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追憶の献花  作者: 流風
7/7

7.赤騎士団と魔物とそれでも平和な日々?

 



「気を抜くな!次が来るぞ!」


 ダダリム山脈の麓。赤騎士第二班・第四班は戦闘の真っ最中だった。

 山脈の麓には鬱蒼とした森が広がっている。その森全体が闇の中で蠢いているかと思うほどの魔物の大群で埋め尽くされていた。


 空には雲ひとつない夜空に満天の星空が広がっている。三日月が頼りない淡い光を投げて闇を照らしており、その月光に浮かび上がった姿は、触手のように蠢く何本もの足と、細かい体毛に覆われた体、ギチギチと耳障りな音を立てる口。体長だけでもカバと同じくらいありそうな巨大な蜘蛛の集団だった。

 

 それらが、ダダリム山脈の麓にある砦を襲おうと大挙して押し寄せていた。砦の背後には町が連なる。砦は町を守る前線だった。

 砦の騎士たち総出で魔物と闘っていた。魔物というだけあって強い。しかも痛覚が鈍いのか、少々の痛手ではもろともせず立ち向かってくる。


「踏ん張れ!ここを突破されると町は壊滅だ!」

 

 剣で闘う者、弓を使う者、沢山の騎士が必死の形相で目の前の敵と戦っていた。


「投げるぞ!」


 蟲系の魔物は火に弱い。多少の森林火災は覚悟の上で簡易的な火炎弾を後衛部隊が飛ばす。


「ギギャーッ!」


 魔物の咆哮が上がり、肉とも毛ともつかぬ焼ける匂いが満ちた。罠のように張り巡らされていた森の木々に付着した蜘蛛の糸も目の前で燃えている。闇の中においてそれは僅かな炎を纏って鮮やかに輝く花火のようだった。そんな光景を楽しむ余裕もなく、剣が次々と魔物の身体を足を切り落とす。木々に燃えうつった火も暴れる魔物によってすぐに鎮火していく。


 そんな戦闘の中、誰よりも前に出て、魔物を倒す若者がいた。


「エル!あまり先走るな!」


 赤騎士第二班の隊長であるラギオンの声が響く。その声を横目でちらっと確認しただけで、若者は魔物の群れに突っ込んでいく。


「ッ!? あのバカッ!」


「ハッハッハッ!若いなぁボウズ!」


 魔物の群れに一人突っ込んで行く若者をサポートする様に、熊のように体格の良い男が魔物を薙ぎ倒しながらついて行く。


「おい!ボウズ!無謀と勇敢は違うぞ!無理するな!」


「無理してない!俺はこれくらい出来なきゃダメなんだ!!」


「は?……おいっ!」


 ただがむしゃらに魔物と戦う、まだ少年と言っても良い若者に、軽くため息をつきながら、騎士とは装備が違うガタイの良い男が付き添うように魔物を殲滅していった。この男、大陸中に名の知れた傭兵であり、その大きな体で木々が生い茂る森の中、器用に大剣を操っている。


「やれやれ…… よっと」


 息切れしながらも剣を振り続けるエルシュオンの首根っこを掴み、後方へと放った。


「ゔわぁぁぁぁ!」


「お前の戦闘はそこまでだ。魔物はおじさん達にまかせて、後方支援を頼むぞ」


 そう一言言い残し、エルシュオンを放り投げた男は再び魔物の群へと飛び込んで行く。

 エルシュオンは苦い顔をしながらも目の前で戦う男の戦闘技術を盗もうと目を凝らしていると、


「エル!こっちに来てくれ!怪我人を頼む!」


 エルシュオンの育ての親である赤騎士団団長ガイルの声が響く。ここは戦場。しかも出現する魔物の数は日に日に増えている。怪我人は後を立たず後方支援も猫の手を借りたいほど忙しい。


「ちっ…… わかった!今行く!」


 エルシュオンに怪我人を頼み、指揮をとりながら戦場へと駆け出して行く団長ガイル。激しい戦闘音に心惹かれながらもエルシュオンは怪我人の元へと駆け出して行った。





 ◇◇◇





 遠くの山々の輪郭を徐々に明るく染めていく。いつもと同じ夕日を見てエルシュオンは仄かな安堵を覚えた。今日も1日無事に終えられると。作業の手を休め、思わず染まる夕焼け空に見とれてしまった。

 夕日から横へと視線をずらすと、広々とした牧草地。その先には黒々とした森とその奥には高く広くそびえ、薄茜色に染まるダダリム山脈。山の回りに散った雲のひとつひとつが夕日に照らされ、燃えるように輝いている。


 季節は春。後宮を出て3度目の春。母が死んだのも春だったため、後宮を出てちょうど3年たったのだとわかる。母の死後、後宮に身を置いていた時は明日にでも自分は死ぬだろうと思っていたため、こうして広大な大地の元、ゆっくりと夕日を見つめられるとは思っていなかった。

 静かな時間。時々、鳥の鳴き声が聞こえるだけの静かな時間だった。そんな中で後宮での生活を思い出してしまったエルシュオン。母が亡くなったのも夕暮れ時だった。

 思い出した途端、夕暮れはエルシュオンを不安にさせた。この不安が嵐の前の静けさでなければ良いと思わず願ってしまう。


 ぐぅぅぅぅ…


「……… 腹へったな」


 静かで荘厳な景色をぶち壊すように、お腹の方が勝手になってしまった。

 それもそうだ。育ちざかりのうえ、朝から働き通しだったから。お昼ご飯は食べたが、すでに消化してしまっている。


「よう、ぼうず。そんなところでぼさっと突っ立ってどうしたんだ?早いとこ片付けろ。飯食うぞ!飯!」


 腹をさすっていると、背後から声をかけられた。夕焼け色に染まった横顔。いつもの余裕ぶった顔にほんのりと疲労の色を浮かべている。高身長でしっかりと筋肉のついた体。普段大剣をふりまわし体力のある彼もそうとうへばっているようだ。

 彼の名はバリタス。最強と名を連ねる傭兵の一人。目下のところ赤騎士と手を組んでこのダダリム山脈の麓で魔物討伐をおこなっている。面倒見の良い性格なのか、エルシュオンの育ての親である赤騎士団長とともに、空いた時間にエルシュオンを鍛え上げている。


「ぼうず?どうした?」


「?! なんでもない!今いく!!」


 こんなところでボケッとしていても飯をくいっぱぐれるだけだ。

 エルシュオンは刈り取った草を荷車に積み上げた。ここから厩舎まではそれなりに距離がある。そこまで、この大きな荷車をひとりで押していくのはまだ11歳のエルシュオンには一苦労だ。


「ほれ、急げ」


 荷車の後ろをバリタスが押してくれているのだろう。荷車が軽くなる。その背後からの支えに、こそばゆいような暖かいような気持ちを感じながら、エルシュオンは厩舎へと急いだ。


「魔物討伐は終わったの?」


「とりあえずはな。あらかた片付けたから見張り残して帰ってきたんだ」


 魔物の出現数が増え始め、赤騎士団は休みなく魔物討伐を行なっている状態だ。そんな中、まだ未成年のエルシュオンは近くの村で留守番をしている。


 厩舎の前にはエルシュオンの現在の保護者とでも言うべき赤騎士団団長ガイルの姿が小さく見えた。


 エルシュオンは母が亡くなってから、金軍副団長であるレイモンドの手により、赤騎士団団長ガイルへと預けられた。


「こいつはエル、俺の息子だ!だからといって甘やかす必要はない、厳しく男らしく育ててくれ。ただし、くだらんイジメなどした奴は●すぞ!!」


 赤騎士団団員達へとエルを紹介した時のガイルの一言。逞しい体に髭と傷のある厳つい顔。こげ茶の短髪がその厳つい顔をさらに引き立てている。その団長が言った『俺の息子』が実の息子でないことは団員全員がわかっている。高貴な身分だろうこともエルシュオンの綺麗な顔立ちを見ればだれでもわかる。しかし、息子としてガイルが身の内に入れたエルシュオンを陰ながらいじめてやろうなど思う勇気ある団員はこの赤騎士団には存在しない。

 赤騎士団団員は問題を抱えている者が多い。エルシュオンの顔を見て、痩せ細った体を見て、虐めてやろうと思うよりも庇護欲をそそられてしまった。

 ある者は息子のように、ある者は弟に接するように、赤騎士団らしく豪快な愛情表現でエルシュオンを可愛がる。

『エルシュオン』は『エル』として、後宮とはまったく違った生活を送ることとなった。


 朝早く起床し、ガイルの厳しい剣術指導、そしてそのあとは魔物討伐のため赤騎士団が滞在する農村の手伝いをする。まだ子供であるエルは赤騎士団とともに討伐には連れて行ってはもらえなかった。

 後宮で周りの大人からの殺意にさらされていたエルは、身を守るために独学ではあるが体力づくりと素振りだけは行っていた。だから基礎体力はあるが栄養が不足する生活を行っていたため体格がとにかく小さかった。まずは体を作れとたくさんの食事を与えられ、最初の頃は周りの大人を疑ってしまい、毒におびえながらもとっていた食事も、今はガツガツと食べている。そのおかげで最近ではしっかり体が作られてきた。



 荷車を押しながら厩舎に近づくと、ガイルが馬の世話をしているのがわかった。餌を桶に入れ馬に与えているようだ。


「よいしょっと」


 少し地面が凹んでいるのか、荷車が重くなった。バリタスが後ろから支えているとはいえ、軽く手を添えている程度だ。本気で押してくれてはいない。エルの体力づくりも考えて甘やかさないようにしているのだ。そもそも赤騎士団の団員でもないので、手伝う義理もないのだが。


 その重い荷車を反動を使いながらも穴を超えようとしたときに、いきなりバランスを崩してしまった。


「うわっ!」


 草と一緒に倒れ込む。頭も服もくさだらけ。地面に座り込みながら項垂れてしまった。


「なにしてんだ?」


 草の山の中からガイルが助け出してくれたが、最後の最後に全身草まみれとなってしまったエル。


「だぁぁぁっ!そんな情けない顔するな!ほら!さっさと立て!日が暮れちまうぞ!!」


 こんな時、優しい親なら片づけを手伝ってくれるんだろうがガイルは違う。決して手伝ってはくれない。いつもはっぱをかけるだけで手伝いはしない。さっきまで背後にいたバリタスも、今はガイルと雑談をしながら片付けをするエルを見守っている。


 まぁ、手伝いはしないが、ほっといてどこかに行くこともしない。見守ってくれているのかな…?と今では思うようにしているが、最初の頃はムカついて「見てるなら手伝えよ!」と反抗していたな……と過去を振りかえりながらもエルは撒き散らかした草を集めた。

 体についた草を払い落し、その辺に散乱した草をもう一度荷車に乗せながらガイル達を横目に見る。夕飯の時間となっているが、エルを置いて食事に行くことはない。これは……優しいと言えるんだよな?母以外から愛情をもらえていなかったエルは、愛情とはどういうものかに悩みながらも草を荷車に乗せる作業を終えた。


 そして、ふと森の方を見ると、いつの間にか夕日は燃えるように色味を増し、さっきまでは単純にきれいだと思った夕日が、今では怖いほどの紅色。母が毒を盛られた時、吐血した……あの赤を彷彿とさせる赤。空がこんな色をしているのをエルはいままで見たことがなかった。

 べっとりと紅を落としたような空と山脈。対照的に墨を落としたように黒々とした森。


 ガイルは目を細め、軽く肩をすくめた。


「薄気味悪ぃな」




 現在、赤騎士団第二・第四班はザネリという小さな村を拠点に魔物討伐を行っていた。

 これといった特徴のない村だが、のんびりしているしダダリム山脈から流れてくる水の質が良いのか、農作物が良く育つ。

 その村の隅にテントを張りダダリム山脈から現れる魔物を討伐していた。


 王が農地開拓を始めたころから、魔物の出現数が確実に増した。特に精霊の森と反対側にあるダダリム山脈から出現する魔物は、質も数も悪く、赤騎士団最強である団長ガイルが直々に指揮をとらなくてはならないほどだ。また、騎士だけでは足りず、バリタス等の傭兵も雇わなくてはいけない始末。


「嫌な空だな。とっとと飯食ってしまおう」


 バリタスがエルが荷車に乗せた草と荷車を厩舎の横へと素早く片付けてしまう。


「……そんなに早く終わるなら、もっと早く手伝ってくれたらいいじゃん」


 小声でボソッと呟いたエルの一言は微風にのってバリタスの耳へと届いたようだ。


「甘えんなバーカ。ほれ、行くぞ」


 エルの頭についていた草を払い落としながら、赤騎士団が煮炊きしている場所へと向かって歩き出したバリタス。その背を追うようにエルはガイルと共に夕飯へと向かって歩いた。


「あ、来た来た!遅いよ!」


 エルを本当の子供のように可愛がってくれるガイルとバリタス。その2人から今日あった出来事を聞かれ、ポツポツと話しながら煮炊き場へと向かうと、ザネリ村の村長の息子が元気な声をかけてきた。


「エルに相談したい事があったから、待ってたんだよ!」


 オレンジ色がかったふわふわの短髪。綺麗な額に小さな目とそばかす顔の少年が両手を腰にエルに話しかけてきた。

 ザネリ村は小さな村で子供も少ない。そんな村にやってきた同年代のエルに事あるごとに絡んできていた。


「……どうした?アーサー」


 感情表現の乏しいエルと元気いっぱいのアーサー。対照的な2人だが、無口で無愛想なエルを気にする事なくガンガン話しかけるアーサーの社交的な性格で2人の関係はうまくいっていた。


「明日、野苺狩りに行こうぜ」


「野苺狩り?」


「そう。あっちに平原があるんだけど、春になると野苺が沢山なるんだ。甘酸っぱくて美味いんだよ」


「へぇ……」


 どうやら村から北東の方角にある平原に毎年野苺が実り、それを収穫してジャムを作ったりしているようだ。エルに否と言う理由はない。


「いい……」「ダメだ」


 エルがオッケーを出そうと口を開いた瞬間、ガイルにストップをかけられた。不服そうな顔のアーサーと不思議そうな顔をしたエルの視線がガイルに集中する。


「嫌な予感がする。明日は村から出るの禁止な」


「えっ?だめだよ!野苺の収穫時期は短いんだ。それに早く採らないと動物に食べられちゃうよ!」


 野苺の美味さは小動物も知っている。美味しい物は奪い合いだ。


「ダメだ。エルもいいな?明日は村から出るなよ」


「……わかった」


 ガイルに逆らうと強烈な拳骨が落ちてくる。この赤騎士団に引き取られた当初は周りの人間の事が信用出来ず逆らってばかりだった。その度に頭上から降ってくる拳骨と説教。その後に優しく頭を撫でてくるというのが、ガイルのお決まりのパターンだった。本来なら「王族相手に不敬なっ!」と怒る場面だが、エルは自分を王族とは思っていない。今までの生活があまりにも過酷。大人達からの罵詈雑言、食べ物にも異物が混入していないか怪しみながら食べていたような状態だったため、自分自身の価値を低く見積もっている。


「お、良い子だボウズ。ちょっと前までは警戒心の強い野良猫みたいに威嚇しまくってたのに、ちゃんと『待て』ができるようになったな。えらい、えらい」


 団員の1人がガハガハと笑いながらエルの頭を撫でくりまわす。それを見て他の団員達もガハガハ笑いながら「さすが成長期!」「子供の成長は早いねぇ」「エルの成長に祝杯だ」と謎の乾杯をし始めた。


「いつまでも子供扱いするな!」


「ワッハッハ!ボウズの成長期に乾杯ー!」


 ずっと討伐に駆り出され、この村に拘束されていい加減嫌になってきたところだから、少しでもテンションが上がり楽しく乾杯して飲みまくる理由が欲しかっただけなのだが、自分の成長を喜ばれるのがなんだか照れ臭くて耳まで真っ赤にしながらも口を尖らせているエルが可愛いくて、その可愛さに再び乾杯をし始める。


「人をダシにして飲みまくるなよ!警戒心持てってさっき話していたじゃないか!」


「「「ワハハッ」」」


「ま、酒に飲まれるほどのバカはここにはいないだろう。ほら、エルも早く食え」


 エルの忠告など笑い飛ばして終わり。明日、どんなことになるかなんて、ぜんぜん知りもしないで。



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