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第25話:未練がましいことに、人を待っているゆえ



◆◆◆◆



「あ~あ、まったく我ながら阿呆な死にざまだったぜ。おい、光悦」


 目を上げるとそこには、あの女好きの蜂須賀甚六がいた。


「甚六殿も来られましたか」

「おう。妓楼が火事になってなあ。惚れた女を助けに火に飛び込んだら、煙に巻かれてこのざまさ。へへっ、まさか刀難じゃなくて火難で死ぬとはなあ。いや、女難で死なないだけましか」

「その女性は?」

「助かったらしいな。ちぇっ、一緒に死んでりゃ手に手を取って死出の旅路、来世は仲良く番鳥つがいどりと洒落込めたんだが……まあ仕方ねえな。これでも俺ぁ幸せ者だぜ」


 そう言いつつも、まるで甚六は未練がある様子はなかった。一人で逝くことに悔いがある様子はない。その様子を見て、つくづく自分との違いを光悦は痛感した。


「向こうにゃ美人がどれだけいるんだろうなあ。楽しみだぜ。お前は……まだ行かねえようだな」

「未練がましいことに、人を待っているゆえ」


 真面目に光悦が答えると、にやにやと甚六は笑う。


「まったく、お前も隅に置けねえな。そんなにあの禿に惚れ込んだのかよ。やっぱり童女が趣味じゃねえか」

「いや、それは誤解です」

「いいさ。俺だって似たようなもんよ。惚れた女なら年増だろうとなんだろうと……おっとこれ以上は言えねえな。ともかく、待てば海路の日和あり、だ。せいぜいうまくいくように願掛けしてやるぜ」

「ご厚意、感謝いたします」


 そう言って、光悦は頭を下げる。頭を上げるともう、そこに甚六の姿はなかった。


 再び待つ時間が流れる。人、人、人。縁のない誰かが、生者の世界から死者の世界へと歩いてくのを、光悦は見送る。人の流れは灰色の靄のようで、誰が誰なのか分からない。ただただ流れていくだけだ。


(拙者も、いずれこうなるのか)


 自分はこのまま座したまま朽ち果てるのかもしれない。そうなれば、やがて自分もあの人の波の一部になるのだ。



◆◆◆◆



「おい、おい、もしかして光悦かよ。ひゃあ、懐かしいねえ。まさか向こうに行く前にここで会うなんてなあ」


 次に現れたのは河村勘兵衛だった。


「勘兵衛殿、お久しぶりにござる」

「あはは、全く変わらねえな、おめえは。あ、死んでるんだから当然か。って俺もそうだっけな」


 立って頭を下げる光悦に対し、ひょうきんな様子で勘兵衛は笑う。


「勘兵衛殿は、その後いかがであられたか」

「ああ。俺ぁお前が死んでからしばらくして、田舎に帰ってな。器量はそんなでもないが働き者の嫁を迎えて、まあそれなりにやったさ。子供にも恵まれて結構いい暮らしもできたぜ。いい嫁がいるってだけで俺は幸せ者さ。あいつは去年先に逝っちまってな。寂しくて……はは、もう来ちまった」

「では、拙者にかまわずどうぞ先へ。女房殿がお待ちのはずです」


 光悦が手で向こうを指すと、勘兵衛は頭をかきながら笑った。


「おう、俺のお幸が待ってるってなりゃ、早く行くのが旦那の務めってもんよ」


 そう言いつつ、親しげに勘兵衛は最後に光悦の肩を叩いた。


「じゃあな光悦。お前もさっさと来いよ」


 足早に走り去っていく勘兵衛の背を見送り、光悦は再び座る。よい人生を送れたらしい同門を見て、ほっとする気持ちが沸き上がってきた。肺病に苦しまない今、光悦は生前味わったことのない穏やかな気持ちを堪能していた。自分が木石になったかのようだ。これもまた、悪くない。ただ一つの未練のみをのぞいて。



◆◆◆◆




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