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第12話:ご安心を。光悦様と駆け落ちはしませんから



◆◆◆◆



 そして、夏祭りの当日。夜の江戸の町はひときわにぎわっていた。神輿が練り歩き、神社の参道にはずらりと屋台が並んでいる。ふらりと光悦は歩いていた。人混みの中にためらいなく入っていくが、肩どころか刀の鞘さえぶつかることなくすり抜けるようにして進んでいく。幽鬼のようだったその痩身も、少しは祭りの賑わいで生気を帯びている。


 石動は奉納相撲に飛び入り参加して力士たちをなぎ倒し、勘兵衛は食べ歩き。そして甚六は屋形船の方へと向かっていた。光悦は足の向くままに歩んでいく。喧騒は人ごとに感じていた。気が付くと、いつの間にか大川の岸辺に来ていた。多くの男たちが屋形船で艶やかな姿を見せる太夫たちを誉めそやしている。何人かは船に招かれているようだ。


「……甚六殿はうまく乗船できただろうか」


 そう呟く光悦の目に、一艘の船が岸に近づくのが見えた。泊まって下船するのは太夫だ。岸には別の妓楼の太夫たちと思しき者たちがいる。どうやら、一艘をいくつかの妓楼が共同で借りているようだ。


「……あれは」


 船から降りる太夫と、その側につく禿には見覚えがあった。


 二人は徒桜と藤だった。少しためらったが、光悦は二人の方へと近づいていった。人垣に触れることなくすり抜けてくる痩身の男の姿に、二人はすぐに気が付いたようだった。


「おや、光悦殿か」

「こんばんは、光悦様」


 徒桜は今宵に合わせて美しく着飾っていた。禿の藤もいつもの朱色の着物ではなく、控えめながらも髪飾りや帯飾りをつけている。


「……大事ないようだな」


 光悦がそう言うと、徒桜は嬉しそうに笑う。


「ああ、そなたのおかげだ。ようやく兄も彼岸に逝けたらしい。重ねて感謝する」

「……用心棒としてするべきことをしたまでのこと。感謝ならばうまく拙者を引き込んだ藤に言うといい。藤は口が上手だ」

「はは、そうか。藤のことをそう言ってくれるとありがたい」


 笑いながら、光悦は内心では安堵していた。どうやら徒桜は兄を喪ったことを受け止められたらしい。あるいは、兄の貞盛が迷った理由は、彼女の未練にこそあったのかもしれない。


「ところで光悦殿、今夜の予定は何かおありか?」

「……いや、特には」


 正直に光悦が言うと、徒桜はしばし考えてから提案してきた。


「そうか。どうだろうか、これも数奇な縁。どうだ? 藤と共に祭りを見て回るのはいかがだろうか?」

「……よいのか? それは……」


 吉原の遊女が外を出歩くのは困るはずだ。確かに藤は禿だが、吉原の女であることに変わりはない。


「ああ。心配するな。庄悟殿は誠実な主人だ。足抜けしたい太夫は彼の妓楼にはおらぬよ。藤もそうだ」


 光悦が藤を見ると、藤は当然のような顔でうなずいた。


「ええ。私は吉原の荘子楼が家ですから」

「光悦殿にはよくしていただいた。庄悟殿も常々、用心棒代が藤の芸事だけでは足りぬと言っていたよ。祭りを将来の太夫である藤と楽しむのはどうだろうか?」


 しかし、そこで藤が不意に口を挟んだ。


「ですが、私のような童女がいては、酒も女遊びも光悦様が控えてしまうかもしれませんね」

「藤、そうやってお前はせっかくまとまりかけた話をひっくり返すな」


 二人の会話にわずかに笑いつつ、光悦はうなずいた。


「……藤さえよければ、しばらくの間あずかろう」

「ありがとうございます、光悦様。ぜひお願いします」


 ぺこりと頭を下げる藤。連れ立って行こうとしたとき、藤は振り返って徒桜に言った。


「ご安心を。光悦様と駆け落ちはしませんから」


 何を言うと思えば、と思いつつ光悦も徒桜に言った。


「……安心しろ。藤をかどわかしはしない」

「はは、二人とも仲が良いな」


 そう言いつつも、徒桜の顔には笑みが浮かんでいた。


「楽しんでくるがよい。藤、光悦殿」



◆◆◆◆




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