に怖い!
※※※※※※※
十分後……
「遅いなぁ~」
私はバスタオルを巻いたまま脱衣所で妹を待っていた。いくらなんでも私の部屋から下着とパジャマを持って来るにしては時間がかかりすぎる。
あの子のことだ、何かイタズラでも考えているに違いない! そのとき
「おねえちゃーん! 着替えを持ってきたのです♥」
――やっぱり! 妹はイタズラを考えていたのだ!
だがそれは、走り高跳びだと思ったら実は棒高跳びでした……というくらい私の想像を遥かに超えていた凶悪なものだった。
妹が手にしていたのは……
黒いレオタード、網タイツ、そして……
ウサ耳のカチューシャ……
――バニーガールの衣装じゃねぇかぁああああああああっ!
なっ、何で妹がソレを持っているんだよ!?
貴音なのです。山梨では「取りに行く」を「持ちに行く」と言うのです。




