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追憶の献花  作者: 流風
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6.レイモンドの後悔

 


 ーーーアリスが死んだ。



 その話を聞いてレイモンドは激しい後悔に苛まれた。


 もしもあの時、ユリウスを誘っていなければ


 もしもあの時、ユリウスがアリスを欲したのを諌めていれば


 今となってはもう遅い。アリスは死んでしまったのだから。


 金軍副団長となったレイモンドは、アリスとエルシュオンの境遇については知っていた。情報は流れてきていたが、後宮での出来事に男のレイモンドが手を出す事ができなかったのだ。

 せめて、せめてエルシュオンだけでも助けられないだろうか。


 騎士団の新任副団長として参加した長期遠征から帰ったばかり。

 それでも疲れを感じさせない早い足取りで、レイモンドはユリウスの執務室を久しぶりに訪れた。

 副団長になり、金軍団長である父親からの引き継ぎも兼ねた業務内容がとても多く、以前のように時間が取れなくなってしまったのだ。


 ユリウスの執務室をいつもと違い真剣な表情で訪れたレイモンドを一瞥し、用件が何か察したユリウスは執務室の人払いをし、レイモンドと対峙した。


 いつも書類仕事ばかりしているユリウス。

 久しぶりに対面したユリウスは、いつもどおり美しい顔だが、今日は眉間の皺が深すぎてちょっと怖いくらいだ。美形の不機嫌顔ってなんでこんなに恐怖心を煽るのだろうか。以前はもっと心の余裕があったはずだが、いつの間にか追い詰められた顔になっている。追い詰められはじめたのは、ちょうど両親である国王陛下達が亡くなった頃あたりか……。

 騎士団の演習で長期に渡り留守にしている間になんて顔してやがるんだ……。レイモンドはそう思いながらユリウスを見ていると、不意に顔を上げたユリウスと目が合う。


 とりあえず、今日の本題に入るかと、レイモンドは小さくため息を吐き、口を開いた。


「ユリウス、アリスが亡くなったぞ」


「あぁ、そうらしいな」


「軽いな。仮にも嫁だろ?それに……」


「説教なら出て行け。俺は忙しい」


 眉間の皺を深め、再び書類へと視線を向けようとするユリウス。嫌な事・都合の悪い事から逃げようとするのは大人になっても変わらないなと思いつつ、このままでは目的が達せられないとレイモンドは慌てて言葉を続けた。


「いや、今回はエルシュオン殿下の件なんだ」


「エルシュオンの?」


「そうだ。エルシュオン殿下を騎士団で預かれないかと思ってな」


「騎士団……?金軍か?」


 母親の身分が平民とはいえ、エルシュオンは王族。普通は騎士団預かりと聞くと当然国王直轄の金軍を思い浮かべるだろう。

 そのユリウスの言葉を、首を振り否定する。


「いや、赤騎士団だ」


「は?」


 嘘だろ?と顔全体で表しながら、ユリウスがレイモンドを見つめる。


「赤騎士だと?あの、ひたすら魔物と戦い続ける平民ばかりの集団だぞ。そんな危険なところに、仮にも王子という身分の者を置くのか?」


 赤騎士は実力はあるが素行が悪い。腕っ節に自信のある平民ばかりの集団なのだから、口も態度も悪い。よく団員同士での諍いも絶えない騎士団に王族が入るなど聞いたことがない。

 勤務先も王都外の小さな村か山の中。同じ騎士でも内容や待遇は全然違う。騎士の墓場とも言われている場所だ。


「ひたすら魔物と戦い続ける場所に、まだ8歳の子供を預けるのか?」


「あぁ。後宮に置いておくより生存確率が上がると思うぞ」


 後宮でのアリスやエルシュオンの境遇を当然ユリウスも知っている。そのため、レイモンドの言っている意味は理解できる。しかし……


「それでも、赤騎士はダメだ。金軍なら俺やお前が……」


「騎士の花形の金軍に?王族と関わる金軍に?それこそダメだ。赤騎士だからこそ、王妃の批判も受けず、王侯貴族とも引き離す事ができるんだ。それに貴族ばかりの騎士団にいれたら、それこそ何がおこるかわからないだろ。大丈夫。赤騎士の団長は口は悪いが面倒見の良い男だ。もうすでに話は通している」


 ユリウスは訝しむように顔を顰め、嘲笑った。


「……エルシュオンにそこまで気を回して、お前にどんな利益があるのか正直に言ってみろ。何か隠してるんだろう」


 猜疑心に満ちた視線に、レイモンドは胸が苦しくなった。レイモンドが側にいなかった間にユリウスはどんな生活を送ってきたのだろうか。


「利益っていうか、子供を一人あんな所に置いておくわけにはいかないだろう。母親が毒殺された場所だぞ。それだけの話だ。大人が子供を守ろうとして何がおかしいんだ」


(楽な暮らしはさせられないけど……大きくなるまでは、なんとしてもどうにか……人間に怯えない、幸せな生活を送れるようにしてやりたい)


 アリスに対する償いの気持ちもあったのだろうか。レイモンドは訝しむユリウスから許可をとるまで、決して引き下がらなかった。


 小さなため息一つ。ユリウスの口から「許可する」の一言をもらった後、レイモンドは急ぎエルシュオンの元へ向かった。途中会った王妃と第一王子にエルシュオンを赤騎士団で預かる事を伝えると、耳障りな声を上げながら喜んでいた。


「あのドブネズミには野猿の集団がお似合いね。すぐに野垂れ死ぬか慰み者にされるのが目に浮かぶわ。レイモンド、素晴らしい采配ね」


 上機嫌で去っていく王妃の背を、レイモンドはやるせない気持ちで見つめていたが、その気持ちを振り払うように首を振りエルシュオンの元へと急いだ。

 母親を亡くしたばかり。しかも後宮には先程の王妃達しかいない。

 エルシュオンがどんな状態か気がかりだった。


 後宮へと続く入口にある部屋。レイモンドはその部屋でエルシュオンと対面した。

 アリスに似た顔立ちと髪紐で一つに束ねた黒髪。ユリウスに似た蒼い目。痩せ細り、年齢よりも小柄な体格。表情筋が麻痺したのではないかと思われるほど顔面が動かない。それでも…


「へぇ…。 思ったよりいい目をしているな」


 強い目。母親が亡くなった事で生に絶望しているのではと不安だったが杞憂だった。怒り・憎しみそんな類の感情だろうが、それでも目は死んでいない。


「はじめまして。私は金軍副団長レイモンド。今日はエルシュオン殿下を赤騎士団へとお連れするために来ました」


「赤……騎士団?」


「そうです。主に王都外、地方の村や森の中で魔物を討伐する騎士団です」


「僕は……ここから出て行くのか?」


「はい。やはり、生まれ育った場所を離れるのは寂しいですか?」


 最初は威嚇する猫のような目を向けてきたエルシュオン。後宮から出て行くと聞かされ、動揺したのか青い目が彷徨いている。


「ここは出たい。母も死んでしまったし、僕がここに残る理由はない。ただ、貴様の目的はなんだ?」


「目的?目的かぁ。   ……罪滅ぼしかな?」


「え?」


「いや、なんでもない。赤騎士団は魔物討伐が主体だ。団員は平民だ。ここほどお上品な場所ではないし、命の保証はない。そんな場所に俺は君を連れて行こうとしている。一緒に来てくれるかい?」


 エルシュオンは別にこの場所が好きだったわけではない。上品?陰湿なここの女性達を上品と思った事はない。平民?母親は平民だ。身分など気にしない。貴族なんて糞食らえだ。


 ずっと思っていた事がある。何故、自分はここにいるのか。自分は何をすべきなのか。自分の事がわからないからずっと満たされる事がない。でも一つだけわかっていた事はあった。この場所から離れられないって。ずっとそう思っていた。

 この場所から離れたら、僕は満たされるのだろうか。


「わかった。赤騎士団へ行く」



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