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追憶の献花  作者: 流風
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4.女魔王との出会い

 



 広場へと向かう道は人々に溢れており、近付くにつれ人混みが酷くなる。

 開演まで後10分程。

 広場に簡易的に作られた劇場に並べられた長椅子にはたくさんの市民が着座し開演を今か今かと待ちわびていた。

 娯楽が少ないジェクト国では観劇はポピュラーな催しだ。


 どんな伝手を使ったのか、レイモンドが関係者席をおさえてくれていたので開演直前に行っても最前列を確保できたが、観客席は既にほとんど埋まっていた。しかも、ぎゅうぎゅうに詰めた状態でだ。


 基本的に待つ事と縁が無いユリウスは、まさか開演一時間前には既に前方が埋まるなど思ってもいない。最前列にゆったりと座る事が当然だと思っている。


 背もたれもない硬い板のみの椅子に座る事などないユリウスは落ち着かず思わず周りを見渡すと、舞台から遠い場所で立ち見の観客がいるのに気づいた。どうやら立ち見だが無料で観覧も出来るらしい。

 しかし無料で見る場合は通路確保の為に離れた場所で立ち見をするしかなく、役者の声が届くのかも怪しい距離だ。

 素晴らしい演技をすれば立ち見の人々もより近くで見たいとチケットを買う事になるだろう。前売りのチケットも大反響で一ヶ月公演のうち前半一週間分は完売したらしいがまだ残りの分は残っている。反響が良ければすぐにでも売り切れるだろうが。


「ユリウス浮いてるな」


「人の事言えるか?お前も充分浮いてるよ」


 ユリウスもレイモンドも市井では見る事がない顔が整った人間だ。周りから思わず劇の役者かと勘違いされそうだ。

 だが、王侯貴族のオーラでもでているのか、後方であれだけ混んでいるにもかかわらずレイモンドとユリウスの長椅子のまわりは空いており、さり気なく左右から距離を空けられるのは物哀しいはずだが、二人からは気にした素振りも見られない。


「……尻が痛い」


「だよね〜。ま、これもお忍びの醍醐味だって」


「クッションが欲しい」


「我慢、我慢。それよりほら、今回の演目は『禁断の愛』だって。女魔王の住処に迷い込んだ妖精王との恋愛模様をえがいているらしいぞ。非現実的な話が興奮するって人気みたいだな」


「ふーん…」


 ユリウスはレイモンドの説明にも対して興味を示さず、尻から腰にかけて摩っていた。

 あり得ない話を面白おかしく演じているのだろうか。さして演劇に興味のないユリウスは痛む体を気にしながらも、低予算での演劇の設備がどんなものかチェックしていた。


「あ、始まるみたいだね」



 ーーー 壇上の幕が開いた。



 そこは自然光をうまく使った、優しい灯りに照らされた空間だった。

 柔らかく暖かなな音色がゆっくりと流れたかと思うと、激しい音楽とへと変わり、再び緩やかな音楽へと変わった。

 今、頭上では都合よく太陽は雲間に隠れ、一筋の太陽光がまるでスポットライトのように目の前の空間の真ん中にいる人達を包み込んでいる。

 人々の目はただ一人に集まっていた。膝をつき目の前の少女をしっかりと見つめながら手を差し出す男ではなく、真っ黒な椅子に腰かける漆黒のドレスを身に付けた華奢なからも出る所はしっかりと出た美しい少女から視線が外せないでいた。


「アドアナ、愛している。魔王でもかまわない。私と一緒にいてくれ」


 魔界へと戦いを挑んだ精霊達。しかし、そこにいた女魔王に精霊王は心奪われてしまった。そんな精霊王役の男性の一言に、静寂の中で少女から零れた声に、誰もが意識を絡めとられる。

 何を言うのか。何をするのか。華奢な肢体にアンバランスな程に熟れた大人の肢体を隠した漆黒のドレスに身を包んだ少女が、目の前の精霊王へと向けたのは微かな微笑み。告げた言葉はただ『いいだろう』の一言のみ。

 しかし、それだけで精霊王は垂れていた頭を上げた。驚愕するように、歓喜するように、震える唇と見開かれた瞳が全てを伝えていた。


 両想いの二人。しかし、立場的にも素直に気持ちを表せられない。上から目線で対応するも好きの気持ちも隠せずなんとも言えない表情の魔王。


 時は流れ、魔界と精霊界の和解がなされ、やっと二人の望む時代となった。それはとても長い年月を経た。魔王と精霊王は手を取り合い、魔王の儚げな歌声に合わせてゆったりと踊っている。

 歌が終わると、そのままゆっくりと片手を持ち上げ、精霊王役の男性の頬をなぞる様に手の甲を滑らせ、


「世界も魔界もどうでもいいわ。私はあなたと……」



 皆が拍手する中、その観客の一人であるレイモンドはつまらなそうな表情を浮かべながら隣に座るユリウスへと顔を近づけて言った。


「内容はともかく、魔王役の子の色気と儚さの入り混じった感じが良かっただろ?やっぱり評判の劇団だったな……」


 そこまで言ってユリウスの様子がおかしい事に気づいた。舞台上を見つめたまま、動かないのだ。


「レイモンド」


 ユリウスの真剣な表情にレイモンドはふざけた態度を改め国王に対する態度へと変えた。


「はい、殿下」


「あの少女を王城に招いてくれ」








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